NHKの記者が、事実上の取材規制をかけてきた環境省に迎合し、小泉進次郎環境相への取材を控えるよう促すメールを記者クラブの記者全員に送っていたことが分かった。
環境省の取材規制は、9月にニューヨークで外交デビューした小泉氏が発した“セクシー発言”などへの批判を受けてのこと。注目を集める小泉氏への取材に、ブレーキをかける狙いがあるとみられる。
「権力の監視」を使命とする報道機関の記者が、権力側の言いなりに取材自粛を呼びかけるという愚行。委縮する国内ジャーナリズムの実態が、浮き彫りになった格好だ。
■NHK記者のメール文面を入手
HUNTERが入手したNHK記者のメールの内容は、次のとおりだ。
記者クラブに対する申し入れの前提となったのは、小泉環境相が9月に開かれた国連総会の環境関連会議に出席するため出張したニューヨークでの出来事。メールの記述によれば、記者らが移動しながら小泉氏を撮影したため、危うい場面があったということのようだ。さらに、小泉環境相が帰国する際の取材を断ったにもかかわらず、一部の報道機関がこの要請を無視。撮影を止めようとした環境省職員の頭にカメラが当たったとしている。過剰な取材が事実だとすれば報道側にも反省すべき点があるのだが、だからといって取材規制をすることは許されない。
環境省側が、本当に「取材協力や便宜は図れない」と言ったのであれば、それはレベルの低い脅し。まともな記者なら「どうぞご自由に」と言うべきところだし、そもそも、報道が権力側から「便宜」を図ってもらうこと自体、あってはならないことだろう。
このメールの勧めに従って厳しい取材をあきらめるようなら、記者クラブ加盟社の記者たちは、役所から「便宜」を図ってもらっていることを認めることになる。もちろん、記者クラブには“その見返りに何をやっているのか?”という問いに答える義務が生じるだろう。ちなみに、「大臣の飛行機の時間を教える」ことは役所の当然のつとめであって、取材協力であるとか便宜供与にはあたらない。
NHKの記者自身の感想である「お互いにとっても良くない」「環境省側とも良好な関係を保つべく」に至っては、論外。この記者は、権力を監視するのではなく、役所と「良好な関係」を築くことが仕事だと考えているのだろう。国民の“知る権利”を守る立場の報道機関の記者が、「取材機会が過度に制限された場合には、クラブとしても抗議をしていくことは必要かと思いますが」程度の認識では、話にならない。過度であるか否かにかかわらず、ジャーナリストが役所の取材制限を容認してはならないからだ。
■他社からは厳しい批判
問題のメールの内容を見てどう思うのか――他社の記者に話を聞いた。
【全国紙記者 昨年まで霞が関担当】
「あきれました。一体化極まれり。「幹事社」と言っても加盟各社の上に立つ、エライ存在ではありません。幹事社は各社が数ヶ月ごとに持ち回りで務める仮の立場に過ぎません。環境省側の意見、要望、苦情を代表して聞き取って共有するべき立場であって、そのご意向を忖度して誘導するべきではありません。公平中立を掲げるNHKの報道の中にも、権力のご意向が潜んでいるのではないかと疑いたくなってしまう、そんな文書ではないでしょうか。
多くの省庁で大臣の外遊に同行する体力があるメディアは最近ではNHK、共同通信、 読売新聞 、朝日新聞ぐらいだと聞きます。いつもは唯一のテレビ局として尊重されるのに、今回は……という思い上がりがあったのではないかという気もします。注目の進次郎大臣のデビュー戦だったため、民放も含め、多くのメディアが帯同したために、それなりのトラブルもあったのだろうとは思いますが、注目度に相応の説明責任を果たすことこそ、環境省に求められていることであり、それを環境省に求めることがメディアに求められることではないでしょうか」【地方紙記者 現在官庁担当】
「この記者は新人なのか、あるいは記者見習いなのか――報道と役所の関係がまるで分っていない。環境省側から何らかの申し入れがあったのなら、記者クラブ内にその正確な内容だけを伝え、議論を促せば済む話。自分の感情を入れて、ああしろこうしろというのは間違いだ。役所に忖度したのか、小泉さんを守りたいのかのどちらかなんだろうが、あまりのお粗末さに言葉が出ない。NHKらしい、と言えばそれまでだが」【ベテラン全国紙記者】
「小泉が音を上げた証拠だ。陣笠代議士なら訳の分からないことを言っても許されたが、大臣となれば発言の重みが違う。厳しい批判も受ける。取材攻勢に、『もう止めてくれ』という心境なのだろう。それを役所に指示したのか、役人が忖度したのかは分からないが、環境省として記者クラブに圧力をかけたのは事実だろう。クラブ一丸となって跳ね返すべきだが、どうやら反論さえ聞こえてこない。NHKの記者のメールは小学生並みだが、クラブの記者たちも程度が低すぎる」
■沈黙する記者クラブ
思い出す「事件」がある。いわゆる「神の国発言」を巡る顛末だ。2000年(平成12年)、当時首相だった森喜朗氏が、ある会合における挨拶で「日本の国、まさに天皇を中心としている神の国であるぞということを国民の皆さんにしっかりと承知していただく」と発言。政教分離や主権在民をないがしろにするとして問題になったが、一方でこの国の政治報道の歪みをさらけ出す。
政権側は、発言についての釈明会見を開き問題の幕引きを図ったが、後日、この会見を切り抜ける方法を列挙した文書が、官邸の記者クラブ内で西日本新聞の記者によって発見されたのである。文書は、内閣記者会に所属していた記者が、森氏に逃げ道を指南するために作成していたもの。権力の監視を使命とする報道機関の記者が、権力側と組んで茶番を演じていたことを証明する出来事だった。この時、指南書を作成したのがNHKの記者だったといわれている。またしてもNHKというわけだ。
神の国発言当時、日本のメディアは問題をうやむやにしたまま、事を終わらせた。真相究明を求められた当の内閣記者会自体が、犯人を割り出す責任を放棄したうえ、NHK記者の責任を不問に付してしまったからだ。この時の対応が、権力側とつるむ記者クラブの悪しき体質を温存させる結果となったのは間違いあるまい。
NHK記者の取材自粛呼びかけメールは、9月に発信されたものだという。しかし、その内容を問題視する記事を、見た記憶はない。