米山隆一前知事の女性問題をきっかけにした6月の新潟県知事選挙で、政府・与党が推した官僚出身の花角英世氏(旧運輸省→海上保安庁)が、原発再稼働反対を掲げた池田千賀子元県議を破って初当選した。
福島第一原発事故の賠償・廃炉費用は20兆円以上と見込まれ、うち16兆円の負担を求められている東京電力は、柏崎刈羽原発の再稼働を是が非でも実現させたいところ。この選挙結果に、東電をはじめとする原子力ムラの関係者は胸をなで下ろしたようだが、すんなりと再稼働が進む状況にはない。
(写真は新潟県庁)
◆新知事を悩ます杜撰な避難計画
2017年5月にまとまった東電の再建計画によれば、昨年12月に原子力規制委員会から安全審査の合格証にあたる「審査書」が出された柏崎刈羽6、7号機(新潟県)が稼働した場合の収益改善効果は、最大で1,800億円。原発再稼働を進める政府・与党系の候補が知事に当選したことで事態が動きそうにみえるが、県民世論は再稼働反対が優勢。花角氏も選挙戦では原発に触れなかった。他に、根本的な問題が潜んでいるからだ。
新潟県は、重大な原発事故が発生したことを想定して、国の原子力災害対策指針を踏まえた避難行動指針を作っている。それによると、最初に避難するのは原発から5キロメートル以内に住む2万人で、30キロメートル以内に住む45万人は屋内退避とされている。その後、放射線量が高くなった場合には屋内退避が避難指示に変わることとなる。
もし45万人に避難指示が出されたらどうなるだろうか?東日本大震災が発生した際の福島県では、10キロ圏内に住む人たちの避難指示が出された3月12日から、自主的に20キロ圏内に住む人たちもマイカーで移動をはじめ、それによって大渋滞が発生した。「5キロメートル圏内の住民が避難した後に、5~30キロメートル圏内の住民が行動する」という”2段階避難”の方法が現実に機能する可能性は低い。我先にと逃げる住民のクルマで大渋滞となり、避難そのものがままならなくなることも想定される。
仮にマイカー移動を禁止したとしても、45万人を避難させるとなると問題が生じる。45万人の避難には1万台のバスが必要となる計算だが、新潟県内のバスを全て集めても2,000台ほど。他県からの協力を得て8,000台のバスを用意することなど不可能だろう。他県でも、避難が必要になる場合もある。さらに、あえて危険地域に運転して入る覚悟のある運転手を数千名確保できるのか、という問題もある。そもそも、地震による原発事故なら、道路が壊れている可能性が高く、そこで移動が可能なのかどうか……。
柏崎刈羽原発周辺の地域は急速に過疎化が進み、高齢者が多い。5キロ圏内には500人を超える要介護者が住んでいる。しかし、避難を助ける医療関係者や介護職の人員確保のめどは全く立っておらず、弱者の避難計画は置き去りにされたも同然の状態だ。県の避難計画は「絵空事」でしかないことを花角氏も理解しているがゆえに、簡単に「再稼働」には踏み込めない。
避難計画の問題点は新潟県に限った話しではない。原因は、国の原子力災害対策指針自体が極めて不完全なためで、そのしわ寄せが自治体に及んでいるのである。国の無策が自治体に混乱をもたらしているにも関わらず、原発再稼働を進める安倍政権――。福島第一原発の事故の教訓は、まったく生かされていない。