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21.5兆円 原子力ムラの不埒な請求書

2016年12月26日 08:30

 「2兆、3兆ってお豆腐屋さんじゃないんだから」とは、東京オリンピック・パラリンピックの開催費用を揶揄した小池百合子都知事の言葉だが、桁違いに威勢のいいお豆腐屋さんがいるものだ。東京電力福島第一原発の事故対応費が、21.5兆円に膨らむとの試算を経済産業省がまとめた。2兆、3兆どころか、3年前の試算から10.5兆円も増えた。21.5兆円もあれば、開催費用を「1.6兆~1.8兆円」としているオリンピック・パラリンピックを向こう40年、10回連続で開いてもお釣りが来る。途方もない。しかも、この金額、さらに上ぶれする可能性が高い。

■廃炉費8兆円―3年で4倍

 21.5兆円は大きく分けて4つ、①廃炉費8兆円、②賠償費7.9兆円、③除染費4兆円、④中間貯蔵施設費1.6兆円とされているが、このうち特に、8兆円の廃炉費は怪しい。核燃料サイクルという夢物語には楽観論を繰り返す原子力ムラの面々も、廃炉に関しては「人類史上例がない」「叡智を結集して取り組む」などと仰々しい物言いを繰り返している。予算獲得の下心から、廃炉の難しさを強調しているのではない。廃炉作業が悪化、長期化した場合を見越して言い訳をしているのだ。「最初から難しいって言ってたでしょ?」と。

 3年前の試算で2兆円としていたものが、すでに4倍に跳ね上がっている異常さもさることながら、今回の試算は具体的な作業工程に基づいた費用の積み上げではなく、国内外の専門家が米スリーマイル島原発事故の例を参考にした机上の計算に過ぎない。経産省の振り付けのもとで、財界人らが作った「東電改革提言」は「有識者へのヒアリングにより得られた見解の一例に基づけば、燃料デブリ工程を実行する過程で、追加で最大6兆円程度の資金が必要」と書いている。追加で最大6兆円「程度」という霞ケ関特有の言い回しが、さらなる膨張の予感を如実に物語っている。溶け落ちた核燃料の取り出しは、難しさを想像することすら難しいのが現状だ。

■ぼったくりバー

 安倍内閣は今月20日、このずさんな試算を追認し、東電の負担軽減を柱とする「福島復興の加速のための基本指針」を閣議決定した。相当に問題が多い基本指針の中でも見逃せないのは、賠償費7.9兆円のうち今回の増加分2.4兆円分を、送電線の使用料「託送料金」に上乗せして回収するという新たな仕組みだ。

 託送料金は、東電や原発を持つ他の大手電力のみならず、原発を持たない新電力も負担しなければならない。安全対策をおろそかにして事故を起こし、背負いきれない重荷を負った東電救済のため、あらゆる電力消費者、国民全体に負担を強いる。当然、疑問が生じる。なぜ一企業のために、国民全体が負担を?

 経産省が持ち出してきた答えは、驚くべきものだった。「電力消費者は過去に原発事故に備えた賠償金を積み立てておくべきで、過去の積み立て不足を今から回収するには、かつて大手の契約者だった新電力のユーザーにも払ってもらうのが公平だ」――。

 「安い安い」と宣伝しておきながら、「あの料金は総額ではない」と言い出して料金を請求する。ぼったくりバーの手口にほかならない。納得できるはずがない。ましてや事故前から、原発の危険と不経済を訴え続けてきた人たちに対しては、まず原子力ムラの面々が自分たちの非を認め、頭を下げて謝罪するのが筋というものだ。

■反省しない原子力ムラ

 だが、彼らは反省も謝罪もする気がない。「東電改革提言」の中に、柏崎刈羽原発の再稼働が依然として掲げられているのだ。2基動けば年1千億円の収益が改善するというが、根本的に矛盾している。7基もの原発が集中する世界最大級の柏崎刈羽原発を再稼働させると言うならば、問わねばならない。「次の原発事故に備えた費用の積み立ては十分なのか」と。過去の積み立て不足を言い募り、取り立てを始めたばかりだ。事故など起きないと思っているのであれば、安全神話の復活であり、事故が起きればまた後から請求すればいいと思っているのであれば、仁義にもとる。いずれにしろ、この基本指針は破綻した理屈の上に組み上げられている。

 今回、経産省が託送料金に目をつけたのは、こうした矛盾を覆い隠すためと言っていいだろう。託送料金に混ぜ込ませれば、国民に原発の重荷を意識させることなく、広く長く集め続けることができるからだ。原発を持たない新電力のユーザーからも取りこぼすことはない。40年間かけてじっくり集めれば、月260キロワット時使う一般的な家庭モデルで、電気料金が月18円増える程度。経産省は、このぐらいなら電力消費者の反発は抑えられると考えた。「福島の復興のため、広く長く少しずつなら、分かち合ってもらえますよね?」と。

 「福島の復興のため」という美しい言葉にだまされてはいけない。「分かち合う」のは、賠償費=お金だけではない。賠償費を分かち合うということはすなわち、本来は原子力ムラが背負うべき極めて重く厳しい「責任」をも、広く長く少しずつ、分かち合うことを意味する。この仕組みの本質は「一億総懺悔」なのである。

■懺悔なくして安全なし

 この仕組みは、電力消費者だけでなく、霞が関や永田町においても、厳しい目を向けられずに済むという特徴がある。託送料金は、広く国民に負担を強いる点で、税金と同じ重みがあるにも関わらず、税制の変更と違って、財務省や与党との厳しい調整が必要ない。経産省が「必要」と認めれば引き上げることができてしまう。今後も様々な大義名分をつけて膨らんでいく可能性がある。

 有識者による審議の過程では「国民負担を求めるなら税金にして国会や国民の厳しい監視を受けるべきだ」との意見もあったが、経産省はこの姑息とも言える手法を手放さず、押し切った。安倍内閣はそれを追認し、閣議決定。来年の通常国会に、関連法案を出す。野党がどれだけ反対しても、安倍1強の政治状況のもと、与党はまた強行採決するだろう。

 2011年3月11日の後、原発事故を目の当たりにして、何を悔やみ、何を誓ったか。震災から5年以上を経てなお、原発によらない社会を求める民意は根強い。あの事故をも政争の具として権力を奪取した安倍政権には分からないかもしれないが、反省と謝罪なしに原発を動かせば、惨事はまた繰り返される。



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