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警察幹部と記者クラブ ― 癒着の実態
福岡・生活保護不正受給事件 容疑者逃走の背景

2013年2月18日 10:20

gennpatu 1864410976.jpg 先月29日、読売、毎日、西日本、日経の各紙が、朝刊で 生活保護不正受給に絡んだ中間市職員の逮捕を予告する記事を掲載。NHKも同様の報道を行った。直後、その5つの社と共同通信の記者が、県警記者クラブへの出入りを禁止される。

 読者や視聴者は知る由もなかったが、報道の裏側では、事件の真相究明を妨げかねない騒ぎが起きていた。背景にあるのは県警上層部と記者クラブの癒着体質、そして大手メディアの驕りである。
 懲りない大手メディアと過熱する事件報道の実態について検証した。
(写真は1月29日の読売、西日本各紙の朝刊紙面)

逃げた容疑者
 事件は、福岡県中間市の生活支援課に在籍していた市職員が、生活保護の受給者3人に虚偽の申請書を提出させるなどし、生活保護費を不正に受給させたというもの。福岡県警は先月29日から30日にかけて、詐欺の疑いで中間市職員ひとりを含む4人を逮捕。逃走を図った別の男性市職員を指名手配し行方を追っていたが、2月3日になって、逃走中の容疑者の身柄を鳥栖市内のホテルで確保していた。

 生活保護費の不正受給は、制度の根幹を揺るがす重大な事案だが、事件の流れ―とくに一連の報道と県警の動きを仔細に見ると、ある疑問が浮上する。

―中間市の男性職員は、なぜ捜査陣の目をかすめて逃げることができたのか?―

事件経過 
 新聞、テレビは、「29日早朝」から逃げた容疑者の所在が確認できない状況だったことを“さらり”と報じている。しかし、なぜ逃げることができたのか、という点については一切触れていない。「前打ち」と呼ばれる逮捕の予告報道が流れた29日のメディア、容疑者、県警のそれぞれの動きを追ってみよう。

 逮捕を予告する一報を最初に流したのは共同通信で、29日0時前のこと。新聞各紙の締め切りにはぎりぎり間に合う時間だ。共同に出し抜かれた各紙の朝刊に「逮捕へ」とする見出しが躍ったのも無理はないが、それぞれの記事を読む限り、事件についての記述が詳細にわたっており、原稿が早い時間から準備されていたことが分かる。

 逃げた容疑者が紙面を持たない共同通信の配信記事を確認した可能性は低い。役所勤務の公務員が、平日の真夜中にネット上のニュースを検索し続けていたとは思えないからだ。そうなるといずれかの“新聞”を読んでから動いたということになるが、これでは、容疑者を逃してしまった県警捜査陣以上に捜査情報や逃げる時間的余裕を提供した形の報道の責任の方が重いということになる。

 通常、捜査機関は、午前5時半~6時といった早い時間に容疑者の身柄を確保する。所在が確かなうちに逮捕するというのが捜査の鉄則である以上、当然のことなのだろうが、逃げた市職員は県警より早い動き出しだったことになる。新聞を購読していたにしても、早すぎはしないか?

過熱報道の裏―強制捜査前に漏れた事件の内容
 調べるにつれ、過熱する事件報道の実態が浮き彫りになる。
 事件が表沙汰になって以降、テレビのニュースでは、容疑者の市職員が自宅を出る映像などが頻繁に流されている。「私たちは知っていた」と言わんばかりの画面構成だが、なぜテレビ局のクルー達は早い時期に容疑者の映像を押さえることができたのだろう。

 じつは県警担当の記者達は、昨年の秋頃から容疑者の周辺を探り、本人の映像などを集めていたことが分かっている。この段階で捜査情報が漏れていたということだ。
 今回の生活保護不正受給事件は、別件で逮捕されていた受給者が不正について話したことから明るみに出たという話がある。拘束されている人間からメディアの人間が話を聞きだした可能性はゼロに近く、そうなると県警内部以外に情報を提供できる人間はいない。

 いずれにせよ漏れた捜査情報によって、報道各社が取材に走り回っていたことは事実だ。逮捕の発表を待てばいいものを、事前に容疑者周辺をかぎ回り、結果として容疑者の逃走につながった可能性は高い。確認できていないが、29日以前に、直接逃げた市職員に取材したテレビ局があったという情報もある。これは明らかな捜査妨害で、29日の報道を見た県警幹部が激怒したという話にもうなずける。
 29日の早い時点で逮捕を予測する記事を垂れ流したメディアの記者達が、県警記者クラブへの出入り禁止処分を受けたのはこのためなのだ。

前打ち報道=警察リークのなせるワザ
 だが、この処分自体が「馴れ合い」の産物であることは疑う余地がない。なぜなら、業界用語で言う『前打ち』報道は、警察側の捜査情報がなければ成立しないものであり、とくに「逮捕へ」という記事は、容疑者逮捕が確実でなければ紙面に(あるいは画面に)掲載することなどできないからである。

