福岡市西部に隣接する、糸島市。豊かな自然環境をもちながらも福岡都市圏まで車で30分、JRと接続する地下鉄空港線を使えば天神周辺まで1時間以内という交通至便な都市近郊型農業地域だ。こうした良環境が全国的に知られるようになると、近年の移住ブームも手伝って新住民が増えており、2016年まで減り続けていた人口は増加に転じている。今年9月末には九州大学が伊都キャンパスに全面移転し、学研都市として若年人口も呼び込む見通しだ。その糸島市の救急医療を担う中核病院をめぐって、ある疑念がもち上がっている。
(写真は糸島医師会病院)
■よだれが止まらない患者を問診のみで、「他院を受診して」
「もっと早く見つけていたら……結婚50年までは一緒にいたかったんですけどね」
そう話すのは、糸島市内で飲食店を営むMさんという女性。今年4月、Mさんが教育入院で糸島医師会病院に入院していた際、夫のKさんが「口の左側から、よだれが止まらない」と、同院を受診してきたことが始まりだった。
担当した医師はKさんの心配をよそに、何ら検査をすることもなく問診のみで、「明日、(近隣にある)S医院を受診してください」と告げて帰宅させた。「なんでわざわざ他の病院に行かなければならんのだ」と憤るKさん。脳梗塞などを心配した知人の勧めで翌日に福岡大学病院(福岡市城南区)を受診し、検査の結果、脳に大きな腫瘍ができていることがわかってすぐに入院した。後にわかったことだが、福大病院を受診した時点で「ステージ4」(最も進行した状態)まで進行していたのだ。福大病院によると、よだれは腫瘍が脳を圧迫したことで起きた症状だったという。
Kさんは身体も弱っていたため抗がん剤治療をすることもできず、放射線治療を数回受けたものの、腫瘍が体中に転移し、肺がんで7月に亡くなっている。享年69だった。
「飲食店はいま、私が1人で切り盛りしています。ずっと2人でやってきたんだけど……。生活ががらっと変わってしまいました」(妻のMさん)
Mさんは糸島医師会病院の対応について、「夫が亡くなった時点で何も考えられなくなった。いまはとくに思うことはない」と話す。福大病院を受診した段階でステージ4だったことを考えれば、すでに手の施しようがない状態だった可能性はある。しかし、Kさんの年齢やよだれが止まらないなどの症状を合わせると、少なくとも脳卒中などを疑ってしかるべきではなかったか。少なくとも、問診だけで他院を紹介するような軽微なケースでなかったことは明らかだ。
あまりにもずさんすぎる対応をした糸島医師会病院とは、どのような病院なのか。
■「転院搬送」の多い救急病院
まず、糸島医師会病院と似たような医療圏をもつ医師会病院と、救急搬送状況について比較してみたい。比較対象にしたのは、朝倉市と筑前町、東峰村を医療圏とする朝倉医師会病院だ。糸島市の人口が約9.6万人に対して、朝倉医療圏の人口は3市町村合わせて約8.4万人。朝倉は4病院、糸島市は3病院で2次救急医療体制を敷いており、医師会病院が救急医療体制の中核を担っているのは同様だ。糸島市の高齢化率が27%なのに対し、朝倉医療圏は31%(2015年/65歳以上)と、糸島市が沿岸部、朝倉医療圏が内陸部という地理的差異はあるものの、農業地域であることや面積もほぼ同じ(糸島市:約215 km2、朝倉医療圏:約365 km2)ことなど、比較対象としては適しているだろう。
糸島医師会病院のベッド数は150床(うち一般病床97床)で、朝倉医師会病院(300床/うち一般病床は234床)の半分。医師数は、常勤換算で糸島医師会病院が18.3人に対し、朝倉医師会病院が36.6人と、糸島医師会病院は規模的にも医療充実度からみても朝倉医師会病院のおよそ半分の規模をもつ病院といえる。
それを前提に2013年から5年間の、救急搬送関連の数字を見てみたい。朝倉医師会病院が毎年おおむね1,100~1,200件の救急搬送を受け入れているのに対し、糸島医師会病院は年間約230件でしかない。病院規模が半分なのに対して搬送件数が約4分の1なのは誤差の範囲内なのかどうか、判断はひとまず置く。注目したいのは、救急搬送された後に処置困難などの理由で転院した転院搬送の割合だ。
朝倉医師会病院の転院搬送率(転送率)は毎年10%台前半で、5年間の累計でも11%。消防庁が集計している2014年のデータでは、福岡県内の医療機関に救急搬送された重症以上傷病者は21万9,364人。そのうち10.5%にあたる2万3,069人が処置困難などの理由で転院搬送されている。同年の朝倉医師会病院の転送率は13%(5年間の累計では11%)で県の数字とほぼ重なるが、一方糸島医師会病院の2014年の転送率は、「27%」(5年間の累計では21%)と、約2.7倍にもなる。
病院ごとに置いている診療科が異なることや医師数の違い、さらに地域の他医療機関の充実度など、単純に比較することはできないものの、糸島医師会病院の転送率は明らかに高い。転送の理由としても、「処置困難」と「ベッド満床」が300件台(5年間計)と最も多く、逆に「医師不在」を理由とする転送が5年間でわずか31件であることと合わせると、「医師は居るものの、処置に困って転送させた」ケースが多かったと推測できる。
医師不足や地域医療機関の疲弊、それによって300床規模の二次救急病院に救急搬送が集中していることなど、医師会病院をとりまく状況にはたしかに同情すべき余地もある。しかし、医師会病院が主に過疎地の医師不足を背景に設立された「地域医療最後の砦」といった役割を果たしていることを考えれば、高い転送率に納得できない住民は多いのではないか。しかも糸島医師会病院に関しては客観的な数字以外にも、「主観」である地域住民からの声もあまりかんばしくない。
「昔からヤブ医者で有名で、それを知っている古くからの住民は子どもを連れて行かない」
「重い症状であっても、救急車を使わずに自家用車で患者を連れていくと、そっけない対応になることが多い」
いずれも糸島市民の声だが、「地域医療・最後の砦」の防人たちはこの声をどう受け止めるのか。冒頭のMさんは夫婦2人で15年間、糸島市内で飲食店を営み、子ども2人を育て上げた。妻のMさんが願っていた結婚50年まであと7年、夫婦はその日を楽しみに1日1日を積み重ねていた。
「私たち夫婦は幸い健康で、病院とはあまり縁がなかったけれど、(糸島)医師会病院に不満をもつ地域の方は多いようですね。『(病気を)見つけきらんかった』などの話はよく聞きます。夫のがんも福大病院ではすぐ見つけてくれたわけで、問診だけで別の病院を紹介するのではなく、ほかのやり方がなかったのでしょうか」(Mさん)
Mさんは夫の思い出とともに、今日も1人で夜の12時まで店に立ち続けている。