先月の配信記事で、鹿児島市の鞍掛貞之交通局長(交通事業管理者)が、局内の研修で「雇用は守る」などとして“市営バス民営化”を前提にした話を繰り返していたことを報じた。事実上の民営化宣言。反響は大きく、いまだに「本当に民営化されるのか」「長年親しんだ市バスが無くなると困る」などといったお便りメールが送られてきている。(参照記事⇒「市民の足ピンチ!鹿児島市交通局長 事実上の市バス民営化宣言」)
結論を先に述べるが、鹿児島市の場合、市営バスの民営化は市民にとって多大な損失。運賃が上がって、暮らしを直撃する可能性が高い。(写真は鹿児島市役所)
市営バスが守る市民の足
下の図は、鹿児島市内における市交通局、鹿児島交通(岩崎グループ)、南国交通それぞれのバスが走る大まかな路線と位置関係を示したものだ。
一見して分かるように、鹿児島中央駅、天文館、市役所などが集まる市の中心部と、周辺部の主な団地エリアなどを結んでいるのが市営バス。鹿児島交通(岩崎グループ)や南国交通のバスが、その外側にあるエリアと市中心部を結んでいる形だ。市営バスの運賃は、生活路線であるためほとんどが「190円」。一部190円~250円の特殊な路線もあるが、鹿児島市民の足として「190円」を守っているのが現状である。
民間バス事業者が示唆していた「値上げ」
これが民営化されたらどうなるか――。待ち受けているのは「運賃値上げ」である。数年前のことだが、鹿児島県民の愛読紙・南日本新聞に次のような記事が掲載された。交通局の市営バスと南国交通のバスが、相互乗り入れを始めた頃の話である。
記事は、岩崎バスグループが市中心部の路線に参入し、市営バスを標的に値下げ攻勢をかけているという内容(当時の市中心部運賃は180円)。岩崎側が、市営バスの赤字を批判し「値上げすれば経営状況もよくなるのに、なぜ」と語っていたことが分かる。民間企業の至上命題は「利益」。値上げへの安易な姿勢が見て取れる。市民より自社の利益――それが民間のバス会社なのだ。岩崎であれ南国であれ、民間のバス事業者に経営が委ねられたとたん、現在の市営バスの運賃は値上げされるはずだ。減便も必至。ダメージを受けるのは市民の財布であり、交通弱者への影響は計り知れない。鹿児島市では、市電・市バスの公営交通が低運賃で、まるで東京の地下鉄のように朝から晩まで一日中まんべんなく365日走ってきた。公営だからこそ、できたことなのである。
市営バスの赤字を批判する向きもあるが、運賃を抑えながら実行されてきた「投資」を忘れてはなるまい。下の2枚の写真、左は鹿児島市内を走る民間事業者のバス、右は市営バスだ。鹿児島市を歩いてみると、新型車両はほとんど市営バス。民間事業者のバスは、古い車体ばかりというのが実情である。民間のバス会社で新型車両の導入が進んでいないことは明らか。サービスでは、市営の方に軍配が上がる。市交通局は、毎年10台程度の新型車両を購入しており、とくにこの5年間は集中して70台の新型車両を整備したという。鹿児島においては、同じマネができる民間のバス事業者は見当たらない。経営が苦しいのは公営も民間も同じ。しかし、どちらが安易に値上げをするのか、考えれば分かる。
民営化に前のめり どうする災害避難
原発の緊急避難や桜島噴火での住民避難で活躍するもの市営バス。民間のバスは動かない。鹿児島市は、民間事業者のバス運転手は出動不能だが、「公務員」である市営バスの乗務員には出動を命令できるとしており、災害時避難の大量輸送は市営バスに頼るしかないのが実情。民営化したとたん、鹿児島市の災害避難計画自体が机上の空論となる可能性が高い。それでも民営化に向けての動きを続ける鹿児島市。報じてきたように、今年7月に行われた交通局内部の研修では、鞍掛交通局長が、事実上の民営化宣言を行っていたことが明らかとなっている。民営化に向けて前のめりとなる市上層部。市民の安全や暮らしのことを、真剣に考えているとは思えない。
市営バス「赤字」への疑問
民営化が必要な理由として交通局長が挙げたのがバス事業の「赤字」。市バス事業は年間4~5億円の赤字が続いているとされ、市は平成24年度から北営業所と桜島営業所の運営を南国交通に委託し、経費削減を図ってきたという。だが、市交通局への情報公開請求や取材で浮かび上がったのは、将来的に民間委託の効果が無くなることを予想させる現状だった。下は、平成24年度から26年度までの南国交通への委託費と、委託によってもたらされたとされる効果額の推移だ。
驚いたことに、南国交通への委託費は年間7億円以上。しかも、24年度に約7億1,900万円だった委託費が、たった2年で8億円近くにまで上昇していた。一方、効果額は委託費の上昇と反比例して下降の一途。24年度の1億1,000万円から26年度には約7,900万円と、3,000万円以上少なくなっていた。委託料の上昇について、市交通局は南国交通の人経費アップに伴うものとしているが、この説明は信じ難い。民間のバス事業者はいずこも経営が苦しく、南国交通も例外ではない。鹿児島県のバス事情に詳しい経済人に聞いてみたが、南国交通のバス乗務員の年間収入が上がったという話など聞いたことがないという。委託費は急上昇、委託効果は急減――これでは、何のための民間委託か分からなくなる。
市交通局が抱える矛盾はまだある。下は、鹿児島市交通局の市バス正規乗務員と事務系一般職の基本給比較である。(数字は、鹿児島市交通局の回答による)
事務職の基本給が32万円であるのに対し、バスの正規乗務員は同じ公務員でありながら22万2,000円。はじめから10万円もの差がある。バス乗務員の場合、各種手当を加えて34万円の平均給与になるというが、税金やら何やらを差し引かれると、手取り20万を切るのが実情。非正規乗務員はさらに悲惨で、時給1,360円の週40時間乗車。給与は20万を超える計算だが手当はもらえず、税引きの手取り額は10万円台にしかならないという。
一方、事務職の手当を含めた平均給与は43万円。なんと、国家公務員の平均給与より高い額をもらっているのだ。この方々の数は一向に減らないが、北営業所と桜島営業所を民間委託した時点で、公務員運転手はごっそり減員。少なくなった乗務員が無理に無理を重ね、減らない高給取りをこれまで通り養っている格好だ。バス乗務員には過剰な負担がかかっているとされ、明らかに不公平。鹿児島市交通局の給与体系は、市民の安心・安全を無視したものである。赤字だ、民営化だと騒ぐ前に、事務方の職員を減らすべきだろう。
市営バス民営化は、市上層部や市議会の一部が経済界と組んだ市民無視の愚行。将来的に泣きを見るのは、「市民」ということだ。民営化といえば聞こえはいいが、税金投入を続けても、守らなければならないものがある。