2016年の鹿児島県知事選で、廃炉を前提とした「反原発派を入れた原発検討委員会の設置」を約束し、「私を信じて下さい」を連呼して有力新人に立候補を断念させた三反園訓(写真左)――。知事の座を手にいれたとたん、手の平を返して敵だった自民党に近づき、反原発派と結んだ政策合意を平然と反故にした。
人間として最低の背信行為だったが、政策合意の当事者である平良行雄県議会議員(写真右)は、候補者一本化が実現した時点で三反園知事の人間性が見えていたという。
■「政策合意」署名後に一変した三反園の態度
2016年6月15日に始まった候補者一本化の協議は、「政策合意」の内容をつめる作業に翌16日を1日費やし、17日の午前中まで続いた。候補者一本化の記者会見を開くことに激しく抵抗した三反園氏は、不機嫌な態度のまま会見に臨み、終了後は平良氏が差し出した手も握らず、会見場を後にしていた。平良氏はこうした過程の中で、三反園氏への不信感を募らせていく。
記者:三反園氏に最初に不信感を抱いたのは、いつでしたか?
――「信じて下さい」の時は、まだそんなに不信感はなかったんです。17日になって、会見を拒否した時点で、おかしいと感じました。しかし、候補者を一本化しないかぎり、伊藤県政は打倒できない。その認識だけは一致していましたから、我慢するしかなかったんです。まさか、三反園さん自身が言い出した原発検討委員会に反原発派を入れるという約束を、破るとは思ってもいませんでしたから。県民の前で明言したことを、当選した政治家が破れるはずがないと――。
記者:なるほど、たしかにそうですね。すると……。
――実は、政策合意を結んで告示までの間に、私と向原さんが三反園さんとお会いする機会がありまして、その時初めて「あれ、この人は本当に約束を守るのかな」と思いました。不信感が募ったということになりますね。
記者:何があったんでしょうか?
――選挙に入るにあたって、私たちも活動しなければならない。何かできることはないかと三反園さんに尋ねたんですが、『何もしないで下さい』と言われたんです。
記者:何もするな、ですか?
――そう。何もするな。私たちと距離を置こうとしていることは察していましたが、そこまで言われるとは思ってもみなかったですから。
記者:それでも政策合意を信じて、知事選はかなり力が入った。
――必死でした。なにしろ、初めて廃炉を言い出した人を知事に据えようというんですから。反原発を掲げて活動してきた私たちとしては、損得なしでやりきるしかなかった。三反園さんが私たちと距離を置いているのは、選挙戦術だと考えるしかなかったんです。
記者:つらいですね。で、いよいよ選挙、ということになります。街頭演説で三反園氏は、ほとんど原発のことに触れず、『私は保守』を強調するようになります。どう見ていたのですか?
――原発に触れないということは、報道でも流れてましたし、不信感が募りましたね。約束を守るのかな、と。危ないな、と。
記者:選挙期間中に、三反園に意思を確認することはなかったんですか?
――選挙の真っ最中ですし、怪しいとは思いつつ、先ほど申し上げたように、まさか会見までした政策合意を反故にするなんて考えないでしょう。相手にも失礼でしょうし。まあ、これも選挙戦術だと割り切るしかなかったんです。
記者:多くの人の努力が実って、伊藤県政を倒すことになりました。三反園氏初当選。その時の感想を。
――達成感はありました。政策合意を守ってくれさえすれば、それでいいと思いました。
記者:選挙後、三反園氏と話し合いの場はあったのですか?
――三反園さんが初登庁する2日前に、私と向原さんと彼の3人で食事をしました。
記者:どんな雰囲気でした?
――雰囲気もなにも(笑い)、最初はご機嫌だったのですが、初登庁の話になってから不機嫌になり、『来ないでくれ』と言い出したんです。
記者:来ないでくれ?
――初登庁ですから、県庁前で激励しますよと言ったんですが、“来るな”と言うんです。理由を尋ねると『私のイベントだから』――。ああ、この人は約束を守るつもりはないな、と思いました。それでも県庁前に行きましたけどね。
記者:三反園氏と会ったのは、それが最後ですね?
――そうです。あとはご存じのとおりで、今年9月の県議会で対峙するまで、会ったことはありません。騙された、ということです。県民も、です。
記者:酷い話だと思いますが、この3年半、平良さんたちは何回くらい三反園知事に面会を申し入れてきましたか?
