築地市場の移転先となった東京都の豊洲市場(江東区)が、きょう開場した。今更の感は否めないが、2年間遅れとなった事業の一連の騒ぎについては、どうも釈然としない。
騒ぎを起こしたのは、「都民ファースト」で華々しく登場した東京都の小池百合子知事。その人気を決定付けたのは、豊洲市場の環境基準を超えた「地下水」に関する報道だろう。
一昨年11月に移転を予定されていた豊洲において、地下水から環境基準を大幅に上回る有害物質が検出されたことを発表したのが小池氏で、移転延期を決定した知事に人気が集中した。豊洲移転を巡っては、『環境基準値の何十倍の汚染』という報道が連日流され、それが危険であるという情報で溢れかえった。豊洲における『環境基準』とは何か――。
■水の環境基準とは
水の「環境基準」とは何を意味するのだろう。環境省が定めた「人の健康の保護に関する環境基準」に沿って考えれば、飲めるか飲めないか、が分かれ目。つまり、地下に掘った井戸水が「飲める」かどうかが問題となり、カドミウム、シアンなど有害物質27項目の基準数値が、全ての公共用水域に一律に適用される。
例えば、ベンゼンの環境基準はかなり厳しく設定されており、地下水では1リットルあたり0.01ミリグラム以下。その水を1日2リットル、70年間飲んでも発がんリスクは10万分の1上がるにとどまるのだという。
東京の場合、沿道での大気中のベンゼン濃度が環境基準を満たすようになったのは、1999年度になってからである。ベンゼンはガソリンの中に大量に含まれているため、96年になって含有量が5%以下に規制され、2000年以降は、1%以下にまで規制された。それ以前には、ガソリン中に含まれるベンゼンの濃度に規制はなかった。ガソリンスタンドに給油に行けば、かなり濃いベンゼンの蒸気を吸入していたことになる。
あまり報道されていないが、東京都の調査では、空気中のベンゼン濃度は、環境基準を超えないまでも築地市場の方が豊洲よりも高いという結果が出ている。
2年前の報道で、「豊洲市場の地下水モニタリング調査で、環境基準値の最大79倍となるベンゼンが検出された」と大騒ぎしたが、飲める水の基準から79倍というのはクリーニング店(その店でクリーニングを行う場合)の周辺の土地やガソリンスタンドの周辺の土地よりも遙かに低い数字だ。意外にも、私たちの周りには汚染された土地が数多く存在する。
タレントのマツコデラックスさんが柔軟剤のコマーシャルで、「50倍抗菌」に対して、「じゃあ、今までの商品は50分の1だったわけ?」と反応しているのと同じで、小さな数字の何十倍という値は意味を持たない。
■曖昧だった豊洲の“基準”
では、東京の地下に環境基準を満たした水がどれほどあるだろうか?例えば住宅地の豊島区や杉並区、板橋区などの地下水を調べてみれば、ほとんど全ての地下水が環境基準を満たしていないことがわかる。東京で環境基準を満たした地下水は、多摩地区か奥多摩地域くらいにしか存在しない。現実には、地下水が環境基準を満たしていない場所に、ほとんどの街ができているということだ。
そこで疑問が出てくる。何故、豊洲の地下水だけに厳格な「環境基準」を当てはめたのか――?平成23年2月23日の都議会予算特別委員会で、当時の中央卸売市場長は“汚染土壌が無害化された安全な状態”について、次のように答弁している。
(1) 技術会議(「豊洲新市場予定地における土壌汚染対策工事に関する技術会議」)により有効性が確認された土壌汚染対策を確実に行うことで
(2) 操業に由来する汚染物質がすべて除去、浄化され
(3) 土壌はもちろん、地下水中の汚染も環境基準以下になること
答弁根拠は「豊洲新市場予定地における土壌汚染対策等に関する専門家会議」などの専門家が集まって協議された内容だが、あまりに常識外れな内容だったのため、異を唱える人はいなかったという。無責任なことに、誰も責任をとらないし、経緯もはっきりしない。
「あり得ない」基準を定めて、それに沿って議会で答弁し、何の疑問も出されず可決された結果、あやふやな“基準”が一人歩きし、あたかも豊洲市場が汚染されたひどい土地であるかのような報道がなされた。それに乗じて小池人気が上昇したのだ。
怪しげな体質を持つ小池知事は、昨年、国政政党「希望の党」を設立し総選挙に挑むも敗北し、自身が国政に戻る道まで閉ざされた。今こそ小池知事は判断ミスによって無駄に使われてしまった税金の額を明確に示し、責任を明確にする必要がある。