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僭越ながら:論

幼稚な政権

2015年11月 6日 10:10

首相官邸 安保法を巡る国会審議で矛盾する答弁を重ね、次から次へとぼろを出した安倍政権。強行採決で中央突破を図ったが、それまでの過程で安倍首相が述べた嘘やごまかしは、子どもからもバカにされるような程度の低いものばかりだった。
 安全法成立直後の記者会見で、「国民の理解を得るべく努力を重ねていきたい」と強調した首相だったが、野党から出された臨時国会の開会要求を事実上拒否。約束は守られそうにない。
 そうした中、10月20日付けで首相官邸のホームページにアップされたのが≪「なぜ」、「いま」、平和安全法制か?≫と題する特集。確認してみたところ、あまりのレベルの低さに、呆れるしかない内容だった。これが“国民の理解を得るための努力”と言えるのか?

官邸のホームページに噴飯ものの安保法特集
 特集の冒頭は、菅義偉官房長官のご挨拶。こう書かれている。

 9月下旬に終わった国会で、平和安全法制が成立しました。
 しかし、多くの皆さんから、「説明が足りない」、「国会でもっと議論をすべきだ」などのご意見をいただきます。
 国会審議は、衆議院・参議院それぞれ100時間を超え、あわせて210数時間となりました。それでも、日本国民の平和な暮らしを守るために不可欠な法律なのですから、多くの国民の皆さんに、なぜ、いま、この法律を整備するのかについて、お伝えする努力を続けなければなりません。
 そこで、今般、特集ページ「『なぜ』、『いま』、平和安全法制か?」を立ち上げることにしました。日本の安全保障をめぐる状況、外交、PKO活動、法制など、さまざまな角度から説明を試みます。

 「なぜ、いま、この法律を整備するのかについて、お伝えする努力」とあるところを見ると、どうやらこれは首相の言った“国民の理解を得るための努力”の一環らしい。安保法の特集は、日本を取り巻く状況、抑止力、世界各地の紛争、外交優先の立場、海外での自衛隊活動といった五項目を順に解説する形で構成されているが、国会審議同様、牽強付会のオンパレード。最初に中国や北朝鮮の動きを紹介して危機感をあおり、「抑止力」について、くどくどと説明している。下が実際の画面だ。

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 国会審議を経て、少しはましな説明ができるようになったのかと思いきや、さにあらず。主張のお粗末さは、より酷くなったと言わざるを得ない。安保法の本質が「戦争法」であることは疑う余地がないが、政府としては絶対に認められないところ。そこで、安保法=戦争抑止力という無理筋の主張を展開することになる。

 日本の平和と安全を確保するためには、紛争を未然に防ぐ力、つまり、「抑止力」を高めることが必要です。平和安全法制の目的の一つは、「抑止力」を高めることにあります。
  • 平和安全法制を巡る国会審議や報道で、「抑止力」という言葉がしばしば使われました。「この法案は抑止力を高めるためのものである」あるいは「抑止力を高めることで、日本が外国から攻撃を受けたり、争いに巻き込まれたりするリスクが減る」といった言い方です。
  • 仮に、日本が攻撃を受けたり、争いに巻き込まれたりするリスクが全く無くなれば、戦争も起こらず、防衛力を行使する必要も無く、自衛隊員が傷つくリスクも無くなる訳です。平和安全法制の目的の一つは、抑止力を高めることにあります(この意味でも、これを「戦争法案」と呼ぶことは間違いです)。
  • 「抑止力」(英語でdeterrenceと言います)は、東西冷戦の下で有名になりました。兵器を持っているある国が、他の国を攻撃しないのは「もし実際に攻撃した場合には、攻撃された国からこっぴどい反撃を受け、却って自分自身が危うくなる、だから、初めから他の国への攻撃を思いとどまるのだ」という論議です。

 戦争をするための法案を「抑止力」だと言い張ること自体、不見識。こじつけであることは誰の目にも明らかだが、説明に苦慮したらしく、訳の分からない“たとえ”が出てくる。

日常生活にも「抑止力」はありますが、意識する必要がありません。

  • 私たちの日常生活に引き寄せてみると、これは、「見知らぬ人が自分を睨んでいても、その人が攻撃をしてくると考える必要はない。なぜなのか?」に似ています。その理由は、「そんなことをしたら、警察に逮捕される。日本の法律が適用されて、有罪となれば刑罰を受ける。その人は、攻撃を超えるマイナスを自分が負うことになるからだ」とこんな具合ではないでしょうか。法律と警察が「抑止力」になっているから、私たちは、普段、「抑止力」を意識する必要はないのです。
  • しかし、ここでは「日本国は法治国家である、警察が守ってくれる」が前提になっています。

 正直、この“たとえ”はまったく理解できない。どなたが書かれた文章か知らないが、よほど頭の悪い政治家か役人が考え出したものとみえ、“たとえ”になっておらず、読めば読むほどこんがらがる始末だ。「安保法の存在は、意識する必要がないものだ」とでも言いたいのだろうが、そうであるならとんでもない暴論。「国民は余計なことを考えるな」と言っているに等しい。

 つい先日、取材したある大学生が、安倍政権を評して「暴力的で幼稚」と切って捨てた。同感である。だが、忘れてはならないのは、幼稚な暴君ほど怖いものはないということである。



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