――正確な数字は記録していませんが、10回以上であることは明らかです。
記者:返答は1度もないということですね。
―― 一切ありませんでした。政策合意についての説明もなし、会えない理由についても説明なし、徹底して無視された訳です。
記者:電話をかけたりメールを送ったりとかは?
――私は電話を1回かけました。向原さん(2012年の知事選で20万票を集めた反原発・かごしまネット事務局長の向原祥隆氏)は電話とメールを複数回行なっていると思いますが、返しはありません。1回も。
記者:原発政策についての要望を何度も出されたと思いますが、どのような内容の要望・要請だったか、振り返ってもらえますか。
――まず、「政策合意」に基づいて県専門委員会のメンバーに我々の推薦者を入れること、という内容の要望を複数回出しています。さらに、川内3号機増設の白紙撤回、川内原発敷地内の保安林解除の事実関係の解明、1・2号機の20年延長運転を認めないことなどについて、要望や要請を提出してきました。
記者:それらの要望、要請に対し、県はどのような対応をしてきましたか?
――まともな回答は、一度ももらっていません。
記者:三反園知事は、県議会で平良さんに対し政策合意は履行されていると答弁しました。この点について、反論は?
――「あきらかに事実に反しており、断じて容認できない」との抗議をの記者会見を行い、直接知事室に要請書(下、参照)を持っていきましたが、その日も会ってもらえませんでした。お話してきた通り、「反原発派を入れた原発検討委員会の設置」という約束は反故にされていますし、知事が廃炉について言及することもなくなりました。一体何を「履行した」というのか――。
記者:先日の県議会では、知事が「政策合意は達成された」という主旨の答弁をしました。この点について、反論があればお願いします。
――達成もなにも、「反原発派を入れた原発検討委員会の設置」という約束された大前提が実行されていないわけですから、話になりません。その答弁の直後に、直接知事室に要請文を届けましたので、ご覧になって下さい。
2019年12月12日 鹿児島県知事 三反園 訓殿 とめよう原発!かごしまの会役員一同 県議会議員 たいら行雄
2019年第4回鹿児島県議会定例会一般質問における三反園知事の回答に対する抗議と緊急要請
去る12月10日、第4回鹿児島県議会定例会において、2016年7月の県知事選の際に締結された「政策合意」に言及する自民党・大園清信議員の質問に対して、三反園知事は「すでに達成している」と回答されました。しかし、この発言(回答)は明らかに事実に反しており、断じて容認できません。
ついては、下記の内容について緊急に申し入れますので、早急にご対応くださいますよう強く要請致します。記
1.先の県知事選の際に合意・締結された「政策合意」について、「すでに達成している」との発言は事実に反することから、撤回し、謝罪すること。
2.改めて事実関係を確認するために、早急に本会メンバーとの話し合いの場を設定すること。
3.仮に、「政策合意は達成している」との考えを主張されるのであれば、「政策合意」の趣旨に則して、下記の点について実行および明確な表明を行うこと。
(1) 鹿児島県原子力安全・避難計画等防災専門委員会において、直ちに川内原発廃炉の議論を始めること。
(2)川内原発1・2号機の20年延長運転を認めないこと。
(3)川内原発3号機の増設計画について白紙撤回すること。
以上
記者:この要請にも無反応ですね。
――非常に残念ですが……。
記者:三反園氏の不誠実極まりない姿勢には呆れるばかりです。最後に、「政策合意」についての総括をするとすれば?
――鹿児島は原発立地県であり、原発の「政策合意」の内容には、重要な意義があります。県民の生命・財産を守るという使命を負う県知事が、そんな重要な約束を弄んでいいはずがありません。
このようなことになるのであれば、もっと詳細に文章化しておけば良かったと悔やんでいますが、私どもは物事を進めるにあたって人を信用するところからスタートしますから、政治上の、しかも成文化した約束が破られるなんて考えてもみませんでした。結果的に、脱原発の主張に一票を投じていただいた県民の皆様を裏切る形になっており、私たちは、その大事な約束がなぜ守られなかったのかという経緯を知らせていく義務があると思っています。
記者:長時間ありがとうございました。ところで、来年の知事選には、どのようなスタンスで臨まれますか?
――現時点においては、まだ動き出していませんが、もし候補者を擁立するとしたら、候補者と一緒に今度は最後まで戦い抜きたいと思います。同じ轍は踏みません。まずは、原発の運転期間を20年延長することを認めるか否かについて、基本線で一致するかどうかです。もちろん、川内原発は原則通り40年まで。延長を認めることはできません。