今年7月、新国立競技場建設計画の見直しを発表した安倍首相。「1か月前から見直しを検討してきた」という発言根拠を確認するため関係各省に行った情報公開請求の結果、計画見直しの検討文書などどこにも存在していないことが判明。先月の配信記事で、検証過程を報じた。(参照記事⇒『安倍首相「新国立」見直し“1月前から検討” 各省が否定』)
支持率アップを狙った首相のパフォーマンスだったことは疑う余地がないが、計画見直しに至った首相を擁護した産経新聞の記事を巡り、信ぴょう性が疑われる事態となっている。
首相発言の検証経過
まず、首相発言に関するこれまでの検証結果を整理しておきたい。
「1か月前から見直しを検討してきた」という首相発言の真偽は、新国立を所管していた文部科学省と見直し作業を引き継いだ内閣府(内閣官房)、さらには建設工事に精通している国土交通省に対する情報公開請求で確認した。
開示を求めたのは、「新国立競技場の建設計画見直しを発表した安倍首相が『1か月前から見直しを検討してきた』と述べた根拠を示す文書」。これに対し、内閣官房は「内閣官房も内閣府も、首相会見以前に新国立の見直し作業を行っておらず、該当する文書は残されていない」として公文書不開示。文科省と国交省も、「(問題の時期に)見直し作業など行っていない」として不開示となっていた。
首相を援護した産経の記事
“作り話”で騙された国民はたまったものではないが、この時の首相の決断を、もっともらしく見せかけることで援護した報道があった。「産経新聞」が、問題の首相会見の翌日から2回にわたって配信した記事がそれで、会見翌日の18日≪見直し決断の内幕(上)≫と見出しを打ち、見直し発表までの経緯を詳報していた。副題は≪森氏を説得したA4文書 首相「私は現行計画見直す」≫--以下、記事はこうなる。
「2019年ラグビー・ワールドカップ(W杯)日本大会には間に合いませんが、お許しいただきたい」安倍晋三首相は17日午後、首相官邸5階の執務室で、2020年東京五輪・パラリンピック組織委員会会長の森喜朗元首相にこう頭を下げた。
それでも不満そうな表情の森氏に首相が示したのが、建設計画を見直した場合の工期などを示した1枚の紙だった。
「ギリギリ間に合うと、希望的なことを言ってできないとかえってまずいでしょう」
森氏は、内容に確かめると小さな声で応じた。
「それじゃ、やむをえませんね」
首相が示したA4の文書は、国土交通省などが作成したものだった。もう一度、コンペをやり直して半年以内に設計を決定し、20年春に完成させ、五輪には間に合わせるという計画見通しが示されていた。
その場に立ち会っていたかのような内幕解説。首相執務室に居合わせた人間しか知り得ない内容で、記事を読んだ人は「なるほど」と感心したことだろう。臨場感あふれる記事が、首相発言を裏打ちした形となっていたのは確かだ。
この記事及び副題の中で、HUNTERが注目したのは太字で示した部分。つまり、「森氏を説得したA4文書」「建設計画を見直した場合の工期などを示した1枚の紙」「首相が示したA4の文書」「国土交通省などが作成したもの」――だった。
極端な右寄りではあるが、産経新聞も一応は報道機関。首相のうさん臭い話を補強するため、“ねつ造記事”を配信したとは思えない。首相が森氏を説得した時に示したというA4の文書には、建設計画を見直した場合の工期などが記されており、作成したのは国土交通省などということになるが、ここで矛盾が生じる。
怪しくなった「A4文書」の存在
前述した通り、関係各省はHUNTERの開示請求に対し「新国立競技場の建設計画見直しを発表した安倍首相が『1か月前から見直しを検討してきた』と述べた根拠を示す文書」はないとしており、これは公式な見解だ。そもそも“見直し検討”は批判を浴びるようなことではなく、隠す必要がない。やっていれば、堂々と関連文書を開示していたはずなのだ。だが、そうした動き自体が否定されている。
本当に「A4の文書」とやらが存在するのか――産経が配信した記事の信ぴょう性を確かめるため、内閣官房、文科省(所管はスポーツ庁)、国交省に開示請求を行った。請求内容は「安倍晋三首相が、本年7月17日に首相官邸5階の執務室で、2020年東京五輪・パラリンピック組織委員会会長の森喜朗氏に示されたとされる新国立競技場建設計画を見直した場合の工期などを示した文書」。産経の記事を引用したのは言うまでもない。
結果が下の通知。スポーツ庁も国交省も同じ回答で、当該文書を作成したことも、取得したこともないのだという。
内閣官房については、首相が言った「(会見の)1か月前」の段階では、見直し作業自体にタッチしておらず、はじめから「対象文書はありません」との連絡。産経新聞が見てきたように書いた「A4の文書」には、どの役所も関わっていないという結果になった。
各省の回答は“作成の事実”がないことによる文書不存在。特定秘密だから出せないというわけではない。首相が、東京五輪・パラリンピック組織委員会の会長に新国立の建設計画見直しを了解してもらうために示したというからには、まぎれもなく「公文書」。存在していれば、当然開示されるべき文書なのである。だが、どの役所にも、ない。とくに、産経が断定的に書いた国交省にないというのは致命的。問題の記事の後段には、次のような記述があるからだ。
また、安保関連法案の審議を通じ、内閣支持率はじりじり下がっていた。さらに五輪にも建設が間に合わないかもしれないとの情報に、首相が下村氏を呼んでただしたが、下村氏は「努力する」と繰り返すのみ。しびれを切らした首相はついに文科省だけでなく、国交省にもこう指示した。「では、私は現行計画を『見直す』。それを前提に検討してほしい」
2度にわたる開示請求に対し、国交省は「A4文書」の存在も「見直し検討」への関与も否定している。産経はどうやって「A4文書」の存在を確かめたか?さらに言えば、記事のどこまでが真実なのか?
産経新聞の記事は、“ねつ造”か、もしくは裏付けなしの“受け売り”だった可能性がある。政権を擁護するためのオーバーランなら、報道失格。他社の誤報を厳しく追及してきた同紙だからこそ、疑問に答える義務があるはずだ。「政権の犬」にも、矜持はあろう。