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福岡県知事選挙 "傀儡"の証明 (上)

2011年3月22日 11:10

 届出書類が知事選の実相を語っていた。
 HUNTERは、福岡県選挙管理委員会に情報公開請求し、経済界主導で設立された知事選出馬予定者の支援組織「福岡の未来をつくる会」の政治団体設立届(写し)を入手した。
 それによると、今年2月に設立された同団体の代表者は、経済産業省の監督下にある電力会社・九州電力株式会社(以下、九電)の代表取締役会長。会計責任者は、腐敗を招いた責任をとって引退する現職知事・麻生渡氏の資金管理団体の会計責任者が兼任していた。
さらに、九電に関しては別の新たな事実も判明している。

 浮かんでくるのは"傀儡"という言葉である。中央官庁や引退知事のコントロール下に置かれる県政は正常と言えるのだろうか。

政治団体届出書1  政治団体届出書2
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選択肢狭めた「相乗り」
 任期満了にともない、4月10日に行なわれる福岡県知事選挙は、引退する麻生渡知事が後継指名した元経済産業省官僚で麻生、鳩山両内閣の広報官を務めた小川洋氏(61)が、民主・自民・公明・社民の主要政党に加え経済界や連合福岡による支援体制を固め独走状態だ。
 同知事選には小川氏のほか、共産党推薦の元北九州市議・田村貴昭氏(49)が出馬を表明しており一騎打ちの公算が高くなっているが、県内の情勢を分析したところ小川氏優位は動きそうにない。
 しかし、迷走の末に誕生した"相乗り大連合"には県民の厳しい視線が注がれる。一部の権力者の都合で選択肢を狭められた有権者からは不満の声が上がっており、投票率低下を招きかねない事態だ。「相乗り」を主導した者たちの罪は大きい。
 大型選挙における「相乗り」は、政策論争の場を失わせるばかりか、大衆の政治参加という民主主義の根幹を否定するものだからだ。
 なぜ4年に一度の知事選が「相乗り」になってしまったのか。舞台裏を振り返ってみたい。

舞台裏
 昨年10月に麻生知事が引退表明した直後から、麻生太郎元首相と知事自身が後継選びに動き出した。小川氏に白羽の矢を立ててからは、その擁立に狂奔する。ふたりが小川氏にこだわった理由は判然としない。強いて言えば、太郎氏にとっては元部下、知事からすれば年次がモノをいう霞が関の後輩にあたり、選挙後の県政で影響力を行使しやすいということだろうか。そうした意味では、ダブル麻生にとって小川氏はまたとない人物だった。
 しかし、「地方主権」が叫ばれながら中央省庁のキャリア官僚を知事に据えることは明らかに矛盾している。それでもふたりは小川氏擁立に固執。自民党分裂との指摘さえ意に介さなかったほどである。
 ふたりが頼りにしたのは経済界だった。

 今年2月に候補者が小川氏に収斂されていくまでの過程で、リードオフマンを務めたのは、ダブル麻生の意を受けた九州電力会長の松尾新吾氏だ。同氏は九州経済界トップの九州経済連合会会長も務めているほか、麻生知事や麻生太郎元首相と極めて近い関係にあることが知られている。
 自民党、民主党の県連関係者の話を総合すれば、知事らの要請を受けた松尾氏や小川氏を推す経済人は、まず連合福岡と創価学会の幹部を説き伏せ、主要政党の「支持」を取り付ける道を模索したという。
 民主、公明のそれぞれの支持母体である連合と創価学会が先行して小川氏支援を方向づけることで、政党主導の候補者選びを封じる策だった。案の定、公明の議員は学会に呼応し、民主の各級議員らは知事選の独自候補擁立に関して腰砕けになった。
 経済界が、松尾氏に引きずられる形で小川氏支援に前のめりになる中、いったんは元県議会議長の擁立を決めた自民も、方針転換を余儀なくされる。選挙基盤が弱く、学会票が逃げることを恐れた議員らに動揺が走ったことがその要因のひとつだ。流れは一気に小川氏へと向かった。
 こうなると「政党は死んだ」と言っても異論はあるまい。各政党が小川氏支持への道を選んだ理由が、政策実現や主義主張のためではなく、自分たちの選挙のためだったからだ。

 主要政党が、正式に機関決定する「推薦」ではなく、ゆるやかな「支持」に止めたのは、「県民党」を演出するために他ならない。政党色を薄め、広範な支援体制を整えることで「相乗り」批判をかわす狙いだろうが、そのために麻生知事は暴走した。民主県連幹事長に電話し、推薦しないように圧力をかけたのである。明らかな知事の政党への介入であり、県政をゆがめる所業だ。
 有権者からは「相乗りVS共産党だ。しらけてしまった」(福岡市・男性会社員)、「投票に行く気が失せた」(同市・主婦)といった声が上がる。「すでに知事選は終わった」(自民党県議)という言葉は、多くの県政界関係者の本音だろう。有権者無視の現実がそこに在る。
 
 それではなぜ、松尾氏ら経済人は、強引に「相乗り」を進めたのだろう。昨年11月の福岡市長選で、福岡商工会議所の政治団体「福岡商工連盟」が現職だった吉田氏を推薦し、大敗。経済界に厭戦気分がまん延したことも理由のひとつに上げられる。しかし、松尾氏を動かしたのは、元首相と知事の力であり、経済産業省の存在ではなかったのだろうか。
 
