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新聞に未来はあるか?(上) 南日本新聞と西日本新聞の現状

2017年1月11日 09:20

1-市長出張2.jpg 報道機関にとって最も重要な使命は「権力の監視」。とりわけ新聞は、スポンサーや政府の意向に流されるテレビと違い、政治や行政に厳しく対峙することが求められる存在だ。“社会の公器”と呼ばれる所以でもある。記者の配置状況からすると、国や永田町をチェックするのが全国紙、自治体の首長や議会に物申すのが地方紙といったところだろう。
 全国紙については次稿で詳述するが、東京、大阪以外の道府県で圧倒的な販売部数を誇っているのがブロック紙と県紙。九州7県も例外ではない。九州の新聞事情について、鹿児島と福岡のケースで検証する。
(写真は、今月5日の西日本新聞朝刊の紙面)

8割独占 権力に寄り添う「南日本新聞」
 鹿児島県を代表する「南日本新聞」の前身は、1882年(明治15年)に創刊された「鹿児島新聞」。曲折を経て、南日本新聞となったのが1946年(昭和21年)で、以後県紙として圧倒的な部数を維持してきた。下は、昨年11月時点での鹿児島県内における新聞各紙の販売部数。南日本は、およそ8割を占めている。(*南日本新聞は朝刊のみの発行)

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 取材で訪れる鹿児島県では、ほとんどが南日本の購読者。南日本以外の新聞を購読している人に出会うことは珍しい。鹿児島の読者から送られてくる報道に関するメールも、ほとんどが同紙の記事を基にしたもの。ただ、鹿児島県民は南日本の報道姿勢に疑問を抱いているようで、伊藤祐一郎前知事時代から、ご意見メールの大半が同紙の「権力寄り」を批判する内容となっている。南日本新聞は権力監視という使命を果たしているのか――。

 HUNTERは昨年来、三反園訓鹿児島県知事の選挙資金に関する報道を続けてきた。巨額の選挙余剰金、公選法の規定を無視したデタラメな選挙運動収支報告、百数十か所に上る異例の報告書修正……。報道出身の政治家とは思えぬ、「政治とカネ」への鈍感さだ。この問題を週刊文春が後追いしたが、南日本は沈黙。知事の政治資金スキャンダルについて、追及するそぶりすら見せていない。

 県紙全体に見られる傾向だが、南日本の基本は地元権力擁護。批判じみたことも書いてはいるが、最後は逃げ道を用意するのが常となっている。直近で、分かりやすい例がある。下は、九州のブロック紙・西日本新聞が今月5日に報じたスクープの後追い記事。森博幸鹿児島市長が、公費による海外出張に夫人を同伴していたというものだ。

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 事実関係を並べた記事の横には森市長の言い訳。「国際儀礼、交流円滑化に寄与」と小見出しを付けている。新聞は、見出しに社の姿勢が表れるもので、どうみても市長擁護だ。後日の社説でも、市長側の言い分に理解を示しており、“森市長が悪いわけではない”という本音が透けて見える。

 権力に寄り添うと、少数派には冷淡となる。先月、鹿児島市議会で「通告した質問の内容に即していない」「話が長い」などと言いがかりをつけられた脱原発派の市議が、原発に関する議会質問の一部を議事録から削除させられるという“事件”が起きた。明らかな言論封殺である。ところが、顛末を報じた南日本新聞の記事は、言論封殺を咎めるものではなく、責められた議員の名誉を貶めるものだった。脱原発派市議の発言によって議会が混乱し、その結果、市職員が余分な残業をして税金が無駄に費消されたというのである。言いがかりをつけた議会の醜さに呆れたが、記事を書いた記者もお粗末。HUNTERの取材で、残業代算出のため、同紙の記者が市職員に更なる残業を強いていたことが分かっている。権力寄りの作為的な記事が、報道であるはずがない。こうした傾向は伊藤県政時代から続いており、鹿児島市に住む40代の男性は、南日本の報道姿勢を厳しく批判する。

