参議院選挙の応援で札幌を訪れていた安倍首相の街頭演説中に、「安倍辞めろ」「増税反対」などと声を上げた一般市民を不当に拘束・排除した北海道警察。組織的に行われた異常な“警備”の原因をつくったのは、警察庁の警備局長らが全国の警察組織に向けて発出した「通達」だった。
「警護対象者等に対する接近を阻止するための各種諸対策を徹底すること」――この指示は、そっくりそのまま道警警備部長の通達として道警内部に伝えられ、問題の排除事件につながっていく。
警察庁と道警が、それぞれ発出した「通達」を検証する。
■警察庁刑事局長通達と道警本部長通達
参議院選挙の日程は7月4日公示、7月21日投開票。警察庁は、6月26日に刑事局長が「第25回参議院議員通常選挙違反取締本部の設置及び違反行為の取締りについて」、警備局長が「第25回参議院議員通常選挙における警備諸対策について」とする通達を、全国の管区局長、都道府県警の長、方面本部長あてに発出していた。刑事局長通達は、選挙違反取締りに関する留意事項。警備局長通達は、警備対策についての事実上の指示である。
2件の通達を受けた北海道警察は、6月26日に本部長名で刑事局長通達を一部変える形の通達を警察署など道警の関係部署に発出。28日には、道警警備部長が警察庁警備局長通達まったく同じ文面の通達を出していた。
それでは、警察庁通達はどのように道警組織に伝わり、前代未聞の“排除事件”につながっていったのだろう――。下は、左が刑事局長の、右が北海道警本部長の通達(クリックで拡大)。内容は、ほぼ同じで、上級庁の通達を、道警がそのまま組織内に流した形だ。
刑事局長通達の内、首相の街頭演説における“排除事件”に関係するのは、6番目の「要人等に対するテロ等を未然に防止するため、右翼等に対する対策を強化するとともに、内閣総理大臣や閣僚を始めとする要人、候補者等の警備及び警戒警備に万全を期すこと」である。全面的に刑事局長通達をなぞった道警本部長通達だが、6番目の留意事項の文面にだけ、手を入れていたことが分かる。
警察庁通達の「要人等に対するテロ等を未然に防止するため」が、道警通達では「不透明な経済・社会情勢の下、要人等に対するテロ等の発生が懸念される」へと変わり、一段上がった表現になっている。“未然に防止”と“懸念される”はまったく違っており、現場の警察官は「テロに関する具体的な情報があるのでは」と、強い危機意識を持ったはずだ。明らかに道警幹部の過剰反応だったと言えるだろう。道警のメンツがかかった首相の警備に、力が入ったということか……。
■警察庁警備局長通達と道警警備部長通達
警察庁警備局長の通達は、まったく書き変えられることなく道警警備部長通達として組織内に流された。(*下、上段が警備局長通達で下段が警備部長通達。クリックで拡大)
18日の配信記事(《道警・首相ヤジ排除問題に新事実 「接近を阻止」は警察庁指示》 )で、月刊誌「北方ジャーナル」を中心に活動するジャーナリスト小笠原淳氏が指摘したように、“排除事件”を招いた直接の原因はいわゆる「公安警察」の系統から発せられた次の一文である。
右翼の多くは、憲法改正の実現をはじめとして現政権に期待を寄せているが、一方で、皇位継承等の皇室に関する諸問題、拉致問題をめぐる北朝鮮の動向、領土問題等をめぐる周辺諸国との問題への我が国政府の対応を捉えて、与野党を問わず政界要人等を批判する活動に取り組んでおり、警護対象者や候補者等に対する違法行為の発生も懸念される。よって、こうした右翼の動向を確実に把握するとともに、警護対象者に対する接近を阻止するための各種諸対策を徹底すること。何度も右翼を引き合いに出しているが、「右翼以外」「固定観念を払拭」という文言によって、監視対象を一般市民にまで広げている。「社会に対する不満・不安感」を抱く国民は少なくないはずで、これでは現場の警察官に、すべての国民を監視しろと命じたようなものだ。通達に従うなら、その上でやるべきは「警護対象者に対する接近を阻止」すること。右翼であろうが一般市民であろうが、“安倍首相に近づく者は排除”ということになる。かくして、実際に“排除事件”が起きる。
また、右翼以外であっても、社会に対する不満・不安感を鬱積させた者が、警護対象者や候補者等を標的にした重大な違法事案を引き起こすことも懸念されることから、現場の配置員には、固定観念を払拭させ、緊張感を保持させてこの種事案の未然防止を図ること。
■右翼幹部も苦笑い
一連の通達を読んだある右翼団体の幹部は、苦笑いしながらこう話す。
「右翼、右翼と言ってますが、安倍総理に危害を加える右翼はいませんよ。ここまで憲法改正を熱心に訴えてくれる総理大臣はいなかったんだから……。歴史認識にしても、我々とほぼ同じ。これ(通達)はね、右翼を引き合いに出して、じつは国民すべてを排除の対象にしなさいということ。総理に近づく者は、すべて排除ということですよ。秋葉原かどこかで、総理が演説中にヤジられて、『こんな人たち』とか何とか言って、叩かれたでしょう。トラウマになってんですよ、あの時のことが。だから排除。それにしても、道警はやり過ぎた。まるで中国か北朝鮮みたいですよね」
右翼団体幹部が言うように、2017年7月に行われた東京都議選で街頭演説中だった首相は、「安倍辞めろ」の大合唱にプッツン。政権批判派を指差し、「こんな人たちに負けるわけにはいかない」と発言して有権者の反発を招いた。これ時以降、自民党は首相の遊説日程を隠すようになっている。今夏の参議院選挙でも首相の遊説日程は伏せられ、街頭演説を行う場所は直前まで分からないように配慮されていた。
警察組織が首相や自民党に忖度して、一般市民を標的に暴力的な権力行使を行った――これが、北海道で起きた“排除事件”の真相だろう。
警察庁刑事局長通達の冒頭には、次のような一文がある。
警備局長通達の、最後の段の一文はこうだ。
一連の通達に記された、「不偏不党」も「厳正公平」も「政治的中立性」も守られず、警察による「人権侵害」が社会問題化したことは周知の通りである。