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鶴保センセイ必読 子どもでも分かる土人発言問題

2016年11月15日 09:25

kyousitu1.jpg この事態がどうにも飲み込めないようなので、子どもに分かるような嚙み砕いた説明をしてみるか。そんな気分にさせられた。土人発言を巡って、理解に苦しむ発言を続ける鶴保庸介沖縄担当大臣のことだ。
 架空の小学校における、先生と子どもたちを巡るお話なら、一連の経緯の深刻さを分かってもらえるかもしれない。現実をうまく反映できていない面もあるが、この問題を理解できていない人に向けた、例え話と割り切って、ご容赦いただきたい。

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 ある日、Aさんが「私ばかりに掃除をやらせないで」と先生に訴え出た。47人もいるこのクラスで、Aさんは掃除当番を週に4回も任されている。
 
 先生は言った。「確かに月火水木と4日連続でやるのは大変だな。じゃあ、木曜日は休みにして、金曜日に移そう。月火水金。間に休みが入って楽になるだろう」

 A「そういうことじゃないよ。なんで私だけがやらなきゃいけないの」

 先生「お前のためを思って言っているんだ。掃除当番と給食のご飯の量は確実にリンクしているんだぞ」

 A「そんなのおかしい。本当にこんな決め方がいいのか、いま他の先生に訴えているんだよ」

 先生「ああ、その件か。私からの注文はたった一つ。早く片付けてほしいということに尽きる」

 A「もう限界なんだ。おかしいと思いながら、ずっとがんばって続けてきたし、掃除中にひどいけがをさせられることだって何度も何度もあった」

 先生「限界だと言ったって、じゃあ誰が代わりにやるんだ?代わりを見つけられるのか?」

 A「無理だよ。みんな掃除のことなんて興味持ってくれない。私がいくら言ったって全然聞いてくれない」

 先生「じゃあ悪いが、引き受けてくれ」

 A「でも、先生だって少し前に『最低でもA以外にやらせる』って言ったよ?」

 先生「あのときはどうかしてた。忘れてくれ。金曜日に移す以外、あり得ない」

 A「こんなの絶対おかしい」

 先生の態度は、Aくんのことを考えてくれているとは全く思えなかったが、Aくんはあきらめずに声を上げ続けた。そんなある日、掃除道具入れの前で、もめ事が起きた。

「おい、触るなクソ、触るなコラァ、どこつかんどんじゃコラ、ボケェ、土人が!」

 また新しく掃除を押しつけられることに抗議していたAくんに対し、Bくんが言い放った。Bくんは先生の指示を受け、他のクラスメイトと一緒にAくんを押さえつけに行っていた。

 Aくんは深く傷ついた。「土人なんてあんまりだ。僕はもうずっとずっといじめられてきた。今になってもまだいじめられないといけないのか」。土人発言には、他のみんなもさすがに驚き、「そんなこと言っちゃいけない。Aくんに謝れ」と声を上げた。でも、Bくんは「Aくんだって悪い。僕たちの邪魔をしたし、ひどいことも言ったし」と反省する様子もない。
 
 騒ぎを聞きつけた先生が言った。

「これをいじめ問題だと捉えるのは、言われた側の感情に主軸を置くべきなんだと思います。したがいまして、Aくんの感情を傷つけたという事実があるならば、これはしっかり襟を正していかないといけない。ことさらに、私たちが『これがいじめだ』と考えるのではなくて、これが果たしてAくんの感情を損ねているかどうかについて見ていかないと」

 その後もAくんはいろんな場面で、自分は傷つけられた、いじめだと訴えた。それでも、先生はどういうわけか聞こえないふりを続ける。

「いじめであるかどうか、第三者が決めつけるのは非常に危険。状況的判断がある。いじめであるか、断じることはできない」

 みんなは、先生が一体、何を言っているのか理解できずにいる。

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 つたない例え話だ。そもそも土人発言をしたのは「クラスメイト」などではなく、機動隊員。警察権力だ。その一点で、この例え話は破綻している。安全保障を担う役割を「掃除当番」に見立てたことも、適切とは言えまい。それでも、「こんな先生がいたら一日も早く辞めるべきだ」と、他ならぬ鶴保氏に分かってもらうにはこんな方法しかないのではないか。地元紙・琉球新報は10月23日付けのコラム「金口木舌」で、同じような例え話を用いて、地元の思いを代弁した。なんとか分かってもらいたいと思わされる状況はその後も変わっていない。

