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DHC会長、狂気の論説の背景にあるもの

2018年5月 9日 08:20

 読んでいて気が重くなる文章というものがある。名うての差別主義者がまき散らすヘイトスピーチならまだ心構えもできようが、有名企業のトップが自信満々に繰り出した文章には、ある意味「虚」を突かれた。
 どこか狂気すら感じさせる文章の背景にあるものはなにか、考えてみたい。

◆DHC会長の偏向論説
 4月30日、総合オピニオンサイトを自称する「iRONNA」に掲載された論説が波紋を呼んでいる。筆者は株式会社DHCの会長、吉田嘉明氏。DHCは化粧品やサプリメントを製造販売する大手企業で、Jリーグ・サガン鳥栖のメインスポンサーとしても知られている。

 問題の論考のタイトルは、「DHC会長独占手記『ニュース女子』騒動、BPOは正気か」という刺激的なもの。「ニュース女子」騒動とは、DHC傘下のDHCテレビが制作した「ニュース女子」(2017年1月放送)について、放送倫理・番組向上機構(BPO)から「重大な放送倫理違反」があったと指摘されたことを指す。「ニュース女子」は、不十分な取材に基づいて高江(沖縄県国頭郡)のヘリパッド建設工事をめぐるデモを伝えたことで、反基地闘争の現場から「偏向報道」と批判されていた。

 吉田氏は、このBPOの判断について、思わず二度見するほどの仰天論理で批判してみせる。

 今、問題になっている放送倫理・番組向上機構(BPO)についてですが(中略)そもそも委員のほとんどが反日、左翼という極端に偏った組織に「善悪・正邪」の判断などできるのでしょうか。(「iRONNA」の論説から引用)

 BPOの判断の是非を問うのではなく、BPOという組織が反日、左翼だから間違っている、というトンデモ理論だ。なぜBPOが反日・左翼組織なのかという説明は一切なく、論考はこの後も「反日左翼が日本を滅ぼす」式の陰謀論が続いていく。

 論考は全体として読み通すのに苦労するレベルの駄文だが、なんとか努力して問題部分をいくつか抽出してみたい。

 (朝日新聞が「ニュース女子」の打ち切りを報じたことを受けて)今回の騒動をきっかけに、朝日新聞の購読中止と広告掲載の禁止を全社員に通告しました。

 今、多くの番組で東大や早稲田大出身の教授、在日帰化人のジャーナリストや文化人、一見性別不明の左翼芸能人らが特に珍重されているようです。

 DHCには国内だけでも約3千人の従業員がいますが、その中には少なくとも100人以上の帰化人が在籍しているものと思われます。7人いる役員のうち2人は帰化人です。

 実業界で大企業の創業者の大半は在日帰化人です(中略)やはり民族的な性格からか、その貪欲さは半端ではありません。昔からの人情味あふれた小売店が全国から消えていったのは、率直に言ってこの人たちのせいだと思っています。

 最近、遺伝子の研究により、日本人は彼ら(註:中国人や韓国人)とは全く関係のない民族だということが分かってきました。縄文人の遺伝子を解析したら、他のアジア人とはまるで違う人種であったというのです(中略)アジアの中でも唯一日本人だけがヨーロッパ人に近い民族だったというのです。顔は似ていても、どうして中国人や韓国人とはこうも違うのだろうと思っていたことが、ここへきてやっと氷解しました。

 我々は全くの異人種である韓国人と仲良くすることはあっても、そして多少は移民として受け入れることはあっても、決して大量にこの国に入れてはいけないのです。ましてや、政権やメディアを彼らに牛耳られることは絶対に避けなければなりません。(「iRONNA」の論説から引用)

 なんの根拠も示すことなく「反日」と決めつけ、中国人や韓国人に対する差別意識を隠そうともせず、東大などの「権威」やヨーロッパ人(なにを意味するのか不明だが)に対するコンプレックスまで見事に吐露してみせたこの偏向論説を、われわれはどう咀嚼すればよいのだろう。

◆背景に権力の傲慢
 なぜこんな論説が掲載されたのかという問題はひとまず置く。吉田氏の思想はじつはありふれた陰謀論や差別意識であることは明白で、企業の創業者にありがちな万能感に偏見が最悪の形でブレンドされた見本といえるだろう。

 問題は、かつての日本であれば言葉を慎重に選んだはずの地位にある人物が、ヘイトスピーチもどきの言説や極論を平気で発するようになったという現代日本の「風潮」だ。

 その象徴ともいえる人物、麻生太郎財務相は4日、訪問先フィリピンでの記者会見で、福田淳一前財務次官のセクハラ問題について「セクハラ罪という罪はない」「殺人とか強制わいせつとは違う」と発言した。同問題について「福田の人権はないのか」と発言したのに続き、世界中が#MeToo運動(セクハラ告発運動)で盛り上がるなか、わざわざ海外で水を差したかたちだ。日本の恥が、「世界の恥」に昇格した瞬間でもあった。

 安倍首相は17年2月17日の衆院予算委員会で、森友学園への国有地払下げに「いっさい関わっていない。関わっていたら総理大臣を辞める」と発言した。しかし改ざんされた公文書に昭恵夫人や自身の名前があったことがわかっても発言の責任を取ることなく、いまだ首相の座に居座り続けている。

 こうした放言体質が許されるようになったのは、結果を出しさえすれば手段や過程は問わないという、新自由主義的価値観がはびこっていることと無関係ではないだろう。利益を出し続けていれば、経営者の言うことはすべて正しいことになり、選挙に勝って安定多数を確保しさえすれば与党は何を言っても構わず、負けた野党は何も言う資格がない――。

 共通するのは勝ち負けで物事を判断し、その結果として異なる価値観の者を排除、対話を拒否する傲慢な姿勢だ。その道の先に何が待ち受けているかは、歴史の教科書に譲る。隣国では、60年以上続いた緊張状態がようやく終わろうとしている。それを実現したのは圧力ではなく対話であったことに、日本人はもう少し謙虚に向き合っていいのではないか。



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