福岡県知事選についての取材で会う政界関係者や報道機関の記者たちが、さかんに「老害」という言葉を口にするようになった。耳障りな言葉ではあるが、うなずかざるを得ない。
小川洋知事の3選阻止を目指し、麻生グループの一員で元厚生官僚の武内和久氏に自民党推薦を取り付けた麻生太郎副総理兼財務相。その強引な手法に批判が集まるなか、今度は前知事の麻生渡氏が武内氏の後援会長に就任し、小川県政を誕生させた“ダブル麻生”がそろって「反小川」の先頭に立つ形となった。太郎氏78歳、渡氏79歳――。傘寿を前にした二人の老人が、県政を私物化する状況は異常だ。
■小川降ろしは「私怨」
今月8日、麻生渡前知事が福岡市内で記者会見し、武内和久氏の後援会長に就いたことを公表した。新聞報道によれば、小川氏について「積極的な政策が見当たらない。生ぬるい政策を続けると、遅れた県になる」と批判。2期目のスタート時に政策的な助言をしたにもかかわらず、「期待した政策が出なかった」ことを武内支持の理由に挙げたという。何のことはない、「自分の言うことを聞かないから辞めさせる」というわけだ。一体、何様のつもりなのだろう。
そもそも小川洋氏は、太郎・渡のダブル麻生が知事に据えた人物だ。2010年、福岡県町村会を巡る汚職事件で当時の副知事が逮捕・起訴されるなど、4期16年に及んだ麻生県政の歪みが顕在化。翌11年の知事選では、蔵内勇夫自民党県議団会長(当時。現・県連会長)を知事候補として推す県連内の声を麻生太郎が抑え、引退する渡氏が小川氏を後継に指名した。小川氏は、京都大学卒業後に通産省に入省し、特許庁長官を務めるという麻生前知事とまったく同じ経歴。前知事も太郎財務相も、小川氏をコントロール可能な相手としか考えていなかった。
ところが、知事に就任した小川氏は恩ある両人からの進言でも間違っていると思えば拒否する性格。ダブル麻生の操り人形にはならなかった。小川氏とダブル麻生の関係が崩れたのは2016年に行われた衆院福岡6区の補欠選挙からだとされるが、実はそれ以前からかなりギクシャクしていたという。ある自民党関係者は、ダブル麻生が“反小川”に転じたのは「2期目に入っていた2016年の春頃から」だったと断言した上で、こう話す。
「6区補選の時、麻生さんは『(選挙の応援に)呼んでも小川は来ないだろう』と分かっていた。補選は、小川降ろしに走るきっかけになっただけだ。本当の理由は別にあるが、私的な理由であることは確か。まあ、西日本新聞が書いたように“私怨”だね。麻生渡も同じ。コントロール不能となった後輩に、憎しみが募ったんだな。だから、二人の麻生からは小川じゃダメだという納得できる理由が出てこない。当然、武内を担ぐ大義もない」
■ダブル麻生に自民内からも厳しい批判
これまで、麻生財務相や麻生渡前知事から「小川洋のどこが知事として不適格なのか」という疑問に答える説明がなされたことは一度もない。財務相は高島宗一郎福岡市長との比較論ばかりだし、前知事は「自分の言うことを聞かなかった」が、現職不支持の理由だ。しかし、代わりに出してきた武内氏については未知数であり、なぜ彼が自民党の推薦候補なのかも判然としない。「実績」がないから当然だろうが、武内氏について現時点でハッキリしているのは、「ダブル麻生の言うことをよく聞く」人物であるという点だけだ。
2度にわたって小川氏を知事に推したのは自民党であり、麻生財務相も渡前知事も、2期目の知事選までは同じ姿勢だった。関係悪化はその後。つまり、小川氏が独自色を出していく過程で溝ができたということになる。財務相と前知事は、そろって“鳴かぬなら、殺してしまえ”の性格。しかし、県政は県民のためにあるのであって、ダブル麻生のためにあるのではない。「俺の言うことを聞かないなら辞めさせる」というガキの論理を福岡県政に持ち込んだ両人の行為は、まさに「老害」と呼ぶしかない。
ある自民党の県議会議員は、匿名を条件に次のように話している。
「麻生前知事は、町村会事件で追い詰められて引退した。町村会の元会長からゴルフ接待などを受けていたのではないかという疑惑も残ったままで、この点については県議会でも追及された。自民党県連が、麻生県政の色を消そうとしたのは事実だろう。その麻生渡が、小川は言うこと聞かないから今度は武内を知事にしろと言う。冗談じゃない。麻生渡に乗っかっては、県議会としての筋が通らない。彼が後援会長をやるというのなら、私は武内を支援しない。麻生太郎にしても、党の重鎮だからといって筋が通らないことをやってはダメ。太郎も渡も県政にとっては老害だ」