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日韓・慰安婦問題「合意」 拡がる波紋

2016年1月 4日 08:40

 1.jpg昨年末、日韓の間で懸案となっていた、いわゆる従軍慰安婦問題に終止符が打たれた。
 それまで事務方による協議が行われていたとはいえ、唐突な「合意」。日本側は、慰安婦問題への軍の関与を認めた上で、安倍首相による“おわびと反省”を伝え、さらに国の予算から韓国が設立する財団に10億円を拠出し、元慰安婦の生活支援を行うという合意内容を公表した。
 安倍を支えてきた国内右派にとっては、とんでもない裏切り。ネット上で、激しい安倍批判が飛び交う事態となったのは言うまでもない。
 一方、韓国では、当の元慰安婦や支援団体が猛反発。諸外国の思惑も絡んで、スンナリ“幕”というわけにはいきそうにない。
(写真は日韓の外相。外務省HPより)

唐突な日韓合意
 12月28日に外務省が発表した『従軍慰安婦問題に関する日韓合意の内容は、以下の通りだ。

【岸田外務大臣による発表】

 日韓間の慰安婦問題については、これまで、両国局長協議等において、集中的に協議を行ってきた。その結果に基づき、日本政府として、以下を申し述べる。

(1)慰安婦問題は、当時の軍の関与の下に、多数の女性の名誉と尊厳を深く傷つけた問題であり、かかる観点から、日本政府は責任を痛感している。
 安倍内閣総理大臣は、日本国の内閣総理大臣として改めて、慰安婦として数多の苦痛を経験され、心身にわたり癒しがたい傷を負われた全ての方々に対し、心からおわびと反省の気持ちを表明する。

(2)日本政府は、これまでも本問題に真摯に取り組んできたところ、その経験に立って、今般、日本政府の予算により、全ての元慰安婦の方々の心の傷を癒やす措置を講じる。具体的には、韓国政府が、元慰安婦の方々の支援を目的とした財団を設立し、これに日本政府の予算で資金を一括で拠出し、日韓両政府が協力し、全ての元慰安婦の方々の名誉と尊厳の回復、心の傷の癒やしのための事業を行うこととする。

(3)日本政府は上記を表明するとともに、上記(2)の措置を着実に実施するとの前提で、今回の発表により、この問題が最終的かつ不可逆的に解決されることを確認する
 あわせて、日本政府は、韓国政府と共に、今後、国連等国際社会において、本問題について互いに非難・批判することは控える。

【尹(ユン)外交部長官による発表】

 韓日間の日本軍慰安婦被害者問題については、これまで、両国局長協議等において、集中的に協議を行ってきた。その結果に基づき、韓国政府として、以下を申し述べる。

(1)韓国政府は、日本政府の表明と今回の発表に至るまでの取組を評価し、日本政府が上記(2)で表明した措置が着実に実施されるとの前提で、今回の発表により、日本政府と共に、この問題が最終的かつ不可逆的に解決されることを確認する。韓国政府は、日本政府の実施する措置に協力する。

(2)韓国政府は、日本政府が在韓国日本大使館前の少女像に対し、公館の安寧・威厳の維持の観点から懸念していることを認知し、韓国政府としても、可能な対応方向について関連団体との協議を行う等を通じて、適切に解決されるよう努力する。

(3)韓国政府は、今般日本政府の表明した措置が着実に実施されるとの前提で、日本政府と共に、今後、国連等国際社会において、本問題について互いに非難・批判することは控える。

 共通キーワードは「最終的かつ不可逆的解決」――『不可逆』とはもとの状態に戻らないことであり、ご丁寧にも「最終的」という言葉まで添え、日韓両国が、二度と慰安婦問題を蒸し返さないということを強調した形だ。急展開の合意を評価する見方が大半だが、長年両国を揺るがしてきた問題だけに、波紋も大きい。

