今年7月の鹿児島県知事選挙で、4選が確実と見られていた伊藤祐一郎氏を破って初当選を果たした三反園訓知事。原発への対応で伊藤氏との違いを印象付けることに成功したものの、選挙戦で掲げた「県政刷新」の中身は不透明で、何を“刷新”しようとしているのか未だに分からない状況だ。
同時期に都知事となった小池百合子氏が、矢継ぎ早に改革案を提示しているのとは大違い。鹿児島県民の間からは、早くも「三反園さんで大丈夫なのか?」「方向性が見えない」といった先行きを懸念する声が上がっている。
側近政治、分裂寸前の後援会組織、言葉だけが先行する具体性なしの“刷新”……。結論から述べておくが、三反園氏は知事の器ではない。以下、その証明。(写真は三反園知事。みたぞのさとし後援会ホームページより)
副知事人事で見えた自民党との関係
就任後初の県議会に臨んだ三反園知事は先月29日、厚生労働省労働政策担当参事官室長の小林洋子氏を副知事に充てる方針であることを県議会各会派の代表者に説明。当初、自民・公明が抵抗のポーズを示したが、今月7日の県議会最終日、自民側が折れる形で人事案を承認し16日付で同県初の女性副知事が誕生することになった。自民党と三田園氏の近さを示す、象徴的な出来事と言えよう。
通常、地方自治体が中央省庁の人材を迎えるには、該当者が所属する役所の同意が必要。出向ならば、なおさらだ。副知事に就任する小林氏は奈良県出身の50歳。鹿児島との縁は薄く、いずれは本省に戻る。小林氏が「うん」と言っても、厚労省の同意がなければ事は動かない。しかも、三反園氏は自民党が公認候補並みの扱いで支援した伊藤前知事を破った人物。自民党や官邸の意向を第一に考える霞が関が、鹿児島に副知事を送り出せるケースではない。だが“小林副知事”はスンナリ実現。裏で、政府与党関係者の働きかけがあったと見るのが普通だろう。「保守」を自認してきた三反園氏だが、彼の本音は「私は自民党」。県議会最終日、知事自身がそれを証明する発言を行っている。
裏切られた反原発派
南日本新聞などの報道によれば、三反園氏は議会最終日、自民党県議団に副知事人事の説明不足を謝罪し、人事案への同意を要請。この際、再生エネルギーへの転換や原発に頼らない社会を目指す自分の考えが「自民党の方向性と同じ」だと説明したという。事実なら、三反園氏は原発を「重要なベースロード電源」と位置付ける政府・自民党と同じ立場だということ。つまり、本気で原発を止めるつもりなどないということだ。おそらく、謝罪は自民党県議団の顔を立てるためのパフォーマンス。「原発は止めない」というサインを出して、蜜月への第一歩を踏み出したというのが本当のところだろう。実態は、三反園―自民の出来レース。選挙戦でフル回転して三反園氏を支援した反原発派は、裏切られたということになる。
後援会関係者の話を総合すると、もともと三反園氏には「原発反対」を叫ぶ気持ちなどさらさらなく、「知事になりたい」という気持ちだけが強かったのだという。鹿児島で知事選を勝ち抜くためには、「反原発派」「原発推進派」どちらの票も必要。そのため、“原発に関しては明言を避ける”というのが同氏のスタンスだった。知事選への出馬を表明した昨年暮れから数か月間、原発に対する自分の考え方を明らかにしなかったのはそのせいだ。しかし、平成24年の知事選で20万票を獲得した反原発派の票は何としても欲しい。「反伊藤」陣営の候補者一本化は勝利の絶対条件でもある。そこで考えたのが、「熊本地震を受けて、原発の一時停止を九電に要請する」という公約だった。停止要請がパフォーマンスだったことは、これまで報じてきた通りである(参照記事⇒「川内原発“特別点検”のうさん臭さ」)。「選挙目当てで県民を欺いた」(反原発団体のメンバー)――そう見ている三反園支持者は少なくあるまい。もっとも、知事は原発のこと以上に大きな嘘をついている。
掛け声だけの「県政刷新」
