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安倍政権に落とし穴 最低賃金引き上げの功罪

2018年9月 3日 07:50

安倍4.png 安倍政権の長期化に伴い顕著となっているのが、若者の保守化。20代は特に自民党支持が多い。調査統計を見ると2012年の第46回総選挙を機に、衆院選でも参院選でも若い世代で自民党に投票した者の割合が高まっているのが分かる。
 数字だけ見ると経済は好調で、内定率も高卒・大卒ともに上昇、初任給も増加を続けている。若者にとっては、政権与党の業績はモリ・カケのような「スキャンダル」があったとしても、アベノミクスに代わる説得力のある経済政策を提示できない、ゴタゴタ続きの野党に乗り換える必要性がないのだろう。それでは、安倍政権に落とし穴はないのか。

■「最低賃金」3年連続の引き上げだが……
 厚生労働省の「国民生活基礎調査」によると、最低限の生活の維持に必要な収入を表す貧困線は2012年の段階で122万円、相対的貧困率(貧困線に満たない世帯員の割合)は16.1%と、年々上昇している。ただ、この調査の数字はあくまで納税者のデータから割り出したもので、実際には納税対象にもならないわずかな稼ぎで生きている人びとが存在する。そのうちの少なからずが、女性の場合はセックスワーク(売春や性風俗産業)、男性はさまざまな「裏稼業」の世界に埋没する実態がある。

 貧困の実情を見ると、最下層のセックスワーカーたちは、そのほとんどが虐待などの悲惨な生い立ちを抱えている。親の暴力や育児放棄が酷く、少女時代に家出をした子もたくさんいる。そして、援助交際デリバリー組織などに捕捉され、毎日のように売春を続け、少しお金ができたころに身体やメンタルを壊して失踪する。食えなくなるとまた同じ売春の場に戻ってくる。そうした悪循環に組み込まれ、身も心もボロボロになっているのが実態だ。出会い系サイトで売春をするシングルマザーたちも、救いの光がどこにあるのかわからない「どん底の貧困」状態となっている。

 そんな中、政府は貧困問題解決を目指して、「最低賃金の引き上げ」を3年連続で引き上げ、上げ幅を3%増とする決定を行った。全国平均の最低時給は874円。東京では958円と1,000円まであと一息の水準となる。国内では市民団体が「最低時給1,000円へ」と運動を広げて要望を繰り返しているが、これで景気が良くなるのか疑問を示す現象が隣の韓国で起こっている。

■韓国の実情
 韓国では最低賃金委員会が、2019年の最低賃金を前年比10.9%増の8,350ウォン(約830円)とすることを決めた。18年は16.4%と大幅に上昇し、中小企業や零細業者は19年の引き上げ凍結を求めてきたことから反発が起きている。

 文在寅政権は雇用重視を唱えて、最低賃金の引き上げや残業時間の短縮などの政策を打ち出したが、現状を見ると、最低賃金の引き上げや残業時間の短縮によって、経営側のコストが膨大なものになったため、新たに人を雇うことを抑制するという現象が起きている。最も割を食うのが、韓国の若年層だ。若年層の失業率は、前年同月比で9.3%と上昇している。全体の失業率は3.7%で、前年同月比では0.3%悪化した。

 7月1日に法定労働時間が1週68時間から52時間に削減されて以来、多くの企業が従業員を増やすよりも終業時間を早めている。造船大手の現代重工業、小売り大手のロッテショッピングや新世界百貨店などは、社員の残業を防ぐため午後5時半にコンピューターの電源を切るようになった。賃金コスト上昇のため、韓国では多くの店舗が閉店時間を午前0時から午後11時に早めている。

《最低賃金引き上げの余波…猛暑でもエアコン使えないコンビニ》――韓国紙、朝鮮日報(日本語版)は先月18日、こんな見出しの記事を報じた。

 記事によると、ソウル市内のコンビニでは18日、最高気温が34度にもかかわらず、扇風機が2台回っているだけだった。店のオーナーは「最低賃金が引き上げられ、人件費が高騰しているため、せめて冷房代だけでも節約しようとエアコンを切っている」と話したという

