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「安倍やめろ」排除問題 北海道警・検察 こぞって不問に

2020年3月24日 08:25

通知.png 「現場の警察官がそれぞれの状況をふまえ、法律に基づき必要と判断した措置を講じたものであります」――。昨年7月に札幌市で起きた「首相演説ヤジ排除事件」。問題の発生から7カ月以上にわたって沈黙を続けていた北海道警察は2月下旬、地元議会で初めて「事実確認報告」に臨み、山岸直人本部長ら幹部職員が当時の対応を「必要な警察措置だった」と言い切った。
 足並みをそろえるように、刑事告訴・告発により排除の違法性などを捜査していた札幌地方検察庁は、現場の警察官たちの行為を「適法な職務執行」とみなし、道警の議会報告の前日に不起訴処分を発表していた。安倍晋三総理大臣の演説にヤジを飛ばした市民などを実力で排除する「措置」に、地元の捜査機関がこぞって「お墨付き」を与えたことになる。

■「トラブル防止」強調
P01道議会.jpg 道警が議会報告に臨んだのは、2月26日午前に招集された道議会総務委員会でのこと。冒頭、事実確認に長い時間を費やしたことを「申しわけなく思う」と切り出した山岸本部長は、とくに謝罪の言葉を述べることなく、当日の排除行為が適正な職務だったことを強調し続けた。排除の根拠としたのは「警察官職務執行法(警職法)」と「警察法」で、ヤジやプラカードなどの表現行為が公職選挙法の「選挙の自由妨害」にはあたらないことを言外に認めた形。排除の目的は飽くまで「トラブルの未然防止」だったと繰り返した。
<写真は、議会報告に臨む山岸直人・道警本部長最前列の左から2人目)ら>


■いきなり「避難」させ「制止」?
 札幌駅前で「安倍やめろ」などとヤジを飛ばしたNPO職員・大杉雅栄さん(32)は、道警に言わせると「周囲の聴衆と小競り合い」を起こすおそれがあったという。このため現場の警察官たちが警職法4条に基づいて大杉さんを「避難」させ、また同5条に基づいて「制止」したという主張だ。少し離れた場所で「増税反対」と声を上げて拘束された大学生・絹田菜々さん(仮名・24)についても同様で、警察官たちは「雑踏事故」などを避けるため絹田さんを「避難」させ、同時に「制止」したとする。

 昨年暮れに大杉さんが提起した国家賠償訴訟の代理人を務める弁護団は、この説明に「同一人物に対して『避難』と『制止』の両方を適用するなど、あり得ない」と呆れる。つまり警察の理屈では、大杉さんらは「小競り合い」などの被害者であると同時に加害者でもあり、そのためトラブルの相手方である「聴衆」から「避難」させ、なおかつ行動を「制止」する必要があった、というわけだ。

 だが当日撮影された複数の映像を確認すると、現場の警察官たちは大杉さんや絹田さんが声を上げた直後に彼らの衣服や身体に手をかけており、議会説明にあるような「小競り合い」が起こる余地はほとんどなかったことがわかる。また当事者の大杉さん・絹田さんのいずれも、現場では警職法に基づく「警告」を受けておらず、排除の理由を説明した警察官は一人もいなかった。
<下の写真は、大杉雅栄さん(左から2人目)が首相演説から排除される様子>

P03排除の様子.jpg【警察官職務執行法第4条1項】
《警察官は、人の生命若しくは身体に危険を及ぼし、又は財産に重大な損害を及ぼす虞のある天災、事変、工作物の損壊、交通事故、危険物の爆発、狂犬、奔馬の類等の出現、極端な雑踏等危険な事態がある場合においては、その場に居合わせた者、その事物の管理者その他関係者に必要な警告を発し、及び特に急を要する場合においては、危害を受ける虞のある者に対し、その場の危害を避けしめるために必要な限度でこれを引き留め、若しくは避難させ、又はその場に居合わせた者、その事物の管理者その他関係者に対し、危害防止のため通常必要と認められる措置をとることを命じ、又は自らその措置をとることができる》
【警察官職務執行法第5条】
《警察官は、犯罪がまさに行われようとするのを認めたときは、その予防のため関係者に必要な警告を発し、又、もしその行為により人の生命若しくは身体に危険が及び、又は財産に重大な損害を受ける虞があつて、急を要する場合においては、その行為を制止することができる》