反発する国内右派
 合意を受けて安倍首相は、「私たちの子や孫、その先の世代の子供たちに謝罪し続ける宿命を背負わせるわけにはいかない。今回、その決意を実行に移すための合意だった」として自賛したが、収まらないのは国内の保守派。ネット上は安倍に対する罵詈雑言の嵐、安倍を手放しで褒め称えてきた右派の論客たちも、一斉に批判へと転じている。無理もない。彼らにとって、これまでの安倍はヒーロー。唐突に韓国との関係改善に舵を切った安倍だが、公式ホームページには、いまだに右翼陣営を満足させる次のような主張が綴られているのである。

「狭義の強制性」を裏づける証拠はなかった
 私が質問をいたしましたのは、中学生の教科書に、まず、いわゆる従軍慰安婦という記述を載せるべきかどうか。これは、例えば子供の発達状況をまず見なければならないのではないだろうか、そしてまた、この事実について、いわゆる強制性、狭義の意味での強制性があったかなかったかということは重要ではないかということの事実の確認について、議論があるのであれば、それは教科書に載せるということについては考えるべきではないかということを申し上げたわけであります。これは、今に至っても、この狭義の強制性については事実を裏づけるものは出てきていなかったのではないか
(平成18年10月6日・衆院予算委員会)

 従軍慰安婦問題では、“軍による強制はなかった”というのがこれまでの安倍の持論。この問題について、日本国の責任を認めたことはない。靖国問題についても同様で、≪いわゆるA級戦犯として処刑された七名の方々は命をもってある意味責任を果たしている≫(安倍晋三公式HPより)。さらに≪いわゆる侵略戦争は国際的な定義として確立されていない≫(同)として、日本の戦争責任自体を否定する立場を貫いてきた政治家なのである。保守派の論客ならずとも、安倍の変節に驚くのは当然だろう。安倍は、なぜ慰安婦問題の解決を急いだのか?

アメリカの圧力
 背景にあるのが、日韓両国に対するアメリカの圧力であることは疑う余地がない。昨年9月、欧米各国の首脳が参列を見合わせるなか、韓国の朴槿恵大統領が中国の「抗日戦争勝利記念行事」に出席。北京で行われた軍事パレードも参観し、中韓の急接近を印象付けるという出来事があった。

 「歴史戦」での中韓共闘は、日本への牽制であると同時に、米国の対中戦略にも大きな影響を与える結果に――。あわてた米国政府が、懸案となっていた従軍慰安婦問題を決着させることで、中韓を引き離す必要に迫られたということだろう。安倍は国内右派を、朴大統領は慰安婦関係者を敵に回してまでの合意形成。米国の圧力が、容易ならざるものであったことは想像に難くない。

暗雲
 そこまでして成し遂げた「合意」だったが、両国間の約束が守られるかどうか、判然としないのが実情だ。ソウルの日本大使館前に設置された慰安婦像をめぐり、10億円は撤去と引き換えだと宣伝する日本側に対し、韓国側は像の撤去は前提ではないと主張。早くも“玉虫色”の部分に綻びが生じており、「最終的かつ不可逆的解決」に暗雲が漂う状況となっている。

 さらに、慰安婦問題のもう一つの当事者国、中国が「こっちの慰安婦問題はどうなった」と言わんばかりの構えを見せており、喜ぶ米国や国連事務総長の思惑とは裏腹に、慰安婦問題が複雑化する可能性が出てきている。どちらかの国の都合で「合意」が事実上破棄された場合、安倍政権が受けるダメージは決して小さくない。

 それにしても、情けないのは我が国の宰相だ。民意を無視して特定秘密保護法、安保法、米軍普天間飛行場の名護市辺野古への移設強行と独裁的な政権運営を続けてきたが、いずれも米国に追随した結果。「戦後レジームからの脱却」を掲げた安倍がやってきたことのすべてが、じつは米国へのヨイショだった。あげく、言われるままに政治信条まで曲げたというのだから滑稽としか言いようがない。

 今回の「合意」はアメリカ、日本、韓国の国家主義の産物。合意形成の過程に、元慰安婦の思いがこれっぽっちも反映されていないことがその証左だ。当事者の意思を忖度せぬまま、パワーゲームの道具にされてきた慰安婦問題。いちばん気に入らないのは、その点なのだが……。



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