鹿児島県南大隅町が地域再生事業の一環として進める映画『きばいやんせ!私』の制作を巡り、役場側が「ない」と明言していた施策の決定過程に関連する文書が、多数存在していたことが分かった。
HUNTERの指摘で役場側が開示したのは、映画制作に向けた協議のため町長や職員が出張した折の「旅行命令書」及び復命書。記載された日付の記述から、それまでに開示された公文書上のスタート地点よりかなり前に、映画制作に向けた動きが始まっていたことも明らかとなった。
また、同町が参考事例として挙げた地域密着型の映画が、興行的には「大惨敗」(映画関係者)だったことも判明。住民から、事業の正当性を問う声が上がりそうだ。
◆「ない」はずの文書、実は存在
HUNTERが南大隅町に情報公開請求したのは、地域再生事業の一環として映画制作を決めるまでの経緯が分かる文書。当初開示された文書には施策決定に至る議論や決済の記録が残っておらず、どこが事業のスタート地点なのかさえ分からないという、不透明なものだった。
開示されたもの以外にも、映画制作に関する公文書があるのではないか――。町側に何度も確認を求めたが、返答は決まって「^ありません」。しかし、以前同町に開示請求して入手した別件の資料から、映画制作に関する公文書が他にも存在することが判明する。「映画協議」のため、同町関係者が出張した時の命令書だった。
「ない」はずのものが、出てくるのが日本のお役所。改めて開示請求した結果、映画制作に関する町長や職員らの出張命令20件、復命書2件分の記録が出てきた。
時系列で最も古い出張命令は、平成28年11月2日に、森田町長と職員2名が東京に出張した時のもの。出張事由には、いずれも「映画協議」と明記されていた。
◆不透明な方針決定過程
旅行命令書以外の文書――つまり、1回目に開示された文書――を時系列でみると、事業のスタート地点は議会説明用に作成された文書に記された「平成29年6月7日」だ。一方、新たに出てきた出張命令書によれば、森田町長と職員二人が映画協議のため東京に出張したのは「平成28年11月2日」となっている。少なくとも方針決定の半年前には、町長の方から映画制作に向けた動きを始めていたことが分かる。
そこで、出張命令書を含むすべての文書を整理し、事業の流れをまとめると次のようになる。
町側の説明によれば、映画制作の発端となったのは「映画制作会社からの提案」。しかし、開示された公文書の中には「提案書」など存在しておらず、いきなり“平成28年11月2日”に森田町長が「映画協議」のために東京出長したことになっていた。
3か月後には「映画取材班」が南大隅町を訪れ、その後も映画制作の話はとんとん拍子で進んでいく。森田町長が、議会や町民に諮る以前に、映画制作にのめり込んでいったのは明らかだ。
◆参考にした映画は“惨敗”の興行成績
映画『きばいやんせ!私』にかかる総制作費は1億2,420万円(制作費8,640万円、宣伝費3,780万円)。南大隅町が9,936万円を、残りは映画制作会社が負担する計画となっている。では、町長がここまで力を入れる映画が、本当に地域再生の起爆剤になるのだろうか――。同町が国に提出した「地域再生計画」には、次の数値目標が掲げられている。
映画によって南大隅町の認知度を上げ、移住者や観光入込客数を増加させるというのである。実現すれば結構なことだが、現実は厳しく、町内の住民からは「荒唐無稽」といった声も聞こえてくる。
2000年(平成12年)頃まで1万人を超えていた同町の人口は、減少の一途をたどり、7,600人程度にまで落ち込んでいるのが現状だ。国立社会保障・人口問題研究所が公表した「日本の地域別将来推計人口」によれば、南大隅町の人口は2045年までに半分に減るという推計結果が出ている。映画が爆発的にヒットしない限り、移住者や観光客が増えるようなことにはならない。そもそも、南大隅町が参考事例にした映画は、興行的には大惨敗しているのである。
南大隅町が参考にしたのは、2015年(平成27年)2月に公開された『マンゴーと赤い車椅子』。鹿児島県大崎町が中心となって鹿屋市、志布志市など九つの周辺自治体と地域団体が制作した映画だ。制作費は約1億2,000万円で、南大隅町の『きばいやんせ!私』とほぼ同じ額。元AKBや三代目J Soul Brothersのメンバーといった人気タレントを主役に据えた映画だったが、「大惨敗。観客動員4万人では、認知度ゼロに等しい。大幅赤字で、民間の映画なら責任問題になってる」(映画関係者)という結果だった。大崎町役場は、「映画は地域のPRが目的。映画のおかげで移住者が増えたという話は聞いたことがない」としている。
南大隅町の『きばいやんせ!私』を手掛けるのは、『マンゴーと赤い車椅子』の制作会社。制作費もほぼ同じ額だ。その制作会社の代表でプロデューサーの男性のプロフィールには、「地域映画を商業映画として展開するプロジェクトを展開している」と記されている。自治体などがカネを出し、同社が映画制作を請け負うということだ。つまり、赤字の映画でも制作会社は困らないという仕組みだろう。
南大隅町の住民は、本当にこの「地域再生策」に納得できるのだろうか……。