安倍晋三首相の功罪について述べるとすれば、「功」は国民に民主主義や立憲主義についてじっくり考える機会を与えたことだろう。どう探しても、そのほかに「功」はない。
アベノミクス、特定秘密保護法、武器輸出解禁、集団的自衛権の行使容認、安保法――いずれも喜ぶのは右翼や大企業といった連中であり、一般庶民から見ればむしろ「罪」。数の力にモノを言わせる強引な政権運営の先には、“新たなる戦前”が待っているだけだ。
世の常ではあるが、独裁者には狂気を宿した賛同者が集うもの。安倍首相にも、身内の自民党以上に心強い応援団がついている。その正体とは――。
”美しい”連発の改憲集会
11日、日本武道館に安倍応援団が大挙して集まり、「憲法改正」に向けて気勢を上げた。危険な匂いが漂うこの集会の名称は『今こそ憲法改正を!武道館1万人大会』。主催したのは、櫻井よしこ(ジャーナリスト)、田久保忠衛(杏林大学名誉教授)、三好達(元最高裁長官)の3氏が共同代表を務める「美しい日本の憲法をつくる国民の会」(以下、国民の会)である。
“美しい日本”――戦争好きの政治家が掲げたスローガンが想起される組織名だが、それもそのはず。国民の会は、憲法改正に向かう安倍首相の思想をともに信奉し、戦前の日本を「正しい国の姿」だと信じる人たちの集団なのである。正体を明かせば、各界の右派で組織された「日本会議」の運動体。櫻井氏は日本会議の会員で、田久保氏、三好氏は同団体の現・元会長。事務局長も日本会議の事務総長が兼任しており、代表発起人にも団体メンバーがずらりと並ぶ。安保法に反対する人たちに対抗して設立された「平和安全法制の早期成立を求める国民フォーラム」の顔ぶれとも重なる、危険な安倍応援団なのである。
国民の会が立ち上げたホームページには、こうある。≪世界に躍進する日本を創造するため、憲法改正は喫緊の課題です。悠久の歴史に育まれた美しい伝統と文化、世界の平和と安定に寄与する自主独立の気概、それらを盛り込んだ憲法が、今こそ求められています。私達は、憲法改正を実現する1000万人賛同者拡大運動を推進し、憲法改正の国会発議の促進を各政党・国会議員に求めます≫そして大会PRのチラシには≪1000万人賛同者を拡大し、美しい日本の憲法を!≫一方、国民の会の母体である日本会議のホームページには≪私たちは、美しい日本の再建と誇りある国づくりのために、政策提言と国民運動を推進する民間団体です≫……。
“美しい”の連発にうんざりするが、現在の何が美しくなくて、憲法改正後の何が美しいというのか、さっぱり分からない。“世界に躍進する日本”にするため憲法改正が必要だという主張も理解不能だ。自分たちの言葉に酔っているのだろうが、いまの日本にも美しいところはたくさんあるし、憲法を改正せずとも既に日本は世界に躍進している。むしろ、世界各国から冷たい視線を浴びているのは、櫻井氏ら日本会議を中心とする歴史修正主義者の言動。戦前を美化する集団が幅を利かせる日本が、美しいはずがない。
百田氏挨拶に会場からも疑問の声
この日、武道館に集まった人たちの数は約1万人。ありがたい応援団に安倍首相がビデオメッセージを寄せたのは言うまでもないが、会場には次世代の党、おおさか維新の国会議員の顔も――。民主党の松原仁氏が参加していたのには呆れたが、一番驚いたのは、この人が挨拶に立ったことだった。
上の写真がその場面。マイクに向かって話しているのは、作家の百田尚樹氏である。同氏の脚本による憲法改正啓発ドキュメント映画が制作されるのだというが、会場からは「なんで百田なんだ」といった声も――。右寄りの集会とはいえ、百田氏に嫌悪感を抱く人は少なくない。普通の感覚の持ち主なら当然だ。
ベストセラー作家の百田氏だが、その発言は常識を欠くものばかり。安倍晋三首相に近い自民党の若手議員らが党本部で開いた勉強会では、言論弾圧を訴えた低俗議員たちと歩調を合わせ「沖縄の二つの新聞はつぶさなあかん」などと発言。普天間基地周辺の住民を誹謗し、さらには「沖縄の全米兵が起こすレイプより、沖縄人のレイプの方がはるかに率が高い」などと、歴史や実情を無視した発言を繰り返した。作家とは思えぬ“でっち上げ”を持ち出し、沖縄を貶める行為が許されるはずがない。
東京都知事選挙の時には、街頭演説で他の候補者のことをクズよばわり。興奮したのか「1938年に蔣介石が日本が南京大虐殺をしたとやたら宣伝したが、世界の国は無視した。なぜか。そんなことはなかったからです」、「極東軍事裁判で亡霊のごとく南京大虐殺が出て来たのはアメリカ軍が自分たちの罪を相殺するため」……。沖縄に関する発言でもそうだったが、百田氏の歴史認識は著しく偏っており、まさに極右のそれ。国民の共感を得るどころか、反発が強まるだけだろう。
安倍首相にとって最大の応援団が開いた集会に百田氏――。戦前、軍部に協力した民間団体の果たした役割を、櫻井氏らが担ってるのは確かだ。