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安倍改憲の本当の中身

2018年4月13日 07:45

00000-草案.png 国の役所が国有地を破格の値段で売却したり、学会や獣医師団体の意見を無視して獣医学部を新設するなど、この国の行政が大きく歪んだ。政策決定過程の検証で浮かび上がってきたのは、官僚による虚偽答弁、隠蔽、改ざん、でっち上げといった事実上の犯罪行為だった。
 背景にあるのは、総理大臣や総理夫人のお友達に対する、政府をあげての“便宜供与”である。霞が関を犯罪者集団にしたのは、紛れもなく安倍晋三という無責任な政治家だが、希代の戦争好きは、この期に及んでも「憲法改正」をやるのだという。
 安倍改憲の本当の中身とは――。

◆狙いは「国軍」の創設
 安倍政権が憲法改正を実現したい理由はいくつかあるだろう。最も注目されている目的として、特に9条がらみで自衛隊の憲法への明記を実現させたいことが挙げられている。確かに国際情勢を理由として、自衛隊の憲法根拠を明確にする意義はあるかもしれない。しかし自衛隊に憲法上の根拠を与えることの本来的意義とは何かを冷静に考えてみると、それは自衛隊の正式軍隊化、即ち国軍化の確立に他ならない。

 実際、自民党が平成24年に発表した「日本国憲法改正草案」には、≪我が国の平和と独立並びに国及び国民の安全を確保するため、内閣総理大臣を最高指揮官とする国防軍を保持する≫とある。

 現行憲法の規定では、国際紛争を解決する手段としての戦力及び軍隊は不保持となっており、自衛隊はまさに自衛のための戦力としてのみ位置付けられている。これをわかりやすく言うならば自衛隊は実質的には軍隊だが、形式的・法的には軍隊ではないという解釈になり、憲法制定以来の解釈でも議論されてきたとおりである。重要なことは留保条件がつくとは言え陸海空軍不保持の文言明記が、戦後の日本の戦争抑止への重石となってきたことである。

 逆に、もし自衛隊が国軍化すればどのようなことになるのかを考えてみたことがあるだろうか。そもそも軍隊とは明らかに戦争を前提とした存在に他ならないし、政治のコントロールの下、国際情勢へ対応するために他国勢力と武力を交えることができる組織である。この軍隊の概念をそのまま自衛隊にあてはめて国軍化すれば、自国防衛の範囲を超え、米軍等と同様に、世界規模の軍事行動も、兵器使用の拡大も、空母等の戦略装備も国際法上は充分認められるであろうし、実際の戦闘行為にも参加して戦争そのものに加わることも可能となるはずだ。ゆえに憲法改正で自衛隊という実質軍隊が条文に明記されれば、戦争を可能にさせるための法的効果に大きく寄与することになる。

 同時に自衛隊の憲法明記が事実上の国軍化につなげることも容易になる。いままで過大な戦力を持たないことが規定された憲法の下で、「自衛」のための防衛力を備えた部隊ではあるが、形式的にはいわゆる軍隊ではないとされた自衛隊。その前提があった上で、戦後73年の平和が日本国憲法の平和条項という法的担保に保持されてきたことを忘れてはならない。歴代の自民党政権もこの体制を踏まえることで過大な軍事負担を抑制し、経済的恩恵を享受してきたと言えよう。

◆米国の影
 では、なぜ今この恩恵を放棄してまで憲法を改正し、国軍創設の意思を占めさなければならないのか――?最大の理由が、米国との同盟関係強化にあることは、周知の通りである。

 アメリカは戦後自由主義陣営の盟主として全世界にその影響力を行使してきた。我が国が関わる事跡でも朝鮮戦争に始まりベトナム戦争、対ソ連封じ込め戦略、湾岸戦争、イラク戦争など軍事力を含む世界戦略を着実に実行し、日本に様々な形で影響を与えてきた。現在、米軍と自衛隊の共同運用・訓練・装備にいたるまで部隊の一体化が行われ、日米同盟は軍事部門においても目に見える形でより強化され、前進している。従って今後、米軍の世界戦略にも対等の協力を負担するのが当然視され、憲法という法的根拠をよりどころに軍事規制を主張することは極めて難しくなり、アメリカにとって自衛隊がスタンダードな軍隊ではないことは許されなくなってくる。パクス・アメリカーナの重要な構成員となった日本の自衛隊は国軍になり、同盟軍としてアメリカの主張する「正義の戦争」に参加しなければならないのである。ここに憲法改正の真の意義が求められてくる。

◆キーワード「責任」
 こうした目的による憲法改正が行われた場合、何が問題となるかを知るための答えを我が国の過去の経験から探ってみよう。明治以降、日本の近代化とともに我が国の軍隊も増強・拡大してきた。帝国主義の時代に、日清・日露の戦役が不可欠の選択であったことは認識しても、その後の昭和の軍事戦略が明らかに誤りであったことは、第二次大戦での大敗北がそれを示している。大敗北の原因については多くの戦史家が明らかにしている部分もあるが、ここでは「責任」という言葉をキーワードにして歴史の過ちについて考えてみたい。

 歴史をひも解くと、その時の当事者が時代の局面にあって与えられた責任を全うすれば、過ちを防ぐことができたのではないかと考えられる場合が多々ある。しかし実際に起こった歴史的事実は、昭和史において陸軍が満州某重大事件に始まる独断専行にけじめをつけることなく暴走し、満州事変・2.26事件・日中戦争と進み、時の指導者が時流におもねり、失敗や恣意的行動に責任を果さないまま対米戦争へ突入し、遂に崩壊してしまった悲惨な結果を作り出した。万世一系と高らかに謳った国家も、崇高な理念も、勇敢であった一人一人の国民の多くも、責任を全うすることのできない指導者たちのために滅び去ってしまったのである。歴史の教訓が示すように、国家の指導者が国のかじ取りにおいて誤った判断を正さないままに終始し、とるべき責任を全うしない時、亡国の危機が生じるのである。

◆無責任政権が改憲したら……
 この反省に立って今の我が国の現状をみてみると、現政権に吹き荒れる疑惑の数々に際して、誰が責任を全うしているであろうか。財務省で事実が改ざん・隠ぺいされ、国権の最高機関が欺かれた事件が明確になった現時点においてもまだ、責任者は処罰されず真実は明らかにされていない。

 政権が国軍化しようとしているかもしれない自衛隊でも数多くの隠ぺいが発覚した驚愕すべき事態。官僚は国家国民に忠誠を誓うのではなく。自己保身と任命権者にのみ忠誠を誓う風潮。このような極めて憂慮すべき状況のまま、もし憲法が改正されて、自衛隊が実質的に国軍化し、国際情勢の名のもとに戦争に参加することになった場合どうなるのだろうか。

 かつて事実が隠ぺいされた大本営発表の下、そのまま大敗北につき進んでいった歴史が再び繰り返されるのだろうか。重ねて強調するが、もし責任あるべき者がその責務を全うせず恣意的に流された場合、悲惨な結末が再現される恐れが充分起こりうるのである。安倍政権がやろうとしている憲法改正がいかに危険な政策かよく認識すべきである。

 憲法の戦力不保持という条項はある意味理想かもしれない。しかし自衛隊という現実に理想を近づけてはいけない。歴史の事実は、理想を現実に近付ければ必ず現実が理想を押し流してしまうことを示している。本当の平和を構築し維持してゆくためには、今ある現実の問題を克服して、平和という理想を掲げ続けていくしかないのである。憲法9条の崇高な理念は、この国の宝なのだから。



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