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川内原発避難計画 バス協定は有名無実 ― だまされた鹿児島県民

2016年3月 4日 09:05

鹿児島県庁・川内原子力発電所 川内原子力発電所(薩摩川内市)の事故を想定し鹿児島県(伊藤祐一郎知事)が主導して策定された避難計画をめぐり、過酷事故の場合に「バス」を利用した住民避難が、実際にはできない状態であることが明らかとなった。
 県は、原子力災害を見越して鹿児島県バス協会と「協定」を結んだ際、別の運用細則を締結。それによると、バス協会への協力要請ができるのは、バス運転手が浴びると予想される放射線量が「1ミリシーベルト以下」の場合のみと定めていた。この規定に従えば、過酷事故でのバス派遣は不可能。協定自体が有名無実となり、バスが来るものと信じ込まされてきた県民は、伊藤県政にだまされた格好だ。(写真は鹿児島県庁と川内原発)

原発再稼働前にバス協定
 下が、昨年6月26日に県と公益財団法人鹿児島県バス協会及び33のバス事業者との間に結ばれた『災害時等におけるバスによる緊急輸送等に関する協定』。原発事故を含む災害発生時に、県がバス事業者に緊急輸送等の協力を求める場合の要件を定めたものだ。赤いアンダーラインで示した条文でも分かる通り、協定の目的が、原発避難計画の実効性を裏打ちするためのものであったことは言うまでもない。

避難計画 協定書.jpg

放射性物質の大量の放出により生じる被害が発生し、又は発生するおそれがある場合においては、その特殊性に鑑み、放射線防護措置等の安全対策を行うものとする≫――この文言を読む限り、頭に浮かんでくるのは防護服を着用したバス乗務員。原発事故でまき散らかされる放射性物質のことを考えれば当然で、よく民間のバス事業者がこうした協定に応じたものだと感心させられるほどだ。

 この協定が結ばれたことによって、県内各自治体は、それぞれの地域の避難計画をまとめており、ホームページ上でも確認が可能だ。まず、川内原発の立地自治体である薩摩川内市の「原子力防災計画」。原発事故時にバスで避難する折の、集合場所が細かく決められている。

避難計画 薩摩川内

 次が、隣接自治体である、いちき串木野市の「原子力災害避難計画」。ここも、バス避難の際の集合場所が明記されている。

避難計画 いちき串木野.png

 各自治体の避難計画は、バス輸送が実現することを前提とするもの。多くの県民は、川内原発で過酷事故が起きた場合、当然バスが迎えに来るものと思っているだろう。しかし、川内原発に協定書に記されている「放射性物質の大量の放出」があるような重大な事故が起きた場合、民間事業者のバスが緊急輸送で出動することはない。「迎え」は来ないのだ。

バス協定を有名無実化―同じ日に締結された「運用細則」
 鹿児島県は、バス協定を結んだ昨年6月26日に、バス協会や各事業者らと、「原子力災害時等におけるバスによる緊急輸送等に関する運用細則」を締結しており、その条文の中で、バス輸送要請時の「条件」を定めていた。下が、鹿児島県への情報公開請求で入手した運用細則の冒頭部分だ。

避難計画 運用細則

 ≪協力要請を行うのは、運転手等の計画被ばく量を算出し、平時の一般公衆の被ばく線量限度である1ミリシーベルトを下回る場合とする≫。つまり、バス運転手に1ミリシーベルトを超える被ばくが予想される場合は、県としてバス輸送の要請ができないということだ。運転手の人命を守る立場のバス会社にとっては当たり前の話となるが、バスが来ると信じている県民にとっては、寝耳に水。避難計画自体、絵に描いた餅になってしまう。

 「1ミリシーベルト」といえば、つい最近、丸川珠代環境大臣が「科学的根拠がなく、時の環境大臣が決めた」と発言し、問題になった一般人の年間被ばく線量の限界値。福島県では、この数値が除染の長期目標値となっている。短時間での「1ミリシーベルト」は確かに高い線量ではあるが、動かないのでは「何のためのバス協定か」ということになってしまう。

