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読売新聞記者の大失態 ~現職警官逮捕の舞台裏~
前代未聞の「取材メモ」誤送信と問題点

2012年8月 1日 10:20

 先月25日、福岡県警の警部補が、取り締まり対象である暴力団関係者から捜査上の便宜を図った見返りに現金を受け取ったとして、収賄の疑いで逮捕された。

 官・民挙げて暴追運動に取り組む中、県民の期待を裏切るとんでもない事件となったが、逮捕までの裏舞台で、報道関係者が事件をつぶしかねない大失態を演じていたことが明らかとなった。

 過熱するスクープ合戦の問題点を検証する。

誤送信された取材メモ
 7月20日、報道各社の記者に、読売新聞の記者からメールが配信された。記述は、既に報道関係者の間で噂になっていた現職警官の収賄を示す内容で、取材相手が県警の監察官であることをうかがわせていた。いわゆる「取材メモ」である。
 社内向けに送信したつもりが他社の記者に送ってしまったというお粗末なミスだが、配信されたメールの内容は、この日のうちに様々な方面に伝わってしまった。

 HUNTERが入手した誤送信された「取材メモ」の全文を掲載する。

12・7・20 監察

  • おれが聞いているのは、福博会にガサ情報を流した見返りに金を受け取ったことは 聞いている。時期や額については聞いていない。
  • 福博会のことも、主席から一応知らせておくと言われた程度で、細かい話までは聞いていない。ただ福博会というのは間違いないよ。
  • 工藤会の件については、おれは聞いていない。ただ担当者が違うからすべてを聞けるわけではない。
  • 難しいのは、相手が暴力団で裏がとれていないこと。あくまで本人が言っているだけで、現金でやり取りしているから裏がとれていないこと。
  • 主席に聞いているのは着手は8月初め。異動の関係もあって、その時期になると聞いた。それでダメだったら、事件として挙げるのはあきらめると言っていた。
  • 個人的にはいつ書いてもいい話しだと思う。
  • あなたが判断するのか知らないけど、けしからん話であることは間違いない。
  • 主席は各社知っていると言っていた。会社かどうかはわからない。ただ、主席によると最初にあたってきたのは朝日で、7月10日ぐらいらしい。何で朝日がとれるのかわからないと言っていた。

 取材日は7月20日。話を聞き出した相手は「監察」となっている。メモの内容を見ると、事案が捜査情報を漏らして見返りの現金を受け取ったという贈収賄であることが分かる。
 「主席」とあるのは警務部監察官室トップの首席監察官のことで、その「主席」が言ったという着手時期まで明記してある。取材した記者は、事件化近しと見て興奮したのだろう、この日のうちにメモの全文をメールで送信してしまったのである。ただし、送信した先は、読売新聞の同僚ではなく、他社の記者たちだったというわけだ。

 初歩的なミスとはいえ、この誤送信メールは三つの大きな問題を示唆している。

ミスが生んだ先走り報道 
 第一の問題は、安易なミスが、事件そのものをつぶしかねなかったということだ。

 この時期、県警は収賄の事実をつかんだ上で、立件に向けて詰めの捜査を行なっていたとされる。
 報道各社が記事化せずに息を凝らして見守っていたのは、報道を先行させることで事件関係者に証拠隠滅や逃亡の機会を与えることを恐れたからに他ならない。
 さらに、県警が今回の事件を隠蔽しようとした形跡は一切なく、むしろ自浄作用を発揮しようとしていた矢先のことだったことも各社が静観した理由のひとつである。

 報道の勇み足で捜査を妨害する形となったり、事件そのものが“つぶれた”ケースは枚挙に暇がない。事件報道においては、記事を出すタイミングがその後の展開に大きな影響をもたらすのも事実である。慎重さが要求されるのは当然だろう。

 しかし、取材メモを誤送信したことで、何も知らなかった記者まで現職警官の不祥事を知る結果となってしまう。あわてた読売新聞は翌21日の朝刊で事件の概要を報じてしまうのだが、立件を目指していた県警の動きからして、このスクープに意味があったとは思えない。

 他紙は、やむなく同日夕刊で読売の報道を追いかける格好となったが、結果的に県警は十分に堀を埋めるだけの時間を奪われ、中途半端な形で逮捕に踏み切らざるを得なくなったという。
 報道合戦開始の時期、贈賄側の行方は不明のままだったとされ、先走った報道が犯人の逃亡を助ける形となっていた可能性さえある。

 7月21日の読売新聞のスクープは、自社の社員が引き起こしたハプニングと無縁だったとは思えず、だとすれば、真相究明より自社の利益を優先した単なる暴走だったと見ることもできよう。

軽んじられる「情報源の秘匿」
 誤送信メールの内容が多方面に漏れたことは、読売の記者が「情報源の秘匿」という報道の砦を自ら崩したことに他ならない。これが第二の問題点だ。

 読売記者の取材対象が県警関係者だったことは、メールの文頭に「監察」と明記したことで明らかだ。記者との信頼関係に基づき捜査状況を話してしまったのが監察官だったとすれば、捜査情報の漏洩で守秘義務違反に問われる事態さえ予想される。
 読売記者のミスは、情報源の立場さえ危うくしかねない大問題でもあるのだ。