 例え話より厳しい現実に戻る。
 鶴保氏は11月8日、参院内閣委員会で、「人権問題であるかどうか、第三者が決めつけるのは非常に危険。状況的判断がある。差別であるか、断じることはできない」と言った。全く理解できない発言だ。日本語として理解できない。だが、この際、発言内容の当否は別にして、鶴保氏の主張に沿って考えてみたい。

 鶴保氏によれば、「人権問題であるかどうか、第三者が決めつけるのは非常に危険」だという。人権問題であるか否か、差別であるか否かは、第三者ではない人(つまり当事者)が、その状況を踏まえて判断する。

 では、当事者の判断はどうだったか。まず現場に土人発言の居合わせ、動画を撮影した作家の目取真俊さん。沖縄タイムスのインタビューに答えている。土人発言があった10月18日の3日後、21日午前11時にネット配信されている。

 ――「辺野古への新基地建設は構造的差別と言われ続けてきたが、それは政治的な意味だった。今回の侮辱発言は面と向かいあった人間関係の中で出てきただけに生々しく、差別をよりリアルに感じた」

 県民の代表である翁長雄志知事は土人発言のあった翌19日、動画で「状況」を確認した上で、記者団に語った。

 ――「未開の地域住民を侮蔑する意味を含み、一県民としても、県知事としても言語道断で到底許されるものではなく、強い憤りを感じている」

 同じく県民の代表である沖縄県議会は28日、意見書と抗議決議を可決した。別の機動隊員が発したシナ人発言も合わせた内容だ。一部を抜粋する。

 ――「『土人』という言葉は、『未開・非文明』といった意味の侮蔑的な差別用語であり、『シナ』とは戦前の中国に対する侵略に結びついて使われてきた蔑称である。この発言は、沖縄県民の誇りと尊厳を踏みにじり、県民の心に癒しがたい深い傷を与えた」

 土人と言われた本人が差別だと言っている。沖縄県民の代表たる県知事、県議会も差別だと言っている。沖縄担当大臣が、沖縄で起きたこの深刻な事態について、当事者の声、代表たる県知事、県議会の声を知らないとすれば、大臣失格。知っていて、それが差別だと訴える声だと理解できないのだとすれば、日本語能力の欠如で大臣はおろか、議員も失格となるべきだろう。

 万が一の可能性を考えれば、鶴保氏の言う「当事者」には土人発言をした側の機動隊員も含まれているのかもしれない。言われた側の「第二当事者」がどう感じたかだけでなく、言った側の「第一当事者」が差別する意図を持っていたかどうかも、判断に必要とする理屈だ。土人発言から3日後の21日の閣議後会見では「言われた側の感情に主軸を置くべきなんだと思います」と語っていたのだが、どうしても沖縄から上がる訴えから目を背けるために、機動隊員同情論に飛びついてしまったのかもしれない。

 だが、これは機動隊員の意図を確認するまでもないことだ。差別発言をした者が「差別する意図がない」と言えば許されるのであれば、いつまで経っても差別はなくせない。そんなに難しい話ではないと思われるが、もしかしたら、それでも鶴保氏は理解しないのかもしれない。こんな発言もしている。

「その(土人という)言葉が出てきた歴史的経緯には、様々な考え方がある。現在、差別用語とされるようなものでも、過去には流布していたものも歴史的にはたくさんある」

 意味が分からない発言だが、土人と言ってもいい場合があると考えているように読める。だとすれば、例え話に戻って考えてみてほしい。いじめは、いじめられた側が心身の苦痛を「感じている」ものと定義されている。いじめた側が「いじめたつもりはなかった」、周囲の大人が「じゃれているだけだと思った」と勝手に判断し、いじめられている子どもの痛みを直視しなかった。そうやって何人の子どもたちが苦しみ続けてきただろう。

 繰り返しになるが、鶴保氏自身が言っている。「これを人権問題だと捉えるのは、言われた側の感情に主軸を置くべきなんだと思います。したがいまして、これが果たして県民感情を損ねているかどうかについて、しっかり虚心坦懐に、つぶさに見ていかないといけないのではないか」。自分の言ったことすら守れない鶴保氏には、沖縄担当大臣の任は重すぎる。辞めていただくしかない。沖縄県民にとってはもちろん、安倍政権にとってもそう判断せざるを得ない事態だと思うのだが、不思議と政権側からその声は聞こえてこない。



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