 そもそも、住民避難が決断されるのは、モニタリングポストで「毎時500マイクロシーベルト」の放射性物質が測定された時。この段階ではバス輸送が可能だが、運転手が2時間緊急輸送に従事したら、たちまち1ミリシーベルト(注: 1ミリシーベルト=1,000マイクロシーベルト)という線量を浴びることになる。問題の運用細則に従って計画被ばく量を算出するまでもなく、避難開始決定と同時に、バス輸送は不可能と見るのが自然。住民避難は自家用車使用が原則となっており、渋滞を考えれば益々バス輸送は困難となるからだ。福島第一原発級の大事故ならなおさら。この場合は、1ミリシーベルトどころか、その何倍、何十倍もの被ばくを覚悟せねばならない。もちろんバス輸送は無理。子どもでも分かる理屈だろう。

答えに窮する鹿児島県
 鹿児島県原子力安全対策課は、川内原発で大量の放射性物質が放出されるような過酷事故が起きた場合、民間事業者のバスが動かせないことを認めており、記者の追及に詰まる状況。「自衛隊の車両が輸送にあたる」と逃げを打つが、民間事業者のバスが動くものと信じてきた県民にとっては、詐欺にあったようなものだろう。バス協定は、川内1号機の再稼働を目前に控えていた伊藤知事が、合意の前提をアピールする狙いで打ち上げた花火のようなものだ。

記者クラブも共犯
 県民をだました共犯者は、協定の実態を知りながら沈黙を決め込んだ県政記者クラブ加盟メディアだ。「1ミリシーベルト以下」の条件については協定締結時にサラリと報道されていたが、いずれのメディアもバス避難の実効性については触れずじまい。これだけ問題のあるバス協定について、県とバス協会の言い分だけを垂れ流し、予想される事態については何ら報じていなかった。昨年6月に県が協定締結を発表した折、新聞はどう報じたのか――ネット上に残る見出しと記事の冒頭を拾ってみた。

【南日本新聞】 川内原発事故備えバス協会と協定 鹿児島県、避難者輸送要請
 九州電力川内原発(薩摩川内市)の重大事故時に、要援護者や移動手段を持たない住民を避難輸送するバスや運転手を確保するため、鹿児島県は29日、県バス協会と原発から半径30キロ圏内の協会加盟事業者33社を相手に協定を結んだと発表した。

【毎日新聞】鹿児島県:川内原発避難、バス協定 33社と締結 重大事故時
 鹿児島県は、九州電力川内原発(同県薩摩川内市)で重大事故が起きた際の住民らの緊急輸送協定を、県バス協会や原発30キロ圏の9市町にあるバス事業者33社と結んだ。

【朝日新聞】 川内原発事故時のバス避難輸送、33社と鹿児島県が協定
 九州電力川内原発(鹿児島県薩摩川内市)の重大事故に備え、県は29日、周辺住民の避難に使うバスの運行について、県バス協会、バス運行会社33社と県の間で協力協定を結んだと発表した。

 バス協定が、川内原発の「重大事故」に対応するためのものとの見解はいずれの記事も同じ。驚いたことに、どの新聞もバス会社が協力するのは“一般人の年間被ばく線量の限度である1ミリシーベルトを下回る場合に限る”という条件を、記事の途中でサラリと報じていた。協定が有名無実であることに気付かなかったのだとしたら、ただの無能。知っていて問題視するのを見送ったのだとすれば、県とつるんで県民をだましたことになる。権力側の犬が書いた記事が、県民に間違った認識を植えつけた可能性は否定できない。

立地自治体の担当職員も「知らなかった」
 原発事故の被害が甚大になると見られる自治体は、どうか考えているのか――原発立地自治体である薩摩川内市と隣接自治体であるいちき串木野市の担当課に聞いたところ、どちらの市の職員も、1ミリシーベルト以下の条件を付けた「運用細則」の存在自体を「知らなかった」としており、該当条文も「初めて聞いた」として改めて県に確認する意向を示している。だまされたのは県民だけではなかったようだ。

疑問だらけの避難計画―鹿児島市の場合
 ところで、バス協定に名前を連ねたのは33の民間バス事業者。県内で動くバスのほとんどを網羅していると思っていたが、一部のバスだけがこの協定の対象外となっていた。公営である鹿児島交通局の市バスだ。下は鹿児島市が策定した原発避難計画のバス輸送に関するページだが、同市が最初に準備するのは、交通局(交通支部)のバスであることが明記されている。

避難計画 鹿児島市.png

 バスが不足すれば、民間のバス事業者や自衛隊に頼むとしているが、市有車両「204台」と記されており、市民の多くは204台が稼働するものと思うだろう。だが、実際に動くのは「2台」。それも状況によっては、難しいこととなる。災害時の輸送が抱える問題点について、次週の配信記事で詳しく報じていく予定だ。



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