警察組織の暴走に、弁護士団体が警鐘を鳴らした。
参院選期間中の7月中旬、札幌市で安倍晋三首相の演説にヤジを飛ばすなどした市民らが警察官に強制排除された問題で2日夕、地元・北海道の4弁護士会(札幌、函館、旭川、釧路)を束ねる北海道弁護士会連合会(道弁連)が会見を開き、警察の対応に抗議する声明を発表した。
(写真は、道弁連の会見)
■道弁連の理事長声明
声明は同日付で公式サイトに公開されたほか、北海道警察本部と道公安委員会に郵送された。道弁連は「道警には速やかに排除の根拠などを説明する責任がある」と強く訴えている。
参議院選挙中の街頭演説において、北海道警察が参加聴衆の一部を実力で排除した問題についての理事長声明新聞、テレビ等の報道によると、本年7月15日夕方、安倍晋三自由民主党総裁が、JR札幌駅前で、参議院議員選挙の自由民主党公認候補応援の街頭演説を行った際、「安倍やめろ、帰れ」などと声を発した男性が、多数の警察官に取り囲まれ、腕や肩を掴まれて数十メートル移動させられて聴衆から引き離され、「増税反対」と声を上げた女性も、警察官に後ろから抱き抱えられるようにして聴衆から引き離された。さらに、その後札幌三越前に移動した演説の際も、「安倍政権支持」のプラカードを掲げる聴衆が多数いる中で、政府の年金政策を批判するプラカードを掲げようとした市民が警察官により制止された。そのほかにも、数人の市民が複数の警察官による取り囲みや制止、排除などを受けた。(以下、これら一連の行為を「本件排除行為」という。)
北海道警察は、本件排除行為の発生を前提に、排除された市民と他の聴衆とのトラブルがなかったこと、安倍自民党総裁の演説が中断されることもなかったことを認めつつ、本件排除行為を行うに至った理由、法的根拠等について、7月16日には「聴衆とのトラブル防止のため」と「公職選挙法の『選挙の自由妨害』違反になるおそれがある」に行った旨説明していたが、翌17日には、「事実調査中」「現場の警官の判断で動いている」と回答内容を変え(朝日新聞の報道による)、その後今日に至っても明確な説明をしていない。いうまでもなく、市民がその政治的意見を表明することは、表現の自由(憲法21条)として保障されるものであり、特に選挙期間中の政治的意見の表明やその自由な交換は、民主政治及び自由選挙の根幹をなすものである。最高裁判所も、公職選挙法の「演説妨害」について、「聴衆がこれを聴き取ることを不可能又は困難ならしめるような所為」(昭和23年12月24日判決)と極めて限定的に解釈し、表現の自由を保障している。
本件排除行為の対象となった市民の表現行為は、公職選挙法違反として立件されていないことからも明らかなように、同法に抵触するものではないし、表現行為の態様、表現者の数等からみても、同法違反のおそれや、他の聴衆とのトラブルのおそれがあったと合理的に考えることも困難である。
警察法2条2項は、「その責務の遂行に当つては、不偏不党且つ公平中正を旨とし、いやしくも日本国憲法の保障する個人の権利及び自由の干渉にわたる等その権限を濫用することがあってはならない」と定める。公権力の担い手である警察がこれに反することは、自由と民主主義、とりわけ政治的少数者に対する重大かつ深刻な脅威となり許されない。
こうした観点から、本件排除行為には大きな問題があるといわざるを得ない。
加えて、本件排除行為からおよそ1ヵ月半が経過してもなお、北海道警察が、本件排除行為をとるにいたった理由、法的根拠等について明確な説明を行っていないことも問題である。北海道警察は、本件排除行為に関して、これを行った警察官に対して刑事告発がなされていることを理由に挙げて、北海道議会に対する説明も行っていないが、説明を求められているのは、上記のような問題のある行為を行ったことについての、北海道警察としての事実認識、法的解釈・判断なのであるから、公権力を担う官署として、当然に説明責任を果たさなければならない。刑事告発を理由にこれを行わない、という姿勢には合理性がない。
以上の観点より当連合会は、北海道警察に対し、本件排除行為に至った事実経過及び本件排除行為の法的根拠などについて直ちに調査し、その結果を公表することを求めるとともに、北海道公安委員会に対し、北海道警察が直ちに上記の対応を行い、また、今後憲法や警察法の趣旨に則り適切な職務遂行に努めるよう、北海道警察を適切に管理することを求める。
2019年(令和元年)9月2日
北海道弁護士会連合会
理事長 八木 宏樹
道警は首相演説から1カ月半が過ぎた今も「事実関係を確認中」としており、現場にいた警察官らの行為の法的根拠などを示していない。今回の声明は道警のこうした対応を強く批判、「公権力を担う官署として、当然に説明責任を果たさなければならない」と指摘している。
2日の会見で道弁連の八木宏樹理事長は、「たったあれだけのこと(ヤジやプラカードでの意思表示)で市民がああいう目に遭うのは今まで見たことがなく、想定もしていなかった。警察の行為に法的根拠があったとは思えず、しかもあの場は国政選挙という、表現の自由に大きく関わる場だった。開放的でパブリックな空間でこうした排除行為が認められるのは、非常に危険なこと」と警鐘を鳴らし、「なぜ道警が事実説明を避けているのか、理解に苦しむ。この問題をウヤムヤにしてはならない」と、声明発表に到った思いを述べた。
■7日には言論の自由についての緊急集会
この問題をめぐっては8月10日、排除された当事者らが企画した抗議デモが札幌市内で行われ、呼びかけ人の代表が道警に請願書を、道公安委に苦情書を提出したが、現時点でこれらへの回答はなされていないという。問題の風化を危ぶむ当事者らは今月7日、札幌市内で行われる緊急集会『戦前回帰?「ヤジ排除」から考えるニッポンの今とこれから』に招かれ、先のデモに参加した元警察官などを交えて言論の不自由について語り合うことになっている。
(小笠原 淳)
【小笠原 淳 (おがさわら・じゅん)】
ライター。1968年11月生まれ。99年「札幌タイムス」記者。2005年から月刊誌「北方ジャーナル」を中心に執筆。著書に、地元・北海道警察の未発表不祥事を掘り起こした『見えない不祥事――北海道の警察官は、ひき逃げしてもクビにならない』(リーダーズノート出版)がある。札幌市在住。