川内原発の30キロ圏内に設置されたモニタリングポストの半数が、重大事故時の緊急避難を判断する放射線量(500マイクロシーベルト)を測れないことを報じた朝日新聞の記事に、原子力規制委員会が筋違いの猛反発。双方が反論、再反論を行うという異例の展開を見せるなか、権力側に立って朝日叩きに躍起となったのが産経新聞だ。
朝日の第一報を受けて規制委が反論を公表した15日以後、規制委側の言葉を借りるなどしてその報道を批判。誤報騒ぎの再燃を狙ったと見られていたが、主張はお粗末。朝日叩きの手口も、“卑劣”と言うに相応しいものだった。
産経の朝日叩き
朝日の報道内容と規制委側の見解については、18、22の両日に報じた通り。鹿児島県における放射線監視態勢や避難計画の不備に警鐘を鳴らした朝日の記事は、説明不足とはいえ、誤報扱いされるようなものではない。
一方、新規制基準に基づき川内原発再稼働にゴーサインを出した規制委は、避難計画が審査対象外であったにもかかわらず、朝日の報道を激しく非難。田中俊一委員長は、「犯罪的」という表現で朝日の記事を罵り、報道への圧力を強める姿勢を示している。
双方が反論、再反論を行うという異例の展開を見せるなか、他の大手メディアはいずれも沈黙。産経新聞だけが、一連の動きを追いかけ、この時とばかりに朝日叩きを行っていた。時系列に従ってネット上で産経の報道を追うと、次のような見出しが並ぶ。
◇「言ってないこと書いた」原子力規制庁、朝日記事に抗議 川内原発の観測装置めぐり(3月15日)
◇朝日の記事「原発の不安あおる」 鹿児島県、規制委が猛反発 川内原発周辺のモニタリングポストに有識者「問題なし」 (3月16日)
◇朝日記事「非常に犯罪的だ」、規制委が定例会で批判 川内原発の観測装置報道「立地自治体に無用な不安を与えた」と(同)
◇問題となった朝日新聞の記事(同)
これだけで、記事の方向性がうかがい知れよう。産経は、規制委側が発した激しい言葉を拾い、見出しに使うことで朝日がさも誤報を犯したかのような記事を発信していた。下は、17日の産経新聞朝刊。九州・山口版の大半を割いて、朝日・線量計報道への批判を展開している。
産経はこの記事の中で、規制委側や鹿児島県による朝日の報道内容を否定するコメントを引用。権力側の言い分に沿った独自の解説を加えて、朝日を徹底的に叩いていた。記事の最後に記されたのが、次の一文だ。
原発・脱原発を論じることは必要だろうが、不安を扇動する記事は、冷静な議論を封じ込めるだけで、話にならない。
『不安を扇動』、『話にならない』――産経はつまり、これが言いたかったのだろう。規制委同様、朝日の報道内容を事実上「誤報」と決めつけた形だ。
お粗末な反論
人の言葉を借りて競争相手を批判する姿勢は、ジャーナリズムの邪道だ。お粗末な報道姿勢そのままに、産経独自の解説は、子どもにも笑われそうな低レベルなものとなっている。例えば、記事中に出てくる次のくだり。
高線量と低線量、双方が測れる装置を組み合わせて配置したのには、わけがある。低線量用の計測装置で高い放射線は測れない。逆に高線量用の装置で、低い放射線は正確には計測できない。体重計で1グラムの重さを量れないことを想像してもらえばよい。高線量に対応する装置しかなければ、仮に原発から放射性物質がわずかに漏れた場合、把握できない恐れもある。
何度も述べてきたが、80マイクロシーベルトまでしか測れないモニタリングポストでは、500マイクロシーベルトを基準とする即時避難の判断は不可能。低線量用の機材をあてがわれた地域は、万が一の時の避難に、遅れが生じる可能性がある。『低線量用と高線量用を組み合わせて使う』というのは、県や規制委のお仕事の都合。実際に避難する側の住民には、そうした言い訳は通用しない。産経の記事は、一貫して権力側の言い分を補強するものであり、住民がどう見るかという視点を欠いているのは明らかだ。
朝日の第一報以上に底の浅い産経の記事。主張を証明するため記事に添付されたモニタリングポストの配置図も、正確さを欠くものだった。下は、ネット上の産経ニュースと前述の紙面で使われた配置図である。