■映像不在をよいことに……
 いわゆる職務質問の要件を定めているのが、警職法2条。これに基づいて表現行為を規制された人もいる。札幌・厚別区の男性(77)は、JR新札幌駅前での首相演説に赴き、『ABE OUT』と大書したプラカードを掲示しようとして警察に阻止された。道警は、男性が「やにわに膝の上に抱えていた袋を背中のほうに隠そうとした」と主張、この荷物が危険物である可能性を疑い、警職法2条に基づいて「質問」したという。

 当の男性は、「背中に荷物を」なる事実を「絶対ありません」と言下に否定、「私のケースは写真もビデオも残ってないから、なんとでも言えるんでしょう」と苦笑する。男性の記憶によれば、この時寄ってきた警察官たちは「持ってる物、見せてくれないか」と持ちかけ、別の場所に移動するよう促してきたという。男性が歩道の縁石に腰かけ、安倍首相の視界に入るように『 OUT 』のプラカードを持っていたことから、警察官がそれを首相の眼に入らない場所へ移そうとしたことが考えられる。だがこれも、議会説明では「周囲の聴衆の好奇の目に晒されないよう」男性を気遣った結果だった、ということにされた。

【警察官職務執行法第2条】
《警察官は、異常な挙動その他周囲の事情から合理的に判断して何らかの犯罪を犯し、若しくは犯そうとしていると疑うに足りる相当な理由のある者又は既に行われた犯罪について、若しくは犯罪が行われようとしていることについて知つていると認められる者を停止させて質問することができる》

■疑われる「特定の意見」の規制
 プラカード掲示を阻まれた人は、ほかにもいた。札幌・中央区の大通地区で『年金100年 安心プラン どうなった?』と書いたプラカードを首相に見せようとした女性(70)は、一緒に現場を訪れた友人とともに警察官に取り囲まれ、先の男性と同じように演説の場から排除されている。道警がこの排除の根拠としたのは、警察法2条だ。

 警察法は、これまで述べたケースに適用された警職法とは異なり、警察官の心構えや組織の体制などを定めるもの。いわば警察や警察官の何たるかを定義した法律で、およそ職務執行の根拠にはなり得ない。そのためか、議会報告では「警察法の目的を達成するための措置」と、耳慣れない言い回しが使われることになる。現場では、警察官がプラカードの女性たちに「上にあげると危ないですよ」と注意喚起したことになっており、その理由として「大きなプラカードを掲げていたため、転倒のおそれや、風に煽られて歩行者にぶつかるおそれがあった」との説明があった。

 しかしこれもまた、当事者の失笑を買う結果となる。道警の言う「大きなプラカード」は、女性によるとA3判大のコピー用紙をラミネート加工した物。「転倒」のおそれはもちろん、「風に煽られ」る可能性もまずなかったと言ってよい。地元の札幌管区気象台によると、首相演説があった時間帯の札幌は北西ないし北北西・1.6から3.4m/sの風だった。これでプラカードが飛ぶことはほぼあり得ず、気象台の担当者は「7~8m/sは必要でしょう」と言い切る。

 道警の山岸本部長は、議会報告で「特定の意見の表明を規制することはございません」と弁明、その姿勢は「意見の表明の手段によっても変わることはありません」とした。だが当日、現場では多くの与党支持者たちが現政権に賛意を示すプラカードを手にしており、それらが一切排除されなかったのに対し、『年金100年』のプラカードのみは不自然な理由で排除されている。道警の理屈では、これは「特定の意見」の規制にあたらないらしい。