 『前打ち』とは、捜査機関や役所が正式に公表する前の段階で、その事案の内容や関わる人物などを一定の範囲で報じてしまうことだ。独自の調査、取材で掴んだネタなら許容され、「スクープ」「特ダネ」などと称賛されるが、捜査関係者からリークされた内容を垂れ流す行為は、捜査情報の漏洩に基づく犯罪行為に過ぎない。
 《捜査関係者によれば》などと情報源をボカして報じた場合は、ほとんどがこれにあたる。

 誤報が記者を含めた関係者の処分につながることは言うまでもないし、間違った報道を行ったメディアが信頼を失うことは組織の死活問題にもつながってしまう。間違いが許されない“逮捕を確実視する前打ち報道”は、捜査機関の、しかも上層部からの情報が得られない限り、成立しないものなのだ。

 ちなみに、冒頭の写真にあるのは読売新聞と西日本新聞の29日朝刊だが、リードの部分にはこうある。

《福岡県警は29日にも、同市の男性職員2人と受給者の女性ら計5人を詐欺容疑で逮捕する方針を固めた》(読売)
《福岡県警は29日にも、職員2人と受給者の計5人から事情聴取する方針を固めた。県警は容疑が固まれば5人を逮捕する方針》(西日本)

 県警が事情聴取や逮捕の『方針』を事前に公表するはずはなく、記事が警察官から内々で裏を取ったものであることを示している。報道内容が捏造でなければ、捜査情報の漏洩があったことは、疑う余地もない。

 この結果が件の男性職員逃走に結びついたということならば、その時点で別の『事件』―守秘義務違反―が存在したことになる。捜査情報の漏洩であり、漏洩をそそのかした記者も同罪だ。地方公務員法の第34条は、秘密を守る義務について、次のように規定している。

《職員は、職務上知り得た秘密を漏らしてはならない。その職を退いた後も、また、同様とする》

 さらに、守秘義務違反を犯した公務員と、これをそそのかした側に対して、1年以下の懲役又は3万円以下の罰金に処することも定めている。

大手メディアの驕り
 すっかり慣らされてしまっているために気付く人は少ないが、家宅捜索や任意同行、逮捕といった現場に多くの報道陣が待ち構えている風景は、じつは捜査情報が事前に漏らされているケースが大半だ。大勢の報道陣が押し寄せれば、捜査線上の容疑者が「これはヤバイ」と考えるのが普通。当然、証拠隠滅や逃走といった結果を招来する危険性は高くなる。

 あたり前のようになってしまったニュースの映像が、じつは法律違反と隣り合わせのものであることに、日本の大手メディアは無頓着になっているのではないだろうか。
 捜査現場を晒すことは、読者や視聴者に予断を与えることにつながり、これが数々の冤罪を生んできた要因のひとつであることは論を俟たない。報道に携わる人間なら誰もが心に留め置くべきことだろうが、大手メディアは懲りていない。報道の自由を振りかざした驕りと言っても過言ではあるまい。

困惑する現場の捜査員
 こうした状況を現場の捜査員はどう見ているのだろう。ある県警OBは苦りきった表情でこう語る。「現場の捜査員は困っていますよ。どこから漏れているのか分からないが、大型事件にからむガサ(家宅捜索)やら容疑者逮捕の現場には、なぜかマスコミが待ち構えている。強制捜査近しといった事案でも、連日・連夜記者を張り込ませることはできないでしょう。人繰り(記者の配置)ができるわけがない。あらかじめ着手時期が漏らされていなければ、ああはできない」。

 別の県警OBは、捜査情報漏えいによる前打ち報道で、事件そのものがつぶれることに懸念を示す。「今回の件(生活保護不正受給事件)は、あまりに早い報道によって、容疑者を逃すおそれが高くなることを証明している。もし逃げた容疑者が自殺でもしていれば、事件の真相が埋もれていたかもしれない。容疑者に自殺する意思がなくても、逃走途中で事故に遭うことだってある。そうなっても、マスコミは責任取らないでしょう。現場の捜査員が捜査情報をもらすことは絶対にない。自分の首を絞めるような真似をするはずがないでしょう。(県警の)上の方が漏らしているのは、皆が気付いていること。正義を振りかざしてはいるが、マスコミの人間だってそれを承知で前打ちをやってくる。報道の自由といってもケースバイケースのはずだ」。

 現場の捜査員には『保密』が厳しく課せられているだけに、簡単に捜査情報を漏らす県警の上層部には内部からも批判の声が絶えないという。

問われるメディアの姿勢
 度を越えた前打ち報道について、記者達はどのように考えているのだろう。何人かに聞いてみたが、案の定「報道の自由」、「国民の知る権利」といった言葉が並んだ。が、果たしてそうだろうか。
 じつは、前打ち報道によってつぶれた事件は少なくない。強制捜査前の報道が、証拠隠滅、逃走といった二次的な犯罪を招いている現実は否定できないのだ。

 いずれ発表される事案を、スクープだと言って報じることに意味があるとは思えない。むしろ、正式発表を待って、じっくりと事件の真相などを解き明かす方が読者の期待に応えることになるのではないか。ネット上の情報が以前より正確になりつつある現在、メディア側はよほど真剣に事件と向き合わないと、信頼を失うことにもなりかねない。

 断っておくが、今回の生活保護不正受にからむ1件は、かつての外務省機密漏洩事件とはわけが違う。報道の自由や知る権利を振りかざす余地はない。



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