 昔の記者は、会社に上がってから紙に落とした取材メモを披露したものだが、昨今の記者は、取材で得た個人情報や捜査情報を、無造作にメールで送信している。
 今回の件は、通信機器に頼った情報伝達がいかに危険であるかを教えていると言えよう。

 もっとも「読売」といえば、ライバル紙朝日が巨人軍選手の契約金問題について報道したあと、情報提供者を元球団代表であるとして糾弾しており、取材源の秘匿や情報提供者を守るという意識が希薄なのかもしれない。

大手メディアと世間のズレ
 メールの内容を読めば、読売記者の取材相手(監察)が、職務上知り得たかなりの情報を漏らしてしまっていることが分かる。
 着手時期にまで言及したことになっており、これが事実なら「守秘義務違反」、「捜査情報の漏洩」にあたるのだが、マスコミの世界ではこの違法行為がまかり通ってきた。
 三つ目の問題は、「夜討ち朝駆け」に代表される“マスコミの常識”と、世間一般の意識の間に存在するズレである。

 そもそもマスコミが行ってきた夜討ち朝駆けによる捜査情報の収集は、守秘義務違反をそそのかす行為に他ならない。免罪符の役目を果たしてきたのが「知る権利」だ。
 しかし近年、知る権利を盾に、警察(もしくは検察)担当記者が捜査情報を聞き出すことが、真相究明という本来の目的を逸脱し、スクープによって会社の利益を図り、さらには自己の記者としての力を示すことを目的としているように思えてならない。

 「抜いた」、「抜かれた」はしょせん大手メディアどうしの、いわば意地の張り合いに過ぎない。いずれ公表される内容を他社より早く報じたところで、読者にとっては何の益もないのである。読者が求めているのは事件の真相や背景に迫る報道なのだ。
 今回のメール誤送信とそれに誘発された形のスクープ報道は、目指すべきものを見失った末の愚行だったと言っても過言ではあるまい。新聞が読者の意識との間にできたズレに気付かない限り、減ることはあっても部数が伸びることなどないだろう。

囁かれる読売の「誤報」
 警察による隠蔽や怠慢は大いに攻撃する対象となるだろうが、近年の事件報道におけるスクープには胡散臭さがつきまとう。実際に事件の実相を歪めた記事もある。

 松本サリン事件で被害者を犯人扱いし、二重の苦しみを与えたのは大手マスコミの仕業だったし、西松建設事件においては、連日のように検察リークに基づく記事が氾濫した。いずれも「捜査関係者によれば」という但し書からはじまった記事ばかりだ。
 結局、大手メディアは何の反省もなく、情報漏えい、守秘義務違反を奨励しているだけではないのだろうか。

gennpatu 1864410460.jpg じつはその延長線上で、読売新聞が二つ目の失敗を犯した可能性が生じている。
 警察不祥事をめぐる報道合戦の火蓋を切った読売新聞は、第一報を打った翌日の22日、「複数の捜査関係者によると」という書き出しで、県警本部長名の職務質問に関する通達が存在し、指定暴力団・工藤会への捜索で、その通達が見つかっていたことを一面トップで報じた(右は同日の読売新聞朝刊)。

 しかし、HUNTERの取材では、読売新聞が前提とした県警本部長名の職務質問に関する通達自体が存在しておらず、従って工藤会への捜索で問題の文書が見つかったとする記事の内容に疑義が生じている状況だ。

 31日、県警本部の関係者に確認取材したところ、読売新聞に対し問題の記事に関する質問書を出していることと、読売側から返事がないことを認めている。

 捜査関係者の話に頼ってスクープを連発した形ではあるが、読売側が県警の質問に即答できないのは、本部長通達の現物を入手していないことを示している。
 もし誤報だったとすれば、伝聞情報に頼ったばかりに基本である裏づけ取材を怠った結果となる。
 読売新聞が、報道内容が事実であることを示す証拠を早急に出すことに期待したい。

大手メディアと監察官に一言
 苦言のついでに他の大手メディアの記者たちと、県警監察官に一言残しておきたい。
 読売記者のメール誤送信によって、報道関係者が死守すべき“情報源の秘匿”があっさりと破棄されたことは、別の問題として報じるべきではなかったのか。
 さらに言えば、ハプニング的に始まった報道合戦にあえて夕刊で後追い参加などせず、じっくりと捜査の進展を待って読売の先走りをたしなめる道はなかったのか。
 この機会に、じっくりと考えてもらいたい。

 読売記者の取材メモが事実なら、記述に出てくる県警監察官の「しゃべり過ぎ」(県警捜査員)に対する批判も免れまい。
 贈収賄の捜査は捜査二課の担当であって、警察内部を対象とする監察官室の職掌ではない。捜査が進む中、監察官が二課の扱っている事案について方向性を示してしまえば、警察組織のあり方そのものが問われる事態となる。さらに、読売の先走り報道が事件をつぶす可能性を秘めていたことを考えれば、素直に反省するべきところだろう。

 記者による取材メモが、メールで誤送信されるという前代未聞の出来事は、報道関係者のみならず、県警や読者にも多くのことを示唆している。



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