【警察法第2条1項】
《警察は、個人の生命、身体及び財産の保護に任じ、犯罪の予防、鎮圧及び捜査、被疑者の逮捕、交通の取締その他公共の安全と秩序の維持に当ることをもつてその責務とする》

■排除「罪とならず」と検察
 すべてを「適法な職務執行」と言い切る姿勢は、検察も変わらない。ヤジで排除された大杉雅栄さんは昨年12月、現場の警察官たちを特別公務員暴行陵虐などで刑事告訴し、これを受理した札幌地方検察庁が当事者に任意で話を聴くなどの捜査を進めていた。地検には排除現場の映像などが提供されたほか、プラカードの現物も聴取の場に持ち込まれたが、結論は「不起訴」。処分の決定は、道警の議会報告の前日だった。

 札幌地検は、大杉さんや絹田菜々さんの排除を「罪とならず」と判断、プラカード排除については「嫌疑なし」とした。不起訴の理由として「起訴猶予」や「嫌疑不十分」などを想定していた弁護団は、およそあり得ない地検の決定を強く批判、検察の処分と警察の報告が時期を同じくしていることから「両者でなんらかの調整が行なわれていたのでは」との疑いを抱いている。

 この「調整」について、筆者が地元月刊誌『北方ジャーナル』の取材で両者に問いを寄せたところ、それぞれ次のような答えが返された。
・札幌地検…《捜査の具体的な内容(捜査の過程)にかかわることがらですので、お答えを差し控えさせていただきます》
・北海道警…《地検との間でなんらかの調整が行なわれた事実の有無についてご質問いただきましたが、そのような事実はありません。なお地検の処分結果についてのコメントは、差し控えさせていただきます》

 一方が否定で、一方は無回答。ともに排除を不問に附した両者だが、少なくとも取材対応については「調整」しきれなかったようだ。

■当事者は付審判請求、追加提訴も
 幕引きをはかろうとする捜査機関に対し、排除当事者たちはその後も矛を収めていない。「安倍やめろ」の大杉さんは3月5日、地検の不起訴処分を不服として札幌地方裁判所に「付審判請求」を申し立てた。付審判制度は、公務員の犯罪などについて検察の起訴を経ずに刑事裁判を行なうことができる手続き。裁判所が今回の請求に「理由がある」と認めた場合は、もとの不起訴処分にかかわりなく公判が実現することになる。大杉さんは併せて、第三者機関の検察審査会への審査申し立ても検討中で、これを受けた審査会が「起訴相当」を議決すれば、やはり検察の意向と関係なく事件が刑事裁判に持ち込まれる。

 先立つ2月27日には「増税反対」の絹田さんが道警を相手どる国家賠償訴訟を起こし、すでに札幌地裁で審理が始まっている大杉さんの国賠訴訟との「併合審理」が決まった。4月上旬に予定されている口頭弁論では、原告の意見陳述で改めて排除の被害が報告されることになる。

 議会報告翌日の2月27日、筆者は道警に対して公文書開示請求を行ない、事実確認の結果をまとめるまでの調査記録を開示するよう求めた。北海道の条例では通常、請求から2週間以内に開示の可否が決まることになっているが、道警は開示期限の3月12日付でこれの延長を決定、現時点でなお文書は入手できていない。担当部署の警備部公安2課は、延長の理由を「文書の特定及び開示・非開示の判断に時間を要するため」としている。

※ 道警本部長の議会報告、及び幹部職員の答弁は、ヤジ排除当事者らの集まり『ヤジポイの会』が全文を公開中( https://note.com/yajipoi/n/nc4110188a7a8 )。
                                                       (小笠原 淳)

【小笠原 淳 (おがさわら・じゅん)】
ライター。1968年11月生まれ。99年「札幌タイムス」記者。2005年から月刊誌「北方ジャーナル」を中心に執筆。著書に、地元・北海道警察の未発表不祥事を掘り起こした『見えない不祥事――北海道の警察官は、ひき逃げしてもクビにならない』(リーダーズノート出版)がある。札幌市在住。



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