知事選で三反園氏が訴えたのは「県政刷新」。「刷新」とは、体制などの良くない状態を除き、新しいものにすることだが、当選した三反園氏にその気はない。まず伊藤県政の何がいけなかったのかを明示すべきなのだが、今日に至るまで、同氏の口から何をどう変えるかの具体的な話は一切出ていない。伊藤県政を批判するということは、県議会で多数を占める自民党県議団への批判と同義。保守陣営を刺激しないよう、厳しい伊藤批判を避け、「刷新」という言葉でごまかしていたに過ぎない。
東京の小池知事が石原都政や舛添都政の闇に切り込んでいるのとは対照的に、ドーム球場やアウトレットモールの建設など、前知事時代と何も変わらない土建屋施策の展開を主張する三反園氏。実質的には伊藤路線の継承であり、三反園氏に県政刷新を託した有権者は、詐欺に遭ったようなものだ。当然、人心は離れる。
後援会は分裂含み
後援会のホームページで「聞こう!語ろう!対話の県政」を目指すとしていた三反園氏だが、現実の彼は、寝食を忘れて走り回った後援会関係者の声に耳を貸そうともしない卑劣漢だ。
前稿で述べた通り、知事就任後の三反園氏は反原発派と距離を置いている。そればかりか、原発の是非とは無縁の立場で知事を支援した後援会関係者とも会おうとせず、側近とぎくしゃくした後援会長をクビにしたというのだから、開いた口が塞がらない。知事を知る政界関係者は、彼を痛烈に批判する。
「三反園さんは、感謝という言葉を知らない人間。末端の支持者など、使い捨ての駒程度にしか思っていない。反原発であろうが、反伊藤であろうが、自分を懸命に支えてくれた人たちを足蹴にするようなことは絶対に許されないはずだ。それがいきなり一般の支持者シャットアウト。『聞こう!語ろう!』が聞いて呆れる」
鹿児島初の民間出身知事誕生から3か月。県政の刷新には程遠く、支持者の怒りは募るばかり。後援会は分裂含みという前代未聞の状況だ。
黒幕は元議員秘書
多くの支援者を無視して、自民党にすり寄る三反園氏。こうした状況を作り出したのは、「知事を操っている」(鹿児島市在住の後援会員)と言われる元議員秘書B氏である。B氏は、鹿児島県選出で閣僚まで務めた参院議員の元秘書。東京都千代田区に本社を置く不動産コンサルタント会社の代表で、後援会活動や選挙戦全般の仕切りを行っていた人物だ。三反園氏の関連政治団体は総務省届出の「みたぞのさとし後援会 三訓会」と鹿児島県選管届け出の「みたぞのさとし後援会」だが、両団体の立ち上げから資金繰りまでの一切合切を、B氏が主導してきたとされる。選挙の総括責任者はB氏である。
B氏の本業である“不動産コンサルタント”がいかなる仕事なのか、じつは後援会関係者も「よく知らない」という。古参の永田町関係者に聞いたところ、次のような答えが返ってきた。
「Bさん?知ってる。知ってるけど、あまり関わらないようにしている。コンサルなんて聞こえはいいが、Bさんの仕事は秘書時代の人脈を生かした口利き商売。不動産=利権と見ている人は少なくないよ。選挙屋というか政治屋というか……。三反園さんは、なぜBさんを使ってるのかな」
良い評判が聞けなかったB氏だが、三反園知事は、このB氏の言いなり。B氏が右と言えば右、左と言えば左といった具合だという。そして、知事から後援会関係者を遠ざけたのは、他でもないB氏。秘書でも事務所長でもない同氏が、県民が選んだ知事を思いのままに動かしているのが現状だ。「Bは、何の権限で知事や後援会の人たちに指図しているのか」――怒りを露わにする後援会関係者の声を、随分と聞いた。
黒幕B氏の傍若無人な振る舞いが、反原発派や後援会関係者の離反を招いたのは確か。支持者が怒るのは無理もない。しかし、大切な支持者を切ってまでB氏を優先してきたのは三反園知事本人。県民を欺いて、より大きな権力にすり寄っているのも知事だ。彼に政治家としての矜持があるのなら、自分を支えてくれた人とたちと、もう一度じっくり向き合うべきだろう。器でないのは分かった。だが、選ばれた以上は4年間を県民のために働くべき。県政は、一部権力者のためにあるのではない。