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九州電力の懲りない体質

「低線量被ばく」の危険性
  否定する内容の冊子を配布

2011年11月15日 08:35

 福島第一原発の事故で原発安全神話はもろくも崩れ去った。虚構を築いた国や電力業界は、反省の上に立った検証と国民への謝罪が必要なはずだが、原発事故から8か月経ったいまも、そうした真摯な対応を見せる気配さえない。
 
 事故によって放射能被害への不安が高まったのは当然だが、儲かる仕組みの原発を続けたい電力業界は、電力不足をあおる形でその必要性を訴え、あげく「低線量被ばく」を否定する説をたれ流し始めている。
 
 無責任な姿勢に怒りさえ覚えるが、「やらせメール」で揺れる九州電力が、原発啓発施設などで、低線量被ばくによる健康被害は「発生しない」と断言する一文を掲載した冊子を無料配布していることが分かった。
(写真が問題の冊子の表紙。創刊号とVol.2)。

新たな原発啓発冊子で「低線量被ばく」の危険性を否定
 Enelog 01 福島第一原発の事故を受け、原発への厳しい視線が注がれるなか、電力各社らでつくる「電気事業連合会」(電事連)は、これまで発行していた『原子力発電四季報』を衣替えし、『Enelog』を創刊。玄海原子力発電所(佐賀県玄海町)に併設された原発啓発施設「玄海エネルギーパーク」などで一般市民に無料配布していた。

 創刊号では、夏の電力事情が厳しかったことのほか、東日本と西日本の周波数の違いなどについて記したあと、「Voice」のページに東京大学医学部准教授の寄稿文を掲載。
 タイトルは『低線量被ばくの"不確実性"と宇宙の"超越性"』だが、そのなかで筆者の准教授は《100ミリシーベルト以下の被ばくでがんが増えるかどうかについては分かりません》としながら《福島第一原発事故で、発がんの増加は検出できないと私は思っています》 と明記していた。

 准教授は《100ミリシーベルト以下でも、安全側に立って、線量とともに直線的に発がんも増える》とする考え方を《 "哲学"あるいは"思想" 》と切って捨て、その根拠を、《100ミリシーベルト以下の被ばくでがんが増えるかどうかを検証するためには、膨大なデータが必要になるのです》の記述が示すようにデータの不存在に求めるかのような論を展開している。
Enelog 02

 さらに『Enelog』の第2号(Vol.2)では、同じく「Voice」欄で、札幌医科大学教授の一文を掲載。タイトルは「低線量で健康被害は発生しない」とまで断定する形になっている。
 教授の説では、《私が検査した浪江町を含む66人の甲状腺年間線量値の最大値が8ミリシーベルトと、チェルノブイリの被災者の1千分の1から1万分の1以下であった。この値では放射線由来で甲状腺がんにはならない》。
 さらに、合計10日に満たない福島県内の線量調査の結果を踏まえ、同県内の線量が減衰しているなどの理由から、《平成23年の県民の多くの年間線量は5ミリシーベルト以下》と評価したうえで、《県民に放射線由来の健康被害は発生しないと判断する》としている。

 この教授は放射線防護の専門家だというが、福島第一原発の事故発生以来、さまざまな場で事故そのものを過小評価する言説を公表してきた。
 原発擁護の立場を鮮明にしている人物でもあり、いわば原子力村の一員というべき存在。電力業界にとっては都合のいい学者だったと思われる。
  
存在した膨大なデータ
gennpatu 654.jpg 『Enelog』に掲載された東大准教授や札幌医科大教授の論拠の背景には、低線量被ばくに関するデータの不存在があるようだが、じつは国が、原発施設で働く人たちの放射線業務上の被ばく線量と死亡原因に関する膨大かつ詳細な検証を行なっていた。

 文部科学省の委託を受けて調査を行なったのは「財団法人 放射線影響協会(略称:放影協)」で、その調査の経過と結果は昨年3月に報告書としてまとめられ『原子力発電施設等放射線業務従事者等に係る疫学的調査(第Ⅳ期調査 平成17 年度~平成21 年度)』として文科省に提出、12月には同協会のホームページ上でも公開されていた。

 報告書は、《放射線業務従事者の悪性新生物、非新生物疾患等による死亡率が、全日本人男性(20 歳以上85 歳未満)の死亡率と異なるか否かを検討するとともに、放射線業務上の被ばく線量との関連について調査検討した結果をまとめたもの》(同報告書の記述より)で、平成11年度から平成19年度まで、原発施設等において放射線業務に従事した日本人の男女合計約27万7千人を調査対象としている。
 結論から言えば、原発関連施設で働く人の一人当たりの平均累積線量は13.3ミリシーベルト。100ミリシーベルトどころか、これだけの線量でがんにかかる比率は1.04倍という数字が報告されている(報告書へのアクセス→)。

