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放送法と劣化するジャーナリズム

2016年1月14日 08:15

 夏の参議院選挙に向けて政局の動きが激しくなる中、権力の監視機能である「報道」の力が日増しに落ちている。集団的自衛権や安保法に対する批判的な新聞記事は減るばかり。テレビのニュース番組で、安倍政権に厳しい姿勢で臨んできたキャスターが、相次いで降板を余儀なくされるといった状況だ。
 メディアが沈黙するに至った最大の原因は、報道番組に対する政府与党や右派の圧力。とくに「放送法」を盾にしたテレビ局への脅しが、メディア全体に悪い影響を与えているように思えてならない。
 だが、その放送法、じつは右派の方々が忌み嫌う「GHQ」が主導して制定されたもの。GHQの「押し付け憲法」だとして現行憲法を否定し、改憲で「戦後レジームからの脱却」を図ろうとする右派陣営が、脅しの道具にGHQの遺産を使っているのである。

選挙報道への干渉
 平成26年の衆院解散後、TBSの報道番組 『NEWS23』に出演した安倍首相は、街頭インタビューでの有権者のコメントに逆切れし、「これおかしいじゃないですか」と色をなした。有権者のコメント自体は、景気の悪さやアベノミクスの効果を実感していないという、ごく当たり前のものばかりだったが、安倍は自説に迎合した意見が無かったことに腹を立てたのだ。まるで駄々っ子だが、直後に自民党が選挙報道に干渉し、物議を醸す事態となった。

 安倍側近の総裁特別補佐・萩生田光一筆頭副幹事長(当時)と福井照報道局長(同)の連名で、NHKと民放キー局に突き付けられたのは、選挙報道の公平中立などを求める要望書。項目は、次の4点だった。

  • 出演者の発言回数及び時間等については公平を期すこと。
  • ゲスト出演者の選定についても公平中立、公正を期すこと。
  • テーマについて特定の立場から特定政党出演者への意見の集中がないよう、公平中立、公正を期すこと。
  • 街角インタビュー、資料映像等で一方的な意見に偏る、あるいは特定の政治的立場が強調されることのないよう、公平中立、公正を期すこと。

 要望の根拠となったのは「放送法」。第4条の規定である。

第4条 放送事業者は、国内放送及び内外放送(以下「国内放送等」という。)の放送番組の編集に当たっては、次の各号の定めるところによらなければならない。
 一 公安及び善良な風俗を害しないこと。
 二 政治的に公平であること。
 三 報道は事実をまげないですること。
 四 意見が対立している問題については、できるだけ多くの角度から論点を明らかにすること

 安倍政権を持ち上げるコメントがなかった『NEWS23』の内容が、同条二の政治的公平や四の多角的論点の提示を守っていないというわけだ。権力側の恫喝であり、マスコミあげて報道への政治介入を叩くべきだったが、自民党を批判したのはごく一部のメディアだけ。この事件を機に、テレビも新聞もつまらない選挙報道を繰り返すようになっていく。

テレビ朝日への脅し
 昨年春には、テレビ朝日の『報道ステーション』が狙い撃ちされた。発端は、元経産官僚が同番組で「官邸からの圧力があった」と発言したこと。これを問題視した自民党が、党の情報通信戦略調査会にテレビ朝日とヤラセが発覚したNHKを呼びつけ異例の事情聴取を行い、「政権批判は許さない」という姿勢を鮮明にした。この時も、脅しの道具に使われたのは放送法。4条の『報道は事実をまげないですること』に反しているという理屈だった。

 テレビ朝日に対しては一昨年11月の衆議院解散直後、自民党が報道局長名で、アベノミクスの効果に疑問を呈した報ステの放送内容が放送法4条の『意見が対立している問題については、できるだけ多くの角度から論点を明らかにすること』に反するものだとして、自粛要請を行っていたことも報じられている。

放送法盾にTBSと岸井氏を恫喝
 そして昨年11月、作曲家のすぎやまこういち氏らが呼びかけ人になっている「放送法遵守を求める視聴者の会」とやらが、東京都内で記者会見。TBSの報道番組「NEWS23」の報道内容が放送法に違反していたとして、司会を務める毎日新聞特別編集委員の岸井成格氏や同局、総務省に公開質問状を送ったことを公表した。下は、同会が産経、読売にだけ出した意見広告の一部である。

「放送法遵守を求める視聴者の会」

 安保法の審議が大詰めを迎えていた時期に、岸井氏が番組の中で「メディアとしても廃案に向けて声をずっと上げ続けるべきだ」と発言したのが、政治的公平や多角的論点の明示を求めた放送法第4条に触れるのだという。岸井発言が「一方的な意見を断定的に視聴者に押し付けた」ものだというのが視聴者の会の主張だが、これは的外れな言いがかりでしかない。

 そもそも、放送法云々の前に、憲法で「言論の自由」が保障されている。政府の主張も安保法反対の声も平等に報じられた後の岸井氏のコメントは、一方的な意見でもなければ、ましてや違法であるはずがない。安倍政権擁護を展開してきた右派の論客で組織された視聴者の会の狙いは、政権批判の圧殺。放送法を持ち出せばテレビ局が折れると考えてのことだろうが、どうやら彼らは肝心の放送法を理解していない。

GHQが作った「放送法」
 国内右派が言論封殺の道具に使っている「放送法」だが、第一条「目的」には、次のように規定されている。

 この法律は、次に掲げる原則に従って、放送を公共の福祉に適合するように規律し、その健全な発達を図ることを目的とする。
 一 放送が国民に最大限に普及されて、その効用をもたらすことを保障すること。
 二 放送の不偏不党、真実及び自律を保障することによって、放送による表現の自由を確保すること
 三 放送に携わる者の職責を明らかにすることによって、放送が健全な民主主義の発達に資するようにすること。

 注目すべきは「第一条二」。『放送の不偏不党、真実及び自律を保障することによって、放送による表現の自由を確保すること』とある。つまり、放送法は他者の介入を防ぎ、放送による表現の自由を確保するための自律規程なのである。自民党や右派集団が、同法4条を盾に、立法趣旨を無視して報道機関に圧力をかける行為こそ「違法」と言うべきだろう。

 冒頭に記したように、同法はGHQが主導して出来た法律だ。GHQの狙いは日本における民主化の徹底。このため、昭和25年に電波三法(放送法・電波法・電波管理委員会法)を成立施行させている。GHQが作った憲法は許せないが、放送法はOKというのでは、「戦後レジームからの脱却」などできるわけがあるまい。ご都合主義も、ほどほどにしないと恥をかく。

沈黙する大手メディア 暴走する権力
 今年の春、報ステの古舘伊知郎、NEWS23の岸井成格両キャスターが、そろって降板するという。テレビ朝日やTBSが、自民党や右派の脅しに屈したのだとすれば、報道の自殺行為である。テレビ各局が大人しくなったことと、無関係というわけではあるまい。

 他方で、新聞は、軽減税率の対象に加えられたことで骨抜き状態。安保法成立時に見せた政権批判のトーンは、極端に下がっている。劣化するジャーナリズムの先にあるのは、権力の暴走――そして独裁である。
 戦前回帰への道が、巧妙に舗装されていく。



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