 韓国では現在、若者の4人に1人が失業状態となっており、急激な賃金上昇が理由と見られている。韓国統計庁によれば最低賃金が7,530ウォン(約744円)になった今年1月、販売従事者など熟練した技術を要しない未熟練労働者の働き口は前年同月比10万人以上減少した。IMFは、「韓国政府は最低賃金の追加引き上げに慎重を期さなければならない。韓国の国家競争力を弱体化につなげる恐れがある」と警告している。

■「有効求人倍率」の実態
 日本でも最低賃金の引き上げには、中小企業経営者から強い反発が出るのが普通だ。そうした中小企業経営者が支持母体のひとつである自民党が、最低賃金を毎年引き上げられるのはなぜか。人手不足が深刻化して、実際の時給がそれ以上に上昇しているからで、時給を引き上げても、なかなか人が集まらないというのが大都市圏の実情なのだ。

 厚生労働省が9月末に発表した8月の有効求人倍率は1.52倍と高水準が続いている。全都道府県で有効求人倍率は1倍を超え、6月以降は正社員の有効求人倍率も1倍を超えた。中でも有効求人倍率が高い業種、つまり人手不足が深刻な業種は、建設(4.02倍)、サービス(3.28倍)、輸送(2.30倍)、販売(2.04倍)などだ。サービス産業の中でも「介護サービス」は3.63倍、「接客・給仕」が3.92倍などと高くなっている。

 こうした有効求人倍率が飛び抜けて高い業種は、「生産性」が低い業種と重なっている。もともと給与水準が低く、なかなか人が集まらない、定着率の悪い業種ということだ。いわゆる3K(キツイ、キタナイ、キケン)職場が敬遠されているわけで、労働時間も不規則で長時間のケースが多い職業だ。

 一方で「一般事務」の有効求人倍率は0.34倍に過ぎない。勤務時間がはっきりしており、比較的待遇も良い。こうした仕事を求めている人が多いが、企業からの求人は少ない。つまり定着率が高く、なかなか人が辞めないので空きが出ないのが現実だ。

 最低賃金の急激な引き上げは貧困問題への対応策としてどの程度有効なのか?この問いに対して、就業構造基本調査の個別データを基に分析、検証を行った結果がある。最低賃金で働いていると考えられる労働者の約半数は、年収が500万円以上の中所得世帯の世帯員、つまりパートタイムで働く主婦やアルバイトをしている子供であることから、貧困世帯の世帯主に対する経済的な支援という本来の目的への効果は期待通りとはいい難いという。さらに、最低賃金の引き上げによって、10代の男性や既婚中年女性の雇用が失われる可能性が高いことも明らかになった。

 例えば、最低賃金が上がると、企業が「安い賃金で労働者を雇うことができない」という事実を認識するので、「それならば省力化投資をしよう」という決断ができる。つまり、「自動食器洗い機を買いたいが、安いアルバイトが見つかるかもしれないから、今少しアルバイトを探してみよう」と考えていた企業が、諦めて機械を買うことにすればアルバイトの募集をしなくなるという現象が起きるのだ。

■安易な最低賃金引き上げは「ばらまき政策」
 貧困層の拡大が続くと社会が不安定化し、財政のさらなる悪化を招くこととなる。安倍政権は今までも「プレミアム商品券」など「ばらまき政策」を続けてきた。日本の財政は先進国中最悪となっているにもかかわらず、来年度の予算は100兆円を超える見込みだ。その中でとなる。

 安定しているように見える政権も、小手先の貧困対策や甘い言葉でポピュリズム(大衆迎合主義)を繰り返していると、AIの発達が進むこれからの時代に、外国人やロボットに負けて「貧乏国」に突き落とされる危険性が高い。落とし穴は、やはりある。



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