川内原発の30キロ圏内で、80マイクロシーベルトまでしか測れないとされる問題の機材は22台。これに対し、図に示された低線量対応装置の設置点は20か所。産経の図では、2台足りない。1台は甑島にあり、地図上に載り切れなかったとして、姶良市に設置された1台が抜けているのである。
産経が参考にしたのは、鹿児島県が公表している「環境放射線水準調査、県内の測定局設置状況」だと見られるが、慌てて作ったのか、意図的に減らしたのか、とにかく1台省かれたのは確か。主張を補強する資料がこの程度なのだから、産経の力量が知れようというものだ。これまたお粗末と言うしかない。
朝日の後追い記事、自社サイトから削除
さて、ネットや紙面で朝日叩きに余念のなかった産経だが、じつは同紙に朝日を批判する資格などない。その証拠がこれ。ネット上に残された、線量計問題に関する「産経ニュースの第一報」である(赤い矢印はHUNTER編集部)。
見出しは≪監視装置、半数が性能不足 川内原発の放射線測定≫。ネット上に残ってしまった記事の前半は、次のようなものだった。
昨年再稼働した九州電力川内原発(鹿児島県薩摩川内市)周辺の放射線監視装置(モニタリングポスト)のうち、ほぼ半数の48台中22台が事故発生時の即時避難の基準となる高い放射線量を測定できないことが14日、同県への取材で分かった。 県原子力安全対策課は「高い...記事の方向性は、朝日の第一報とほぼ同じ。鹿児島県が川内原発30キロ圏に設置したモニタリングポスト48台のうち、ほぼ半数の22台が事故発生時の即時避難の基準となる高い放射線量を測定できない、というもの。産経は、朝日の報道後、ネット上で、線量計問題を後追いしていたのである。
翌日、規制委側から朝日への猛反発が出ていることを知った産経がどうしたかというと、まずは「証拠隠滅」。ネットで流した自社の記事を、サイトから削除していたのだ。産経ニュースの記事を見ようとクリックしても、画面はこうなる。
産経は、自社の流した線量計についてのニュースを棚に上げ、いったんは追いかけた朝日の報道を、規制委などの言葉を借りて攻撃していた。卑怯、姑息、悪辣……。どれだけ並べても、この新聞のやった行いを表現することができない。それほど悪質。まともな報道機関のやることではあるまい。
一体、どういう神経をしているのか――。一読者として、産経新聞側に話を聞いた。応対したのは、産経の記者だ。
Q:朝日新聞の線量計報道を批判しているが、産経も同じ内容の記事を配信していたのではないか?
―― あれは、共同通信が配信したもの。
Q:どこの配信だろうと、「産経ニュース」として流した以上、産経の報道と見るのが普通。しかも、記事には「共同」の二文字は入っていない。
―― 内輪の話だが、共同の配信モノを、そのまま流すことがよくある。
Q:説明になっていない。記事には「同県への取材で分かった」という記述があり、読者は産経の記者が取材したものとしか思わない。
―― ……。
あとは何を聞いても逃げの一手。自社サイトの記事を削除した理由も、その後の朝日叩きについても、きちんとした説明を聞くことはできなかった。
共同の配信記事を確認もせずに垂れ流しているとすれば、それは検証能力を欠いた証拠。他社の記事を批判する資格などあるまい。産経は、線量計報道後の規制委の反応を見て、朝日叩きに利用できると判断。身勝手な方針転換を行い、ネットの記事を削除したということだろう。規制委田中委員長の言葉を借りるなら、産経の行為こそ「犯罪的」だ。
ちなみに、産経新聞が公表している「記者指針」の冒頭には、こう謳われている。
「ベストワンの新聞」をめざす産経新聞の記者は報道や論評の質の高さだけでなく、その行動でもまた高い信頼性と品性が求められる。そのことに思いを致し、ここに「記者指針」を定めた。「産経信条」と合わせて、産経新聞記者は常に心に刻み込んでおかなければならない。どうやら産経は、「恥」という言葉を知らないらしい。