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九電、原発啓発施設に福島第一事故
「過小評価」のパンフ
双葉町の子どもらの写真は無断掲載

2011年5月17日 00:40

 電力各社らを中心とする電気関連企業などで組織された「社団法人日本電気協会」の新聞部門が、福島第一原子力発電所の事故による放射線の影響を「ただちに健康に害を与えるレベルではありません」などと過小に評価した印刷物を制作・販売、九州電力がこの印刷物を大量に購入し、原発啓発施設などで一般市民に無料提供していたことがわかった。
 さらに印刷物には、放射線量検査を受ける被災地・福島県双葉町の子ども達の写真を無断で掲載していたことも明らかとなった。
 福島第一原発の事故がいまだ予断を許さぬ状況であるうえ、避難住民の苦闘が続くなか、「原発安全神話」の崩壊を真剣に受け止めようとしない電力業界の姿勢に批判が上がりそうだ。
 HUNTERは15日、問題の印刷物を九州電力・玄海原子力発電所に併設された原発啓発施設「玄海エネルギーパーク」で入手していた。

「印刷物」制作は電気業界新聞
 問題の印刷物は"社団法人日本電気協会新聞部 電気新聞メディア事業局"が制作、発行している「いま知りたい 放射能と放射線 Q&A」(以下、「Q&A」)。
 
 表紙の上部には小さく「電気新聞特別号」と表記してあり、同協会が発行母体となっている「電気新聞」(土曜・日曜を除く平日に発行)の特別号の形をとっているが、B5版ほどの大きさで8ページのカラー印刷物はどう見ても"パンフレット"。
 
 同協会新聞部の担当者によれば、4月中旬の発行以来、全国の企業や団体及び一般に向けて1部168円で販売しているという。「電気新聞」のホームページ上でも"おすすめ出版物"として紹介されている。
 
 「Q&A」は3項目しかなく、Q1が「放射線は怖い?」。Q2が「放射線を受けると身体に影響があるのですか?」。Q3が「福島第一原子力発電所の事故の影響は?」となっており、それぞれの設問に答えを記し、見開きで答えの根拠となるデータや図形などを示す体裁となっている。(入手した「Q&A」に掲載された写真は、人物等が特定できないようにHUNTER編集部で加工)

パンフレット1  パンフレット2  パンフレット3

原発事故軽視と双葉町の子ども達の写真
 HUNTERが特に問題視したのは次の2点である。
 まず、Q3において、「福島第一原子力発電所事故の放射線の影響は?」としたうえで、A「念のため周辺住民に避難・屋内退避指示が出ていますが、ただちに健康に害を与えるレベルではありません」と明記していること。
 
 次に、【検証・東日本大震災による東京電力福島第一原子力発電所事故】とタイトルした稿の最初に、放射線量検査を受ける福島県双葉町の子どもたちの写真を掲載している点だ。
 
 「福島第一原子力発電所事故の放射線の影響は?」に対する答えの冒頭には「念のため」とあるが、これまでの経過を振り返れば、到底「念のため」といったレベルの問題ではなかったことは明白。
 
 Q&Aに記された「念のため」とは、東日本大震災の発生にともない、3月11日の時点で政府が福島第一原発から半径3キロ以内の人に避難指示を、3キロから10キロ以内の住民には屋内待機の要請を出したと公表した折、枝野官房長官が発した言葉を引用したものと思われるが、「Q&A」の発行は4月中旬。「Q&A」制作に一定の時間がかかったとしても3月12日以降の原発をめぐる経過を追っていれば既に「念のため」の段階を超えていたことは明らかで、4月中旬発行の印刷物でこの言葉を用いるのには疑問が生じる。
 
 さらに「ただちに健康に害を与えるレベルではありません」との記述に至っては、無責任と言うほかない。「ただちに」とは、将来はわからないということを意味しており、政府が出してきた原災法に基づく数々の指示は何だったのかということになる。あえて言うならこの記述は事実誤認だ。
 答えの一文には、福島第一原発の事故をことさら軽いものに見せようとする電力業界側の意図が透けて見える。

