昨年、福岡県内で事件取材にあたっていたテレビ西日本(TNC)の女性記者が、西日本新聞社の記者の名を騙り取材を行っていたことが発覚。両社は事実関係を確認したにもかかわらず、報道しなかった。
報道の現場で起きた“身分詐称”という重大事案が、なぜ表面化しなかったのか――。HUNTERはTNCに対し、女性記者に対する処分の有無と、報道しなかった理由を尋ねた。
■身分詐称の記者が現在も取材活動
もう一度、事の経緯を振り返っておきたい。
・昨年10月、福岡県警を担当していたTNCの女性記者が、「TNCの○○です」と名乗り事件関係者に電話取材。やり取りの中で取材相手の怒りをかい、その場しのぎに「実は私は、西日本新聞のNというんです」と偽って相手をだましていた。
・「西日本新聞のN」は実在しており、TNCの女性記者と担当する警察署が同じ。二人は顔見知りだった。
・10月24日、事件関係者から西日本新聞に、「おたくにNという記者はいるか。TNCの記者だと嘘をついて取材をしようとした。どういう取材をやっているのか」などとクレームが入り、問題発覚。同月28日にはTNCの報道部長が西日本新聞を訪れ、TNCの女性記者が行った身分詐称行為を認めて謝罪していた。
問題はこの後の両社の対応だ。11月に入り、身分を詐称したTNCの女性記者は県警担当から福岡市政担当に配置換え。テレビ西日本が下した処分は、「報道局長による厳重注意」という軽いものだったという。
TNCも西日本新聞も、同じ系列の会社。そのせいか、極秘裏に処理され、報道記者の身分詐称という犯罪性が疑われる話であるにもかかわらず公表も記事化もされなかった。
グループ内の不祥事だから隠蔽したのか――。HUNTERはTNCに対し、事実関係の確認と記者の身分詐称を報道しなかった理由、当該記者への処分の有無などについて質問書を送り、回答を求めた。これに対し、同社総務部から返信されてきたメールは次のとおりだ。なお、事件の特定を避けるため、一部の文言を▲と●で伏せた。
御社より頂きました「質問書」の質問一から三に対しまして、下記の通り回答させていただきます。「▲▲など関係者の意向もあり、コメントは差し控えさせて頂きます」
回答は以上です。
なお、昨日も▲▲代理人から●●新聞の報道に対する追報道自粛のお願いが報道各社に出されており、弊社も受け取っております。ご理解賜りますよう、お願い申し上げます。
事件関係者の意向を盾に、真相を隠そうという姿勢には呆れるしかない。尋ねているのは、こちらの調べた内容に誤りがないかということと公表しなかった理由、そして処分の有無。しかも、昨年の対応についてだ。ここ数日のことを質しているのではない。記者の身分詐称という極めて深刻な事案を公表できないというのなら、他社の取材に対して、出せる範囲で情報を開示すべきだろう。誠実さのかけらもないTNCの回答には、「ご理解できません」と返すしかない。
問題はまだある。TNCは問題の女性記者に対し、「報道局長による厳重注意」という軽い処分で済ませたとされる。その上で同社は、女性記者を県警担当から福岡市役所の担当に異動させ、記者を続けさせているのだ。事が表面化しなかったのをいいことに、甘い対応で済ませたと言われても仕方があるまい。
この点については、別のテレビ局の幹部も「信じられない。記者としてどうのという前に、人間としての評価が問われる事案。記者として取材を続けさせるTNCの神経を疑う。同じようなケースでは、重い処分が下されており、TNCが知らないはずがない」と話している。
■同様事案、山梨放送は厳しい処分
テレビ局幹部が言う「同じようなケース」とは、2013年に山梨県で起きた「身分詐称」のことだ。この時は、「山梨放送(YBS)」の男性記者が「毎日新聞記者」と偽り、実際にはない名前を告げて取材していた。山梨放送は身分を詐称した男性記者と報道担当局長、報道部長の3人を懲戒処分にし、記者を取材することのできない部署へ異動させている。このテレビ局の記者も、TNCの女性記者同様、取材相手からの厳しい反応に耐えかねての“身分詐称”だった。あまりに違う対応――テレビ西日本に、「報道」を名乗る資格はあるまい。
■身分詐称は「振り込め詐欺」と同じ手口
ちなみに、昨年11月に西日本新聞社に謝罪に出向いたとされるTNCの報道部長は、元西日本新聞社の社会部長。両社の内部からは「新聞がテレビ局に忖度したのではない」と疑う声も上がる。だが、一番の問題は、両社がだんまりを決め込んだせいで、他のメディアの沈黙まで招いてしまったことだろう。
じつは、昨年の秋から暮れにかけて、西日本新聞以外の複数の報道機関がTNC記者の“身分詐称事件”をつかんでいた。ところが、TNCと西日本新聞がまともに取材に応じなかったため、多くの原稿がボツにされていたというのだ。この過程で、取材現場の記者たちは「記事にする必要ない」「ニシビ(西日本新聞)が書かないのに、なぜうちがやらないかんの」「うちも疑われるだけ。やめとけ」などという腐った上層部の言葉を聞かされていたという。この点については、次の配信記事で詳しく報じる予定だ。
重ねて述べるが、報道の現場で記者が実在する他社の記者の名前を騙る“身分詐称”は、犯罪行為に等しい。騙し取ろうとするものに、カネか情報かの違いがあるだけで、別人に成りすますという手口は「振り込め詐欺」と同じなのである。TMCと西日本新聞は、事の重さを理解していない。