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まるで北朝鮮 鹿児島市議会が脱原発派の発言を封殺

2016年12月14日 09:50

DSC04305.jpg 本会議の前に質疑応答のシナリオともとれる文書のやり取りを行うなど、市側との“出来レース”が常態化している鹿児島市議会が、脱原発派議員の発言を封殺し、議会質問の一部を議事録から抹消させていたことが分かった。
 さらに、地元紙・南日本新聞が発言を封じられた形の女性市議を悪者扱いする記事で叩くという異常事態。低レベルの市議会と偏向地元紙が、鹿児島市の議会制民主主義を歪めている。
(写真は鹿児島市役所)

原発関連質問、削除を強要 
 発言を封じられたのは、脱原発に向けた活動で知られる小川美沙子市議。12日の鹿児島市議会本会議で質問に立った同市議が、持ち時間30分(答弁入れて約1時間)の中で、森博幸市長に原発に関する最後の質問を行っていた時だった。質問の趣旨を説明するため、自身の経験とそれにまつわる逸話を話す小川市議。8分ほど持論を展開して質問を切り出そうとしたところで、議場内交渉係の議員らからストップがかかった。クレームがついたということで、審議は中断。以後、断続的に議会運営委員会が開かれ、協議に6時間近くを費やしたという。

 クレームの内容はといえば、「通告した質問の内容に即していない」「長すぎる」……。「問題なし」とする良識ある会派もあって異例の長評定となったが、当の小川市議が発言の“取り下げ”を申し出る形で、審議続行となっていた。小川市議の発言の、一体何が不適切だったのか――。小川市議本人に取材し、削除部分を確認した。以下、いったんはネット上の議会中継でも流された、削除部分の内容である。

 そこで過去に学ばなくてはと思って仕切り直しのため、勝ち戦を遂げた資料を読み直しました。原発を断念させた町が日本には34ヶ所ありますが、これらの地域それぞれの勝ち戦を先ずは知ることです。数日前、日本の原発で初めてのリコールと住民投票で原発計画を四国電力に断念させた、高知県の元自民党青年部長の島岡幹夫さんと話をしました。彼は大学卒後、保守政治家・赤尾敏に憧れて警察で働いていた人です。母親が乳癌になり介護をするために故郷に帰ってきて知ったのが原発誘致計画でした。彼はお母さんの放射線治療で放射能の恐さも感じていたとのことですが、「カネは一代。命は永遠。原発があっても町が栄えることはない。生命の危険と引き換えに補助金に頼って生きるより、豊かな自然を子孫に伝える!原発からの補助金10億円、15億円は町おこしで生み出すことが可能だ」とキッパリ反原発に立ち上がったのでした!当時自民党青年部長。

 保守系の人たちに原発は不要なものだという世論を広げていって、革新政党に黒子に徹してくれるようにと頼みこんで最終的には脱原発を勝ち取ったという知る人ぞ知る原発を止めた人のエピソードです。私は、この時の野党の方々は偉かったとつくづく思います。名を隠して縁の下で支え原発を止め、町民の命を救うという「実」をとったわけですから・・・・

 30年ほど昔のことになりますが、窪川原発建設のための調査を求める請願が採択され、調査反対の請願が不採択にされた、その過程で意見陳述があり反対派の代表で島岡さんが意見を述べました。すると保守系長老の元議員で原発推進側の請願代表者であった83才の谷脇さんという男性が、島岡さんの陳述を聞いて共鳴し、推進請願の代表をやめて今日から原発反対の協力をする!と傍聴席で宣言するドラマティックな展開になったのです。この時、感動して皆さん、涙したそうですが、その後、その83才の、ほんの昨日までの推進派代表の谷脇さんが、原発立地調査の受諾を受けに四国電力にいく町長の車の前に、仰向けに寝転がって「電力、行くんやったら俺をひき殺して行け」と叫んで、この時に島岡さんたちは、推進派町長のリコール運動を決意し成功に至ったのです。

 その後、電力会社の人海戦術にも負けずトラック100台に桃太郎旗をたてて抵抗して、ここまでの闘いがあっても町長も高知県知事も原発を推進していこうと躍起になっていて、遂に島岡さんは町議になったのですが、毎週、島岡さんが反対のお願いにいっても耳を貸してくれなかった大推進派の自民党の先輩議員がそこにはいたのです。ところがその自民党大先輩が、突然に島岡さんを連れて、『原発予算を組むな』と推進の町長室に乗り込み、予算化させずに実質、原発の誘致を幕引きせざるを得ないところに追い込んだのです。

 島岡さんらの努力が実って、大推進の自民党議員が反対派になった瞬間です。そして窪川町は『原発論議の終結宣言』なるものを町議会全会一致で行いました。島岡さんは何と500回以上の学習会で保守系の方々に原発の実態を学んで貰ったそうで、その後、宮崎県の串間原発誘致計画が浮上した時も10回以上、串間に訪れ、串間原発はJA青年部が脱原発に立ち上がって大きく前進しました。更に、巻原発も地元商店街の保守系の方が立ち上がって、原発断念の道を拓いていったということもよく知られています。

 で、何を申し上げるために私が長々と事例をお伝えしているかと申しますと、森市長の4期目に福島レベルの事故でなく命が大事と思う人々の叡智で原発を止めたいからです。島岡幹夫さんを県平和センターやグリーンコープの方々と鹿児島市黎明館講堂にお迎えしたことがあります。壇上で武勇伝を伝えられた島岡さんが満席の会場に向かって、ここに自分は保守だと思われる方いますか、手をあげて!と言われました。この時に手を挙げたのが私たちの仲間の指宿の有機農家さんお一人でした。島岡さんが、これじゃ川内原発3号機は止めれません!と言われたのです。確かに!私はその後、島岡さんからの学びを出来るだけ教訓にしようと胸に誓ったのです。

 文字に落とせば長いようにも感じるが、読み上げればせいぜい4分。ゆっくり話しても5分とかからない。削除を免れた発言の前段を入れても8分程度。これのどこが長いというのか、理解できない。質問内容に即していないというが、原発についての質問で、持論や経験談を前振りするのは理屈に合っている。何もおかしいところはない。ちなみに、この削除部分に続く「質問」はこうだ。

 原発は保革に関係なく、命を大事にしたい心ある人たちが手を繋いでこそ止めることができるのだと確信していますので、森市長の新知事への働きかけに期待しています。最後に原子力防災訓練の日程、前回の教訓、見直しについて答弁を求めます。

 小川市議は、脱原発に向けた保革を超えた連携の大切さを説き、それを前提に質問をしようとしただけ。事前通告した質問内容から、逸脱しているとは思えない。下は、鹿児島市議会が公表した小川市議の質疑発言通告(赤い囲みとアンダーラインはHUNTER編集部)。原発に関する質問内容は、きちんと通告されている。

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 削除された小川市議の発言は、むしろ通告に「即している」と言うべきで、何の問題もない。前述したように、「前振りが長い」という理由で発言の撤回や議事録からの削除を求めるというのなら、単なる言いがかり。国会はもちろん、全国各地の市町村議会でも前振りが長くなるのは当然で、質問の背景に何があるのかを説明するのは、むしろ政治家の義務でもあろう。よってたかって発言撤回や議事録からの削除を強要することは、犯罪行為。発言の自由が担保されない議会は、北朝鮮や中国のそれと同じである。小川市議を市議会に送ったのは有権者。市議の発言を封殺した鹿児島市議会は、市民の声を封殺したことになる。

 驚いたのは、この問題を報じた地元紙・南日本新聞の記事だった。

(つづく)



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