 長年に渡る南日本新聞の偏向報道と不作為には、腹立たしさを覚えるばかりです。常に県や業界団体の側に立って、事実を都合よく捻じ曲げて報道するか、少数派に対しては攻撃するか無視するかという酷い新聞です。

 原発の問題についてもそうです。原発推進側に立つのであればそう宣言すればよし。昨夏の知事選で三反園知事が公約で唱え、県民から支持された脱原発が、見る見るうちにトーンダウンしても、それを当然のこととして受け入れた報道をするばかりです。知事選後に「伊藤県政の検証を」と社説で述べながら、三反園知事と同じく自ら検証した記事はこれまで一つもありません。HUNTERや文春が報じた知事の選挙資金疑惑についても、だんまりを決め込みました。南日本は、報道の矜持など持ち合わせていないのでしょう。

 首長や議員、役所を監視し、県民に真実を伝えるのが県を代表する新聞の役割。しかし、南日本は徹頭徹尾権力擁護なのです。県民に『劣化した県政もやむなし』と諦めさせ、非民主的で不幸な方向へ導いているとしか思えません。その姿勢は、まさに読者を愚弄するもの。鹿児島県の改革を遅らせてきた元凶と言わざるを得ません。

外弁慶の西日本新聞
 一方、九州各県に取材網を持つブロック紙「西日本新聞」はどうか。他県の販売分も含まれるため大まかな形となるが、福岡県内における西日本新聞の販売部数を他紙と比較したのが下のグラフだ。

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 同紙の源流とされる筑紫新聞が刊行されたのは1877年(明治10年)。福岡日日新聞を経て、1942年(昭和17年)に現在の西日本新聞となった。九州を代表する老舗報道機関で、独自記事で時の政権を批判することのできる貴重な地方紙である。ただし近年の同紙について言えば、こと地元権力の監視に関しては、見る影もない。

 前述した森鹿児島市長の出張問題を報じたのは西日本。昨年12月には、飯塚市の斉藤守史市長が賭けマージャンを行っていたことをスクープし、全国ニュースになった。頑張っているのは確かだが、なぜか同紙が本社を置く福岡市の監視ができていない。ここ数年、高島宗一郎市長の不行跡や市の失政についての追及や問題提起は皆無。小川洋県知事や九州電力といった地場の権力に対しても、からっきし意気地がない。調査報道の対象となっているのは福岡市以外の自治体ばかり。権力監視機能が失われている状態だ。同紙OBも、次のように嘆く。

 高島市長になってから、うちの市政の記者が動かなくなった。特に酷くなったのは、保育園の移転問題を扱った記事で、市側の反撃を受けてからじゃないか。ろくに調べもせずに突っ走ったのか、市の土地取得に問題があったのに、“ホテル街に保育園”から入って失敗した。フィットネスクラブでの市長の裸の写真を記事にした記者は、飛ばされる寸前になったとも聞いている。以後、市の言いなり。ヨイショ記事ばかり目立つようになった。おかしいと感じている読者は少なくないと思う。

ともに大幅な部数減
 地場の権力に弱い南日本新聞と西日本新聞。他にも共通していることがある。販売部数の大幅な減少だ。南日本新聞は、2000年頃に約40万部あった部数が昨年暮れには約30万部に、西日本も同じ期間に約80万部から約65万部へと大きく販売部数を減らしている。いずれも、2割減は他の県紙に比べ異常な落ち込みよう。原因の一つに、地元権力に対する弱さがあるとすれば、事は深刻だ。御用記事ばかりで、読者に呆れられた可能性は否定できまい。

圧倒的な県紙の部数
 下は、鹿児島、福岡を除く九州5県の新聞販売部数を円グラフで示したもの。いずれの県でも、県紙が圧倒的な存在感を示しているのが分かる。
(佐賀=佐賀新聞、長崎=長崎新聞、熊本=熊本日日新聞、大分=大分合同新聞、宮崎=宮崎日日新聞)

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 豊富な地域情報で読者の役に立つ地方紙だが、身近な権力の監視を怠れば、南日本や西日本と同じように大幅な部数減に直面するかもしれない。次稿では、部数減に悩む新聞の現状について検証する。



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