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民主参院議員公認返上報道の裏

2015年11月19日 09:05

朝日新聞 報道機関である以上、新聞がスクープを必要とするのは致し方のないこと。知り得た事実を、他社より少しでも早く記事にしたいという気持ちも理解できる。だが、それは報じるべきことを報じた上での話。肝心なのは、“権力の監視”という本来の使命を全うすることだ。
 ところが、読者の知る権利からかけ離れたところで繰り返される記事や取材活動に、うんざりさせられることがしばしば。福岡では、来年の参院選に関する報道を巡って感心しない事態が続いている。

異例の公認返上で取材合戦 民放アナの自宅にまで 
 今月12日未明、福岡の民放テレビ局「テレビ西日本」(TNC)が、民主党福岡県連代表で参議院議員の大久保勉氏が来年夏の参院選に出馬しない意向であることを報じた。大久保氏の党公認が内定しており、異例の公認返上。地元の報道関係者は大騒ぎとなり、翌朝から大勢の記者が事実関係の確認に走り回ることとなった。

 とくに注目を集めたのが、TNCのニュースに出てきた大久保氏の後継。「民放テレビのアナウンサー」と報じられことが“業界人”を刺激したらしく、取材合戦は過熱する一方に。同日、大久保氏が記者会見し出馬辞退に至った経過を説明したが、後継について大久保氏の口から出たのは「民放アナウンサーA氏」という表現。同郷の親しい仲で、年齢が近いというところまでは明かしたが、名前は最後まで伏せたままだった。

 だが、記者たちにとって、大久保氏と同郷で年齢が近い民放アナウンサーを特定するのは容易。会見直後から、多くの記者が「A氏」のコメント取りに向かったのは言うまでもない。A氏の自宅を調べ、押しかけた記者たちがいたというのだから呆れるしかない。

「関係者の話」で実名報じた朝日
 翌13日、真っ先にA氏の実名を報じたのは朝日新聞。朝刊の第2社会面と福岡県版で、所属する放送局名と氏名を明記し、あたかもA氏擁立の流れが固まっているかのような記事を掲載した。下の写真は、同日の朝日の紙面である。

「関係者の話」で実名報じた朝日

 記事は、大久保氏の動きに批判的。県版の書きぶりからは、明確な意思さえ感じられるほどだ。異例の公認辞退であることは間違いないのだが、≪民主内に困惑広がる≫の見出しでもわかる通り、『手順を省いた公表』『独断に押し切られた格好』と手厳しい言葉ばかり。全体の印象から大久保氏の手法を快く思っていないことが分かるが、これは記事の基になった情報源の話に沿った証拠。後継者の名前をスクープすることに浮かれ、情報源の思惑に乗った結果とも言える。

 だが、一番の問題は民放アナウンサーの実名を報じたことだろう。二本の記事の中には、朝日の記者が直接A氏に取材したことを示すくだりは出てこない。A氏を特定した際の情報源については『複数の民主党関係者』――確かな話であるとの判断なのかもしれないが、いささか乱暴と言うしかない。

 民放アナとして顔と名前が知られているとはいえ、この時点でA氏は一民間人。番組出演中であり、軽々に「選挙に出ます」などと言える立場でもない。事実、A氏は報道各社の囲み取材にはコメントを出しておらず、朝日だけに胸中を語ったという形跡もない。公認決定までには「公募」という関門が待っており、必ずA氏が民主党の候補者になるとは限らないのだ。こうした中、選挙絡みだからといって、人の一生がかかる話を「関係者の話」だけで書けるものなのか……。

姑息な記事―誰のための報道か
 もう一つ気になるのは、第二社会面の記事の構成だ。大久保氏不出馬の流れと、A氏擁立劇の内幕を事細かに描いてみせた後、12日夕に行われた岡田克也民主党代表の記者会見での発言を引用。岡田代表が「報告は事前に受けて、ゴーサインは出している」として、それまでの記事の内容を補強した形に仕上げている。だが、岡田氏の記者会見の様子を確認したところ、A氏の名前はおろか、「民放アナウンサー」という言葉さえ出てこない。

 質問したのは朝日ではなく産経の記者。次のように尋ねている。

 ―― 来年の参院選で、すでに公認が内定している大久保議員が、きょう地元の方で不出馬の意向を表明されたということですが、この件について大久保氏から党側に何か説明なり、報告があったのかということと、内定している人が辞退したことへの受け止め方をお願いします。

 この質問に対する岡田代表の答えはこうだ。

 ―― まあ、大久保さん、いま記者会見を現地でしている最中じゃないかと思います。それを聞いていただければというふうに思います。どこまでお話になるか分かりませんので、私、会見を聞いてないので、いろいろ言うのは控えたいと思いますが、ご報告を事前に受け、なかみも私は了解し、ゴーサインを出しております。

 朝日の記事が、岡田発言を都合よく使ったのは明らかだ。岡田代表の話を短く紹介した後、記事は党選対幹部の『寝耳に水』というコメントを拾い唐突感を演出。さらに『少人数が水面下で話を進め、党本部で検討されないまま公表に至った』として容赦なく切って捨て、最後は県連幹部の『唐突な決め方』で括っている。県連内部に批判があるのは事実だが、出馬辞退と後継さがしを「大人数」でやるバカがいるとは思えない。公募以降は表舞台だろうが、政治の世界に限らず、この手の話は「水面下」で始まるのが常だろう。朝日の記事は、姑息。どこぞの誰かに与してA氏つぶしを狙ったととられてもおかしくないもので、スクープでも何でもない。記者たちに、誤報事件の反省はないのだろうか?

 出馬辞退と民放アナ出馬の話は、業界的にはスクープ。だが、視聴者・読者にとっては重要な情報でもなければ、いち早く知りたいニュースというわけでもない。喜んだのは、大久保氏に替わってバッジをつけたい輩や、一部の党関係者だけ。事実、終わった話にこだわり、大騒ぎしている党関係者がいるという。

 記事を書いたのは県政記者クラブに所属する記者たちなのだろうが、彼らが、議員や知事の心胆を寒からしめるような記事を書いたという記憶はないし、それはTNCも同じだ。一体全体、誰のための報道なのか……。



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