改憲勢力の伸張に注目が集まっていた参院選のさなか、日本は、体制にとって不都合とみなす人物の密告を奨励する社会に逆戻りしていた。
先週、自民党がホームページの中で「学校教育における政治的中立性についての実態調査」と称する調査を展開。学校教育の現場で「教育の政治的中立はありえない」、「子供たちを戦場に送るな」、「安保関連法は廃止にすべき」などといった主張を行った教員の事例を、定型フォームに記入して党本部あてに送るよう求めていた。ネット上で批判が出たため、二度にわたって一部の文言が削除されたものの、密告募集は現在も続けられている。
ホームページで密告募集
下が、自民党のホームページ上に掲載された密告募集の要請文だ。
党文部科学部会では学校教育における政治的中立性の徹底的な確保等を求める提言を取りまとめ、不偏不党の教育を求めているところですが、教育現場の中には「教育の政治的中立はありえない」と主張し中立性を逸脱した教育を行う先生方がいることも事実です。 学校現場における主権者教育が重要な意味を持つ中、偏向した教育が行われることで、生徒の多面的多角的な視点を失わせてしまう恐れがあり、高校等で行われる模擬投票等で意図的に政治色の強い偏向教育を行うことで、特定のイデオロギーに染まった結論が導き出されることをわが党は危惧しております。そこで、この度、学校教育における政治的中立性についての実態調査を実施することといたしました。皆さまのご協力をお願いいたします。
この後に、密告者の氏名、性別、年齢、勤務先・学校名、連絡先などを記入するフォームが続き、最後に詳しい事例を打ち込むように設定されている(下参照)。
密告募集にある「偏向した教育」、「政治色の強い偏向教育」、「特定のイデオロギーに染まった結論」が何を指すのか判然としないが、この密告奨励がホームページに登場した当初は、何が偏向なのか明確に記されていた。上掲≪教育現場の中には「教育の政治的中立はありえない」と主張し中立性を逸脱した教育を行う先生方がいることも事実です≫は、こう記されていた。
教育現場の中には「教育の政治的中立はありえない」、あるいは「子供たちを戦場に送るな」と主張し中立性を逸脱した教育を行う先生方がいることも事実です。
ネット上で「子供たちを戦場に送るな」の何が偏向なのかと批判が出始めたとたん、今度はこう変わる。
教育現場の中には「教育の政治的中立はありえない」、あるいは「安保関連法は廃止にすべき」と主張し中立性を逸脱した教育を行う先生方がいることも事実です。
最終的に、「子供たちを戦場に送るな」も「安保関連法は廃止にすべき」も削除されるのだが、密告募集自体は現在も継続中。自民党は、生徒や教員に、恩師や同僚を売れと勧めているのである。正気の沙汰とは思えない。
「密告社会」で想起されるのは、特高警察や憲兵が国民を痛めつけた戦中、戦前の日本。子どもが親や教師を告発したとされる文化大革命時代の中国。ゲシュタポ支配で多くのユダヤ人を虐殺したナチスドイツである。右傾化が顕著な日本にあって、密告を奨励する政権政党――自民党がナチス化したと言っても過言ではあるまい。
言論封殺につづき教育現場を威圧
この密告奨励を始めたのは、自民党の文部科学部会。部会長の名前を聞いて、「なるほど」とうなずく人は少なくあるまい。昨年6月、安倍晋三首相に近い自民党若手が開いた勉強会「文化芸術懇話会」で、右翼作家や井上貴博、大西英男、長尾敬の衆院議員3人が「マスコミを懲らしめるには広告料収入をなくせばいい」などと言論を封殺する発言を連発し、厳しい批判にさらされた。その文化芸術懇話会の代表が、密告募集を主導したと見られる木原稔衆院議員なのである。木原氏の7月7日のツイッターの書き込みにはこうある。
歪む平和国家
安倍親衛隊の言論封殺発言、高市早苗総務相による放送法を盾にした「電波停止」発言――いずれも政権に批判的な声を力で黙らせようとする自民党の姿勢が顕在化したものだ。密告募集も、一連の言論封殺に通底するもの。今度は教育現場に政治が介入し、安保法や集団的自衛権委に反対する国民の声を抹殺しようという狙いだろう。教育者や言論に対する脅しは、憲法改正に向けた地ならし。参院選の勝利が見えた極右議員たちが、なりふり構わず動き出した証左とも言えよう。その代表格である木原氏が、教育現場に多大な影響力をもつ自民党文部科学部会の会長というのだから何をかいわんや。ナチスと化した安倍自民党が、平和国家の姿を歪めつつある。