ダブル麻生の本音
 元首相と知事が小川氏擁立に固執したことで、さまざまな憶測を呼んでいる。

 まず元首相側の事情について考えてみたい。
 太郎氏を支えているのは、セメント製造会社「麻生ラファージュ」を中心として、医療、教育から不動産まで幅広く事業展開する"麻生グループ"の財力である。確認した平成18年分から21年分の政治資金収支報告書によれば、太郎氏の関連政治団体には、資金管理団体「素淮会」や政治団体「九州素淮会」、「自由民主党党福岡県第8選挙区支部」などいくつもが存在。各団体には毎年のように150万円~300万円以上の政治資金が麻生グループから流れている。
 しかし、豊富な資金力を誇る麻生グループといえども筑豊・飯塚のイメージが強く、福岡経済界での発言力は弱い。とくに人と金が集中する福岡市では、九電を中心とする「七社会」(時代とともに構成企業が変わったが、現在は九州電力、西部ガス、西日本鉄道、福岡銀行、 西日本シティ銀行、九電工、JR九州の7社)の存在が大きく、地域経済や政治の方針決定過程に麻生グループが加わる余地はなかったとされる。
 
 転機は昨年の福岡市長選だった。
 昨年11月の福岡市長選で、太郎氏が前面にでて高島宗一郎現市長を支援し圧勝。この頃から元首相も含めた「麻生グループ」の総意が、福岡市だけでなく、全県での政治力拡大に向けられたのではないだろうか。

 平成21年の総選挙までは、福岡県内に麻生元首相のほか、山崎拓元自民党副総裁や古賀誠元同党幹事長といった大物が割拠していた。福岡市の公共事業には、あらゆる意味で山崎氏の意向が強く働いたとされる。九電との関係も密接だった。ところが山崎氏が落選したことで、県内の勢力地図が大きく変わった。自民党国会議員の空白地域となった福岡市では、必然的に現職の元総理・麻生太郎氏の存在感が増しているのだ。その現実を如実に示したのが昨年の福岡市長選で、山崎氏が選挙戦の前面にでることはなく、市内のいたる所に麻生元首相の街頭演説告知看板がくくり付けられていた。
 福岡市長につづき、知事の後ろ盾にまでなれば、元首相の県内での政治力は絶大なものとなる。もちろんそれは、麻生グループそのものの繁栄につながる。
 
 元首相の側近を自認する北九州市選出の県議でさえ、福岡市長選に続いて知事選でもその存在を誇示しており、身内の自民党内からは「福岡市や県内の利権狙い」(県議)との批判が渦巻く。一部の人間だけがはしゃぎまわる県政など、まともとは思えない。
 いずれにせよ、太郎氏が元部下の登用にこだわった理由が政治的なものだけではなかったとしたら、県政の歪みは増すだろう。

 麻生知事についてはどうか。
 小川氏は、知事と同じ旧通産省出身で、自動車産業の振興をはじめ「麻生県政」を引き継ぐにはうってつけだったという説明がある一方、次のような見立ても存在する。
 福岡県町村会の参事や元事務局長らの詐欺事件にはじまった一連の「町村会事件」では、昨年2月に知事側近の中島副知事(当時)が収賄で逮捕された(その後、起訴され裁判で有罪が確定)。
 これに先立つ平成21年12月12日、知事は、贈賄側の山本文男・前福岡県町村会会長(前添田町長。逮捕、起訴後に裁判で有罪確定)を、わざわざ添田町まで訪ねて密談している。
運転日誌 翌年1月の地元紙報道によってスッパ抜かれた事実だが、たしかに、情報公開請求で入手した知事公用車の「運転日報」は、この日、知事が添田町に出向いたことを証明している。
 話し合われた内容について、関係者は黙して語らないが、両者によって何らかのすり合わせが行なわれたと見るのが普通だろう。ちなみに、中島元副知事は密談の日から9日後に副知事辞任に追い込まれた。
 町村会側から接待を受けていた県幹部は、元副知事のほかにも複数が確認されており、完全に真相解明がなされたとは言い難い。県庁内部には、まだ隠された事実があるとの指摘もあるほどだ。山本前町村会会長と知事との関係にやましい点はなかったのか、疑問は残っている。
 そうした流れに沿って考えるなら、浮かんでくるのは、知事が都合の悪い事実を隠蔽するため、コントロール可能な人物を後継にする必要があったのではないかとの疑念だ。
 「うがった見方」かもしれないが、同会に6,000万円もの簿外金があったことがHUNTERの取材で明らかになったように、町村会や県内部には、まだ膿が残っているのだ。知事交代でうやむやにすることは許されない。(記事参照

 舞台裏で見え隠れするのは、ダブル麻生の権力への執着だけで、残念ながら、小川氏自身の独創的な政策や県政改革に関する言葉は聞こえてこない。投票率が低いと見て、組織の人間だけを相手に選挙をするつもりかもしれないが、そうなると、県民不在の県政にますます拍車がかかる。

 ところで、前述したように、今回の知事選には「経済産業省」の存在が大きく影響している。別の角度から知事選の構図を検証してみたい。

つづく



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