鹿児島市の市立松元小学校が、児童の下校時にJR鹿児島線「薩摩松元駅」で起きたホーム転落事故の隠蔽を図っていた問題を巡り、学校側が、同駅を管理するJR九州にも事故の事実を通告していなかったことが新たに分かった。
駅を管理するJR九州鹿児島支社はHUNTERの取材に対し、「(薩摩松元駅で)転落事故が起きたことさえ知らなかった」と回答。学校側からの連絡がなかったことを認めている。
在校児童と保護者への注意喚起、さらには教育委員会への事故報告も怠っていたことが明らかになっており、同校の事故防止に向けた意識の希薄さを露呈した形。責任逃れに走ったとしか思えぬ学校側の姿勢に、関係者から厳しい批判の声が上がりそうだ。
事故隠し
児童の転落事故が起きたのは10月中旬。松元小には、3キロ以上離れた松陽台町などJR鹿児島本線「上伊集院駅」周辺に居住する家庭の児童が200人以上通学しており、事故は学校近くの無人駅「薩摩松元駅」のホームで起きた。(下が転落事故が起きた薩摩松元駅のホーム)。
重大事故につながる可能性があったこの出来事を、学校側は事実上隠蔽。関係者の間だけで事後処理を済ませ、他の在籍児童や保護者らには、事故があったことさえ知らせていなかった。
ようやく転落事故の模様が保護者らに伝わったのは、事故の顛末などを記したプリントが保護者組織「あいご会」によって作成・配布された11月下旬。ただし、配布対象は通学にJR鹿児島線を使う子どもたちが住む松陽台町などJR上伊集院駅周辺地域のみ。他の地域の児童と保護者は、現在も転落事故の詳細を知らされていない。学校側はこの間、転落事故発生の事実を伏せたまま、徒歩通学を奨励するなど無責任な対応を続けていた。
これまでの取材で、同校が市教委への事故報告を怠っていたことも判明。学校長は「反省している」「うかつだった」として対応の誤りを認めたが、その後も沈黙を守ったままだ。
JR九州―「初めて聞いた」
では、安全対策はどうなるのか――。学校側の取り組みを確認する意味で、転落事故が起きた薩摩松元駅を管理するJR九州鹿児島支社に、事故後の対応と、同駅の状況について尋ねた。当然、転落事故発生の連絡が学校側からJR九州に入っていたものと考えたからだ。だが松元小は、ここでも沈黙を守っていた。
JR九州は、薩摩松元駅で児童の転落事故が起きたこと自体を知らなかったといい、「初めて聞いた話」だと明言。松元小からは、事故についての連絡も、要望の類もないという。学校側には、安全対策を講じる考えなど露ほどもないということだ。これではJR側も動かない。
薩摩松元駅は無人駅。JR側は、今年度から新学期が始まる春限定で駅に人を配置するようになったというが、普段は駅員がおらず、安全対策は乗降客まかせ。ホーム転落などの緊急時に列車を止める「列車非常停止ボタン」も設置されていない。JRを使って通ってくる児童たちを見守っているのは、子どもたちが住む松陽台地区の保護者たち。数人ずつ交代で駅に立っているのが現状で、教員が駅に来ることはないのだという。松陽台は新興住宅地で、人口は増える一方。列車通学の児童は、ますます増えることが見込まれており、何らかの対策を講じるのが関係者の義務だ。
求められる安全対策
最低限、「列車非常停止ボタン」くらいは設置すべき――JR九州にその予定はないか聞いてみたところ、「お客様のご要望があれば、検討させていただくことも」という回答。できない相談ではなさそうだ。要望するとすれば、学校や市教委が音頭を取るべきだろうが、きっかけになるはずの転落事故を隠しているようでは、話にならない。
プラットホームからの転落事故等に対する安全対策については、東京都内でのホーム転落事故を契機に平成19年3月に国交省が通達の形で示している。国は鉄道会社に対し、非常停止押しボタンや転落検知マットの整備、プラットホーム下の待避スペースの確保などを求めてきたが、これは≪列車の速度が高く、かつ、1 時間あたりの運転本数の多いプラットホーム≫についてのみ求められる対策。大きな駅だけに限られており、ローカル線の小さな駅には非常ボタンがないのが現実だ。
だが、薩摩松元駅は、小学生が通学のために乗り降りする駅。無人駅である以上、せめて「列車非常停止ボタン」の設置を検討すべきだろう。子どものいたずらを心配する向きもあろうが、命より大切なものがあるはずがない。踏切には、列車のトラブルや人が線路内に立ち入り出られなくなった時のために「非常ボタン」が設置されており、これを押せば、電車や運転指令室に緊急事態が伝わる仕組みだ。だが、踏切や大きな駅にある非常ボタンが、子どものいたずらで押されたという報道はほとんどない。
全校児童400人あまりの松元小で、松陽台地区から通学しているのは200人以上。学校長によれば、徒歩通学は「20~30人」で、大半の児童は列車通学だという。松陽台地区から松元小までは、大人の足でも約40分。幼い児童たちに往復2時間の難行を強いるのは無茶だ。前述したように、松陽台の人口は今後も増加する一方。ならば、子どもの安全を守るための策を、学校、地域、行政やJRが一体となって確立すべきだろう。
松元小の対応は、主役である子どもたちへの配慮を欠いたものだ。ただ、こうした事態を招いたのは、鹿児島県の伊藤祐一郎知事であることを忘れてはならない。次稿で、松陽台に象徴される住宅政策の歪みを検証する。