伊藤祐一郎前鹿児島県知事(72)が10日、鹿児島市内のホテルで会見を開き、7月に投開票予定の県知事選挙に立候補することを正式表明した。
知事元職の再挑戦は異例で、鹿児島県では初。一定の支持基盤を有する伊藤氏が、「反三反園」を標榜する勢力の主役に躍り出た形だ。
落選から3年半を経て、再出馬を決めた伊藤氏の思いとは――。HUNTERが入手した、伊藤前知事の出馬表明全文を掲載する。
(写真は知事時代の伊藤氏)
■出馬表明全文
楽しい鹿児島、たのもしい明日
〜ビジョンと実行力で鹿児島の再生を〜(ふるさとの暮らしで思うこと)
私は前回の選挙において多くの方々のご支援を頂いたにもかかわらず、私の至らなさから皆様の期待に沿えない結果となってしまったことを申し訳なく、率直に反省しています。心ならずも私の不適切な言葉から、皆様に私の真意が十分に伝わらなかったこともありました。また、不本意にも女性の皆様に不快な思いをさせたことも反省しています。皆様から頂いたいろいろなご指摘を謙虚に受け止め、改めるべきは改めたいと心に刻んでおります。私は、前回の選挙以降ふるさとの出水に身を置いて、自らを語らず言い訳もせず、5人の孫の成長に目を細めながら、一県民としての日常を送って参りました。その中で、今まであまり気付かなかった光景もいろいろありました。坂道を杖をついて登っておられるご高齢の方を見ると、何かお手伝い出来ないかと思います。子供たちが横断歩道を渡った後、運転者にお礼をする姿は感動的ですし、皆立派に育って欲しいと思います。生きづらいことの多い社会にもかかわらず懸命に努力を続けている障害をもつ人々に、行政がきめ細かい、そして弾力のある手を差し伸べて、たくさんの笑顔がはじける社会になって欲しいとも思います。
(県政への危機感)
世界の、そして日本の将来はますます不確実性を増してきており、国際社会が動揺する中で、年金・医療等を含む全世代型社会保障制度の再構築、経済の安定的成長、地球環境問題、人口減少への対応、格差社会の是正、大規模災害対策等に的確に対応しながら、少なくとも今の生活レベルを守っていくことの難しさに改めて深い思いが生じてきました。このような中で、現在の鹿児島県政は次世代のビジョンを的確に示せず、鹿児島が本来持つ活力を失いつつあるのではないかという危機感が徐々に大きくなってまいりました。
財政の健全性も揺らいできています。私が3期12年かけて451億円もの財源不足を解消し、当分は心配のない財政システムを作り上げて参りましたが、この4年間、財源の確保が必ずしも十分でないことに加えて、重点的に投資すべき分野に公的資金が回らず、効率的な財政運営がなされていないのではないかと懸念しています。
また、早急に決定し、実行すべき県政の重要課題が、一向に前に進んでいません。例えば、県立体育館の整備や、明治維新150年、オリンピック、国体と続くビッグイベントを鹿児島の発展に活かす取り組み、農業をはじめとする一次産業への重点投資、あるいは地域の特性を活かした県土の均衡ある発展への取り組みなどにおいて、残念ながら見るべき進展がありません。
加えて、県庁の組織としての能力が低下してきています。民間の力を活かし、市町村と連携し、鹿児島県の実力を高めていくためには、県庁が果たす役割は大きなものがありますが、今の県職員は委縮しその役割を果たせていないように見えます。
このような現状を目にするにつけ、「このままでは、私の3期12年の積み重ねが、水泡に帰してしまう。今立て直さなければ、鹿児島の将来に大きな禍根を残してしまう」という強い思いが、ふつふつと湧いて参りました。
(新たな決意)
私は、先の就任期間12年の中で、厳しい行政改革に取り組みながらも、県民生活には影響が及ばないよう様々な工夫をするとともに、農林水産業や観光産業を将来の鹿児島の経済を支える産業として明確に位置づけ、県民一体となって鹿児島を築いていくことを目指してきました。南北600km、東西200km という広大な県土の中で、多様性に満ちた自然、環境そして人々の生活様式を守りながら、大きく変化する内外の諸情勢の中で県全体の力を一つに結集して、県民一人ひとりの暮らしを守っていくことは決して容易なことではありません。
再び県民の皆様のご指導、ご協力を頂けますれば、「口に偽りを言わず、身に私を構えず」という故郷の教えを旨とし、県政を進めるにあたっては県政の主役である県民の皆様と手を携えながら、丁寧に、しかも拙速にわたらないように細心の注意を払って参りたいと思います。
そして、ビジョンと実行力をもって県政を立て直し、将来にわたって活力に満ち、全ての県民にとって安心してのびやかに生活できる「楽しい鹿児島、たのもしい明日」を築いていくために全身全霊を傾けて参りたいと考えております。
伊藤祐一郎
【解説】
注目すべきは、伊藤氏の会見が“謝罪”から始まったことだ。「傲慢」だの「上から目線」だのと批判されてきたことを意識した内容で、2015年に県の総合教育会議で行った女性の高校教育のあり方についての発言が反発を呼んだことも、率直に詫びている。
この点について、ある県議会関係者は、驚きを隠さない。
「あの伊藤さんが謝罪から始めるとは……。謝るということを絶対にしない人だと思っていたけど、落選して感じるところがあったんだろうね。見直した。あの態度がずっと続いて、選挙の時に謙虚な姿勢が見えていたら、伊藤さんは強いかもしれない。これからどうなるか、だ」
練りに練った出馬表明だったことは確かで、謝罪に続いて自身の現在の心情を語り、次に自身の実績をアピールしながら、三反園県政の問題点をしっかりと提示している。
この3年半で県の財政は極度に悪化しており、来年度にこれまでのような予算組をすれば、90億円近く足りなくなると言われている。伊藤県政時代に積み上げられた貯金が底をつくのは時間の問題だ。
県政の課題も山積している。三反園氏は、何年も前に頓挫した鹿児島中央駅西口での総合体育館整備計画を強引に復活させ、計画断念で4,000万円もの調査費をどぶに捨てた形となった。整備地は、いまも未定だ。農業や観光の振興にもみるべきものはない。ラグビーワールドカップの試合観戦を公務に仕立てるなど、県政の私物化は顕著で、県庁の内外から厳しい批判が出る状況だ。「3期12年が水泡に帰す」という伊藤氏の思いが、異例の再挑戦につながったことは理解できる。
知事選には現職で再選を目指す三反園訓氏(61)の他、鹿児島大学特任助教の有川博幸氏(61)、前九州経済産業局長の塩田康一氏(54)が立候補する予定だ。このうち、三反園氏と塩田氏が自民党と公明党にのみ推薦願を提出したのに対し、伊藤前知事は両党に加え「連合」にも推薦を求めるのだという。三反園、塩田両氏は連合へのパイプがなく、そうした意味では支持のウイングを広げることが可能な伊藤氏が有利だ。
3期12年鹿児島県政をリードし、郷土に活力を呼び込みながら自信満々の姿勢が災いして落選を経験した伊藤前知事――。どう変わったのかが問われるのは、これからだ。