 最大の問題は、放射線量検査を受ける福島県双葉町の子どもたちの写真を使用したことで、「悪質」と言っても過言ではない。
 
 同町は、福島第一原発に近接する自治体であり、同原発の事故後、町民は分散しての避難生活を余儀なくされている。町役場自体が埼玉県加須市に機能を移しており、同町の苦闘は今もなお続いているのだ。自宅を失った可能性もあった子ども達は、どのような気持ちで線量検査を受けていたのだろう。その心情は察して余りある。

 ある司法関係者は次のように話す。「(「Q&A」は)報道目的とはまったく違う印刷物だ。写真の無断使用は、子どもの肖像権についてまったく考えていない証拠。報道写真として撮ったのだからだから何に使ってもいいなどという身勝手な解釈は許されない。なにより、子ども達の顔がハッキリ写っており、その将来への影響を考えない行為だ」。

強弁かさねる「日本電気協会新聞部」
 こうした点について、「Q&A」発行元の社団法人日本電気協会新聞部に聞いた。 
 
 担当者は、子ども達には無断で写真を掲載したことを認めたうえで「プレス章をつけた状態で撮った写真であり、一部暗黙と言うか、記者やカメラマンが撮った写真については新聞もしくは報道に使うということで、通例と言うかそういう形」と説明する。
 
 問題の印刷物「Q&A」は、報道ではなく"啓発パンフ"ではないかと再確認すると「それはその方々の対場でどう捉えるかの問題」だという。意味不明である。
 
 このあとも話はまったくかみ合わず、双葉町の状況については考慮しなかったのかとの質問に、「震災直後に現地取材して撮った写真であり、その時点で写真に写った人たちが埼玉に避難するかどうかは決まっていなかった」と強弁する始末。
 
 さらに、「念のため周辺住民に避難・屋内退避指示が出ていますが、ただちに健康に害を与えるレベルではありません」との記事の内容には自信を持っていると言うので、それでは双葉町を含む避難対象地域に住んでも大丈夫ということかと聞くと「住んでいいとは書いていない」。電気新聞の"報道"とはこの程度のものなのだろうか。

 矛盾しているのは、「Q&A」の記載内容は不適切であるとして記事にすることを告げたとたん、「さっき子どもの写真について話があったが、「(「Q&A」については)著作権があるから、(日本電気協会側の)許諾を得ないで載せるのはおかしい」と言い出したことだ。
 
 子どもの意思や肖像権は無視して良いが、日本電気協会新聞部の意向は無視するなということで、電気業界メディアの横暴ぶりを遺憾なく発揮した瞬間だった。

 写真の子ども達は、結果的に自分達が「原発擁護」の印刷物に利用されたとは夢にも思っていないだろう。そのことについて、何の考慮もしない日本電気協会新聞部と、こうした印刷物を"この時期"に配布する九州電力の姿勢にはあきれるばかりだ。
 
九州電力「利用はやめない」
 九州電力の広報は「Q&A」の購入について、日本電気協会側から「こういうパンフ(「Q&A」の内容を指す)をタイムリーに配布したいという連絡があり、ぜひ活用したいということで購入を決めた」としている。
 
 購入した部数は計6,000部で、5,000部を支店・営業所に配分し、市民向けの説明用資料として使用。1,000部を「玄海エネルギーパーク」(佐賀県玄海町。玄海原発に併設)、「川内原子力発電所展示館」(鹿児島県薩摩川内市。川内原発に併設)、「九州エネルギー館」(福岡市中央区)に配分し、「ご自由にお持ち下さい」の状態で使用しているという。
 
 今後、展示館等での配布形態については検討するが、支店・営業所における市民向け説明資料としての利用はやめないとしている。
 市民向けには福島第一原発の事故について、「過小評価」を続けるということにほかならない。

 




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