耐震工事か新築か――。老朽化した庁舎整備の在り方について検討を進めてきた鹿児島県南大隅町が、役場の組織ぐるみで「新築」に向けた世論誘導を行っていた疑いが濃くなった。
整備手法を検討するため町が関係者を集めて組織した「庁舎整備事業有識者検討委員会」(以下「検討委」)の議論は不透明。検討委は昨年11月に「新築すべき」との結論を出していたが、議論過程を確認するため情報公開請求したところ、検討委の議事録が残されていないことが分かった。
同町の広報誌で公表されたのは、新築に向けて前のめりとなっている森田俊彦町長にとって都合のいい意見ばかり。意図的に、「新築が大勢」と見せかけた可能性が高い。検討委で使われた耐震と新築を比較するための資料の作成にかかる業務委託を巡っても、重大な疑義が生じている。
■検討委、議論は事実上1回
南大隅町は、昨年発生した熊本地震を受ける形で、老朽化した庁舎の整備手法について検討を開始。7月に、耐震工事か新築かを判断する資料を作成するため、民間の設計業者に「南大隅町本庁舎改築比較検討資料作成」を、契約金額約90万円で業務委託していた。
8月1日には、町内の各種団体代表らで構成する「南大隅町庁舎整備有識者検討委員会」を設置。検討委は同月23日から5回の会議を開き、11月28日に「新庁舎として整備すべき」との答申結果を出していた。同町が開示した資料に基づき会議の経過をまとめた。
驚いたことに、実質的な議論は第4回会議のわずかな時間だけ。1回目は現状把握、2回目は熊本県御船町長の講演、3回目は参考施設の視察にあてており、議論が行われたと見られる4回目でさえ「意見集約」が目的となっていた。「新庁舎として整備すべき」という結論は、役所側による刷り込み、誘導の結果だった可能性がある。
■検討委「議事録」不存在
検討委の中では、どのような議論が展開されたのか――。確認のため行った同町への情報公開請求で入手した関連資料には「議事録」がない。事業を所管する同町総務課に確認したところ、広報誌「みなみおおすみ」1月号に、委員から出た意見を記載しているという。確認したところ、委員長のほか数名の委員の意見が記載されていた。(下が広報誌の該当ページ。クリックで拡大)
広報誌に紹介されているのは、ただ一度議論が交わされた第4回会議の模様。耐震工事を推す意見が皆無である一方、新築支持の声が大半を占めた格好となっている。慎重意見としては、“町長が主体的に判断すべき”との意見がある程度。最終的には、委員長が「『新庁舎建設の方で検討すべきが妥当である』と考えるがいかがですか」と発言し、「異議なし」で会議を終了していた。典型的な御用会議。合併特例債の利用や町有施設整備基金の存在を強調し、「新築ありき」で委員たちを洗脳した結果と見るべきだろう。
問題は、町の広報紙に記された委員たちの意見が、本当にあった発言なのかどうか確認できないことだ。南大隅町が開示した文書の中には、「議事録」がないのである。事業を所管する同町総務課財産管理係に確認したところ、「議事録はない」(同町総務課)。しかし、国はもちろん、どこの自治体でも、役所の諮問組織が会議を開いた場合は議事録または議事要旨を残すのが通例で、記録がなければ厳しく批判される。南大隅町だけ例外というわけではあるまいし、検討委の議論過程が分からなければ、結論の正当性も担保できない。なにより、広報誌には一部の委員の発言が詳細に記載されているのだ。議事の記録がなければ、できない相談だろう。“広報誌の文面は、議事録などの記録がない限り作成できない。記録があるはず”として何度も確認を求めたが、町側の結論は同じで「議事録はない」が公式な回答だと明言している。検討委の議論過程と結論について、説明責任が果たせない状況。検討委の運営には明らかな瑕疵がある。
■「比較検討資料」業務委託への疑問
検討委の基礎資料作成に関する業務委託にも疑問がある。議論の際に、耐震と新築を比較する資料として使用されたのが「南大隅町本庁舎改築比較検討資料」。この資料作成の業務委託先は、何故か随意契約で決められていた。随契の理由は、≪委託先が平成21年に庁舎の耐震診断業務を受託しており、構造や耐震診断結果に至った経緯を熟知している≫、というもの。しかし、耐震か新築かの判断は、町の未来に関わる重要事項。基礎資料作成は拙速を避けるべきであり、複数の業者から選んでも支障が出る仕事ではなかった。むしろ、ゼロベースから始めるのが至当。随契の理由としては極めて弱く、不適切な業者選定だったと言わざるを得ない。比較検討資料にある耐震工事費や新築工事費、新築の場合の図面などがわずか一月半で仕上げられており、記載内容の信憑性には首を傾げざるを得ない。
役所の事業に関連する業務委託に疑問がある場合、成果品(この場合は「比較検討資料」)絡みの不正が起きるのが常。開示された資料から、南大隅町がとんでもない不正に手を染めていた疑いが生じている。
(つづく)