先月29日の会見で、消費税引き上げの再延期を表明した安倍晋三首相。録画した会見の模様を何回見ても、この人の話はさっぱり要領を得ない。
予定を超える50分。長々と続いた会見だったが、首相の話で頭に残ったのは、アベノミクスの言い訳と民進党の悪口だけ。参院選を強く意識した会見内容だったが、主張と実態に整合性がなく、言葉の軽さが際立つ始末。参院選で「信を問う」としながら、迫力を欠く訴えとなった。
発言の軽さ
会見での安倍氏の言葉を軽いと感じるのは当然。この戦争好きは、国民に向かって約束したことを守ったためしがない。「これから丁寧に説明していく」――集団的自衛権の行使容認を決めた際の会見でも、安保法強行採決直後の会見でもそう言ったはず。しかし、首相はいずれの件でも納得のいく説明など行っておらず、議論を避けてきたのが実情だ。
アベノミクスについても同じ。安倍首相は会見の中で、何度もアベノミクスに言及した。
~今こそアベノミクスのエンジンを最大にふかし
~アベノミクスをもう一段加速する
~アベノミクスは順調にその結果を出しています
~ロケットが大気圏から脱出する時のように、アベノミクスのエンジンを最大限にふかさなければなりません
そして、極め付けが、「アベノミクス「3本の矢」をもう一度、力一杯放つため、総合的かつ大胆な経済対策をこの秋、講じる考えです」
ここで言った「3本の矢」が、はじめの「3本の矢」のことなのか、「新3本の矢」のことなのか分からない。ただ、「もう一度、力一杯放つため」と言うからには、いずれの矢も“的中しなかった”ということだろう。そもそも、アベノミクスの「矢」は、経済対策を言い換えた言葉。“「3本の矢=経済対策」のために経済対策を講じる”など、あり得ない話だ。どうやら首相は、自分の発言内容が咀嚼できていない。放った矢がどこに飛んで行ったのかさえ分からないまま、庶民の財布は軽くなる一方となっている。
そもそも、経済状況についての首相の認識と、国民の肌感覚が大幅にずれている。会見での次の主張に、うなずく人がどれだけいるだろう。
リーマンショック以来、減少の一途をたどっていた正規雇用は昨年、8年ぶりに増加に転じ、26万人増えました。この春の高校生の就職率は、24年ぶりの高さであります。大学生の就職率は、過去最高となりました。政権交代前から中小企業の倒産も3割減少しています。ここまで倒産が減ったのは、25年ぶりのことであります。
所得アップについても、連合の調査によれば、中小企業も含めて、一昨年、昨年に続き、今年の春も3年連続で、今世紀に入って最も高い水準の賃上げを実現することができました。今世紀に入って最も高い水準であります。それを実現することができたのです。そして、パートの皆さんの賃金も過去最高を記録しています。一部の大企業で働いている方の給料が上がっただけでは、決してありません。パートで働いている皆さんの時給も過去最高となっているのです。
国見の所得が上がっていれば、「所得税」の税収が伸びるはず。しかし、財務省が公表している主要税目の推移は、下のグラフのようになっている。
予算額ではあるが、27年度は消費税が法人税や所得税の税収を上回る状況。所得税は下降、法人税も横ばいとなっており、経済状況が好転したとは言い難い実態だ。グラフの動きは、首相がどれだけアベノミクスの効果を宣伝しても、国民がそれを実感できないことを示している。
小泉氏と安倍氏の違い
首相が発信してきた「三本の矢」「一億総活躍」などは、もともと首をひねる人が多かった言葉。短いキャッチコピーで国民受けを狙ってきたつもりだろうが、小泉純一郎元首相のワンフレーズ政治と比べれば、かなり質が落ちる。両人を比較する時、平成17年の郵政解散を思い出す。“何のための解散か”――小泉氏は、衆議院解散を受けての会見で明快に語っている。
約四百年前、ガリレオ・ガリレイは、天動説の中で地球は動くという地動説を発表して有罪判決を受けました。そのときガリレオは、それでも地球は動くと言ったそうです。私は今、国会で、郵政民営化は必要ないという結論を出されましたけれども、もう一度国民に聞いてみたい。本当に郵便局の仕事は国家公務員でなければできないのかと。
一方、安倍首相の29日の会見。参院選で有権者に何を問うのかということについて、語ったくだりはこうだ。
国民生活に大きな影響を与える税制において、これまでお約束してきたことと異なる判断を行うのであれば、正に税こそ民主主義であります、であるからこそ、まず国民の皆様の審判を仰いでから実行すべきであります。
信なくば立たず。国民の信頼と協力なくして、政治は成り立ちません。「新しい判断」について国政選挙であるこの参議院選挙を通して、「国民の信を問いたい」と思います。
国民の7割以上が増税に反対している中、増税延期の是非を問わてれ「NO」と答える人は稀だろう。首相が本当に問いたいのが、「憲法改正の是非」だということは周知の事実。それを隠しての大衆迎合であることを、すでに多くの国民から見透かされている。同じ信を問うにしても、首相が小泉氏の迫力に遠く及ばないのはこのためだ。
矛盾する発言内容
「信なくば立たず」と見得を切った首相だが、この一言も実に怪しい。会見の前半で「保育所や介護施設の整備など、未来の一億総活躍社会を見据えた投資を力強く進めます」と言っておきながら、記者から社会保障などの安定財源が不足することを聞かれ、次の様に答えている。
社会保障については給付と負担のバランスを考えれば、10%への引上げをする以上、その間、引き上げた場合と同じことを全て行うことはできないということは御理解をいただきたいと思います。
しかし、その直後には――
しかし、安倍政権の下で子育て世帯を支援していく、この決意は揺らぎません。保育の受け皿50万人分の確保、来年度までの達成に向け、約束どおり実施いたします。
また、「介護離職ゼロ」に向けた介護の受け皿50万人分の整備も、スケジュールどおり確実に進めていきます。
さらに、保育士、介護職員等の処遇改善など、一億総活躍プランに関する施策については、アベノミクスの果実の活用も含め、財源を確保して、優先して実施していく考えであります」
本音は、「引き上げた場合と同じことを全て行うことはできない」。誰の目にも明らかだが、ここでも首相は自己矛盾に気付いていない。気付いていてこうなら、安倍さんは「嘘つき」。歴代首相のなかで、もっともタチの悪い嘘つきということになる。
争点は憲法
アベノミクスは失政。消費税引き上げを再延期するのは、そのせいだ。多くの国民が気付いていることなのに、首相はそれを参院選の争点だといい、大手メディアも同調している。だが、本当に問われるべきは国の根幹をどうするのかという問題。争点は、安保法や憲法改正の是非である。