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筑後市行方不明報道 NHK第一報の問題点
問われる捜査情報漏えいの是非

2014年6月 6日 10:25

 今年4月、福岡県筑後市にマスコミ関係者が大挙して押し寄せた。発端は、同市在住の男女二人が、無断で他人名義のクレジットカードを使い、現金をおろしたとして福岡県警に逮捕されたこと。ただの窃盗事件のはずだったが、県警の発表後、新聞、テレビはもとより週刊誌の記者までが市内に入り、容疑者周辺の情報収集に走り回った。
 逮捕された容疑者の周辺で、複数の人間が行方不明となっており、殺人事件の疑いがあるのだという。普段は見向きもされない地方都市の事件が、キー局のワイドショーにも取り上げられる始末。容疑者の関係先がブルーシートで覆われ、捜査員があわただしく動き回る映像を、ご記憶の読者も少なくないはずだ。
 すわ大量殺人か!多くの人がかたずを呑んで見守っていたが、その後、この件に関する報道はピタリと止んでしまった。いったい何が起きていたのか――調べてみると、騒ぎの原因を作ったのはNHKの先走り報道。背景にあったのは、捜査情報の漏えいだった。

事件煽ったNHKの第一報
 第一報は、4月11日の昼過ぎに流れたNHKのニュースだった。ニュース原稿は次のようなものだ。

 福岡県筑後市の男とその妻が知人のカードを使って現金を引き出した疑いで逮捕されました。この知人は、行方が分からなくなっているということで、警察は、関係先を捜索するなどして捜査しています。
 この夫婦の周辺では、複数の人の行方が分からなくなっているという情報もあるということで、警察は、今後、慎重に調べることにしています。
 逮捕されたのは、福岡県筑後市の中尾伸也容疑者(47)と妻の知佐容疑者(45)の2人です。
 福岡県警察本部によりますと、この夫婦は、知人のカードを不正に使って現金を引き出した疑いがもたれています。
 この知人は、現在、行方がわからなくなっているということで、警察は、関係先を捜索するとともに、関係者から事情を聴くなどして捜査しています。
 さらに、この夫婦の周辺にいた複数の人が行方不明になっているという情報もあるということです。 警察は、今後、慎重に調べることにしています。

 直接の逮捕容疑は窃盗。他人名義のカードを使って、銀行のカネを引き出したというものだ。これだけなら、ワイドショーのネタにはならない。事を大きくしたのは、容疑者の周辺で≪複数の人の行方が分からなくなっている≫という報道内容。殺人や死体遺棄を想像させるに十分な話だ。ニュース原稿の中では、何度も行方不明を強調している。

≪この知人は、行方が分からなくなっている≫
≪この夫婦の周辺では、複数の人の行方が分からなくなっている≫
≪この知人は、現在、行方がわからなくなっている≫
≪さらに、この夫婦の周辺にいた複数の人が行方不明になっている≫

 整理しておくと、ここでいう「知人」とは、カードの名義人のこと。その人物も行方不明なら、容疑者周辺の複数の人間も行方不明となっており、県警が捜査を進めているという内容だ。ニュースを見ただれもが、おぞましい事件を想像したに違いない。このNHKの一報を受けて、新聞、テレビをはじめ週刊誌の記者たちまでが筑後市周辺を走り回る事態となった。

 問題は、NHKの報道内容。県警は、容疑者逮捕の発表から今日に至るまで、容疑者周辺に行方不明者がいることや、これに関連して捜査を進めていることなどについて、公式な発表はしていない。つまり、NHKは事前に捜査情報を入手し、窃盗事件の発表を受けるとほぼ同時に、≪行方不明者≫の情報をニュースにしたというわけだ。マスコミでは、事件が公にになる前に報じることを「前打ち」と呼んでいるが、NHKの報道はそれとも違う。県警側から聞いていた情報を、検証することもなく垂れ流しただけのことだ。

問われる県警とマスコミの関係
 昨年1月、読売、毎日、西日本、日経の各紙が、朝刊で生活保護不正受給に絡んだ中間市職員の逮捕を予告する記事を掲載。NHKも同様の報道を行ったが、直後、その5つの社と共同通信の記者が、県警記者クラブへの出入りを禁止されるという騒ぎがあった。この事件で逮捕された市職員が、「前打ち」報道によって捜査の進展を知り、逃亡を図ったことを受けてのものだったという。じつは県警担当の記者達は、前年の秋頃から容疑者の周辺を探り、逮捕された職員本人の映像などを集めていたことが分かっている。この段階で捜査情報が漏れていたということだ。当時、テレビのニュースでは、逃亡した市職員が自宅を出る映像などが頻繁に流されており、相当早い時期に情報漏れがあったことを物語っている。

 2012年7月には、読売新聞の記者が、県警幹部から聞き出した捜査情報を他社の記者たちにメールで誤送信。その後、記者を含む同紙関係者が社内処分を受けるという事態に発展し、情報漏えいの問題点が浮き彫りとなっていた。 
【参照記事】 
・「警察幹部と記者クラブ ― 癒着の実態
・「読売新聞記者の大失態 ~現職警官逮捕の舞台裏~

 繰り返される捜査情報の漏えいと先走り報道。この件に関し、警察関係者や記者たちの声を拾ってみた。

「(県警)幹部がマスコミに捜査情報を流しているのは確か。何の得があるのか分からないが、現場の捜査員は苦々しく思っている。捜査する周辺でマスコミの人間がうろちょろしていること自体、おかしな話。(捜査が)やりにくくなるのは当然だろう。任同(任意同行)や逮捕、がさ(家宅捜索)の現場に記者さんがいて、カメラを構えている。絶対におかしい。情報漏えいで事件がつぶれたこともある。この点については、マスコミ側も反省すべきだ」(県警関係者)。

「前打ちに意味があるとは思えない。どうせ発表されるのなら、それを待って正確に報道すべき。前打ちで捜査を妨害する事例があったのは事実で、これについては県警も報道側も反省すべきだろう。前打ちは、しょせん報道の自己満足。そのために事件をつぶしては元も子もないだろう。ただ、警察の捜査状況をチェックするのは報道の使命であり、HUNTERが言うように何でもかんでも情報漏えいだからダメだとは思っていない。要は、読者に必要な情報を、どの時点で正確に流すかということ。報道も警察も、何が大切なのかを考える時期にきている」(大手紙記者)。

 筑後市の≪行方不明者≫については、その後も捜査が続いているという。事件であるなら、早期の真相解明に期待したい。ちなみに、NHKの第一報は、すでに同社のホームページから削除されている。やっぱり“まずい”と思ったということか……。



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