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国防に揺れる「馬毛島」の現状

2018年10月16日 08:20

20180516_h01-01-thumb-autox447-24420--2.jpg 鹿児島港から高速船で1時間30分。鉄砲伝来の地として知られる種子島(西之表市)の西之表港に着く。目的地は、そこからさらに小型船で40分。国防計画に揺れる島「馬毛島」に上陸する機会を得た。
 米空母艦載機の離発着訓練場予定地とされる馬毛島については、防衛省と地主との交渉経過ばかりに注目が集まり、島の歴史や現状についての報道は、ほとんどなかった。改めて訪れた馬毛島は……。


■海軍遺構に小・中学校舎、固有種の鹿も
 馬毛島は、種子島の西方約12㎞に浮かぶ周囲16.5km(南北4.50km、東西:3.03km)、東京ドーム175個分にあたる面積820ヘクタールの島だ。太平洋戦争末期には、海軍の防空監視所(下の写真)が設置されたため無人島となったが、1950年台に農業開拓団が入植し、ピーク時の59年頃には110世帯約600人が住んでいたという。島には現在も、西之表市立馬毛島小・中学校の校舎が残る。

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旧海軍の監視塔

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「海軍用地」の石碑

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今も残る馬毛島小・中学校の校舎

 のどかな島に転機が訪れたのは1970年代はじめ。旧・平和相互銀行が馬毛島開発を設立してリゾート開発を始めたころから雲行きが怪しくなり、石油備蓄基地の候補になったことで土地を手放す島民が増え始める。右翼活動家が暗躍した不正経理事件の余波で平和相互銀行が住友銀行に合併された後は、鹿児島出身の立石勲氏が創業した「立石建設」が馬毛島開発を買収して「タストン・エアポート」に社名変更。その後、タストン社が馬毛島のほぼすべての土地を買収し、同社の従業員10人以上が常駐してきた。

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立石建設の現地事務所

 かつての馬毛島は、自然豊かな島だった。トビウオの良い漁場を抱え、島には固有種のマゲシカ(県絶滅危惧2種)が生息し、野鳥の繁殖地としても知られていた。いまもガジュマルの林が残り、島の固有種である「マゲシカ」(県絶滅危惧2種)が700頭あまり生息している。

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ガジュマルの林

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島内には約700頭の「マゲシカ」

■25年間、1企業が島を守る
 自然豊かな島は、「国防」の拠点として注目されるようになって変貌を遂げる。島の大半を所有するタストン社は、国の要請に応える目的で造成を開始。巨額な投資で滑走路用地を整備し、社員を常駐させて維持管理を図ってきた。25年間、タストン社の親会社である立石建設が島を保有してきたことで、妙な企業の手に渡ることなく「国防の拠点」は守られてきた。

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造成された滑走路

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旧海軍監視塔から、造成された滑走路を見る

 タストン社と防衛省は2016年11月、米空母艦載機の離発着訓練場の移転先候補地として島を買い取る交渉に入ることで合意。あとは金額の詰めを待つだけの状態だ。

 島の今後に注目が集まる状況だが、取材した当日は陸自の離島防衛専門部隊「水陸機動団」が、種子島で米海兵隊と島嶼奪還に向けた共同訓練を実施中。上空を陸自のヘリが飛んでいた。「国防の島」に自衛隊が上陸する日が来るのだろうか。

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馬毛島上空を飛ぶ自衛隊のヘリ



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