 断っておくが、調査対象は厳重に管理されているはずの原発施設での業務に従事する人たちで、原発事故で放射性物質を浴びたケースはもちろん含まれていない。
 
 放射線に関する分野を専門とする准教授や教授が、「放射線影響協会」を知らないとは思えないが、国内に膨大なデータが存在することは事実で、公表された調査結果を無視し、安易に「低線量被ばく」の危険性を否定しているとしたら余りに非科学的な説ということになる。

 実際、寄稿した両人の説を裏付けるデータは乏しく、札幌医科大教授に至っては《私が検査した浪江町を含む66人》から得た甲状腺年間線量値と、わずかなモニタリングサンプルから《健康被害は発生しない》と推論しており、乱暴と言うほかない。
 
 ことさら不安をかきたてる必要はないが、低線量被ばくによる影響はこれから先、何年後かに心配されることだ。
 例えば、旧ソ連・チェルノブイリの原発事故後、何年も経て小児がんを発症した子どもたちのケースでは、両親が浴びた線量が調査されていない場合が多く、低線量被ばくによるものだった可能性も否定できないのだという。

原子力村の巻き返し
 国内の原発事情に詳しく、著書に『東京電力・帝国の暗黒』(七つ森書館)、『原発に子孫の命は売れない―舛倉隆と棚塩原発反対同盟23年の闘い』(七つ森 書館)があるほか、チェルノブイリ原発の現地取材などを手がけてきたジャーナリストの恩田勝亘氏は次のように話す。
チェルノブイリ取材の経験から言えば、低線量被ばくによるがんの発生は否定できない。なぜこのタイミングで電力業界が低線量被ばくによる健康被害を否定しなければいけないのか。答えはひとつしかない。国民の7割近くが原発に批判的な見方をしているなか、電力業界を中心とするいわゆる原子力村が巻き返しを図り始めているということ。彼らはなんとか原発を存続させようと、新たな安全神話を作るために躍起となっており、問題の電事連による冊子もその一環ということだ。国民感情とかけ離れた感性というべきで、空いた口が塞がらない」。

 恩田氏が言うように、福島第一原発の事故後、放射能拡散や広範な線量調査などに関する詳細な知見データが得られていない状況で、推測に基づき事故を過小評価する学者の声を広報冊子に掲載するのは、電力業界の体質が依然として変わっていないことを示している。
 
 私見に過ぎない寄稿文とはいえ、原発啓発施設で無料配布する冊子に掲載する以上、現状を直視したうえで電力業界として一定の自覚を持った吟味が必要だったはずだ。
 しかし、電事連側にはそうした配慮は皆無。大学教授らによる低線量被ばくの危険性を否定する見解を広め、原発への不信感を払拭するための道具に利用しているに過ぎない。

 「原発は安全」から 「原発事故が起きても安全」へと、啓発の内容をすり替えただけで、結局は原発推進のためにはさらなる虚構を作ることも厭わないということ。
 これが原子力村の巻き返し策だとすれば、人命を無視した極めて性質(たち)の悪い行為ということになる。

九電の懲りない体質 
 問題の冊子『Enelog』の前身である『原子力発電四季報』」に関しては、(2011春号№54)に「福島第一原子力発電所事故の経過と放射線の知識についてお知らせします」と題する特集を掲載。
 Q&Aの形で放射能や放射線に関する疑問に答えた項目のなかに《放射性物質を含む食べ物を食べても大丈夫ですか》との質問を設定し、答えとして《放射性物質を含む食品・飲料水・農畜産物の飲食を制限する措置を、飲食物摂取制限といいます。その飲食物摂取制限を越えた食品は、出荷制限により市場に流通しません》と断定していた(記事参照)。
 
 7月に放射性セシウムで汚染された牛肉が、多くの都道府県に流通し国民の食卓に上って社会問題化するなか、九電は8月になっても、原発啓発施設などで無神経にこの冊子を無料配布していた。

 九電が被災地や原発事故を軽視する姿勢はまだある。
 今年4月には、電力各社らを中心とする電気関連企業などで組織された「社団法人日本電気協会」の新聞部門が、福島第一原子力発電所の事故による放射線の影響を「ただちに 健康に害を与えるレベルではありません」などと過小に評価し、被災地の子供たちが線量検査を受ける写真を使った印刷物『いま知りたい 放射能と放射線 Q&A』を制作・販売、九州電力がこの印刷物を大量に購入し、原発啓発施設などで一般市民に無料配布していたことが判明。報道を受けて冊子の撤去に追い込まれている(記事参照)。
(下が入手した「Q&A」。掲載された写真は、人物等が特定できないようにHUNTER編集部で加工)

パンフレット1  パンフレット2  パンフレット3

 それでも懲りぬ九電・・・。世間の批判などどこ吹く風、原発啓発のためならなりふり構わぬ企業体質が、「やらせメール事件」を招いたということだろう。
 
 九電を含む電力業界の辞書には、「恥」という言葉がないらしい。



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