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川内原発再稼働 崩れた知事合意の前提

2015年10月14日 08:15

鹿児島知事会見 “自分の言うことは絶対” ―― それが鹿児島の独裁者といわれる伊藤祐一郎知事の姿勢だ。原発再稼働、100億円産廃処分場、無駄な県営住宅増設、航空路線維持のための公費を使った上海研修……。民意を無視したケースを数え出せばきりがない。たちが悪いことに、批判に対しては極めて冷淡。会見など公の場では自身の知識をひけらかし、反対意見を唱える者を悪しざまにいう。
 最大の問題は、肝心の「知識」が不正確なこと。川内原発(鹿児島県薩摩川内市)の再稼働に合意を与えた伊藤知事だが、強気を支える「百万年原子炉が運転して1回の事故」という前提に、これを目標に定めた原子力規制委員会自体が、事実上の停止条件を付けていたことが分かった。

強気の根拠は「百万年原子炉が運転して1回の事故」
 8月11日、川内1号機が再稼働した。避難計画の不備や原発そのものの危険性が指摘される中、“我関せず”とばかりに原子力ムラに協力したのが伊藤知事。定例会見での知事発言を確認してみると、県民無視の傲慢さが浮き彫りとなる。長くなるが、“発言を切り取った”などという言い訳ができないよう、注目した記者団との問答をできる限り正確に紹介しておきたい。

【記者】
 想定される訓練の内容ですが、今いろいろ言われています。今回桜島もそうでしたが、複合的にいろんなことが起きることも想定されますが、規模も含めて、どのような訓練になるのかなと思うのですが。

【伊藤知事】
 なかなか、我々のポジションというのも難しいところがあり、今回は、ともかく(原子力)規制委員会があれほど厳しい規制基準を作られたと。それで、「百万年原子炉が運転して、初めて1回事故が起こる確率」、そこまで精度を高めたと思うのです。そしてもし事故があったとしても、福島の時に放出した放射性物質、その百分の1のレベルになるように、1万テラベクレルが100テラベクレルですね、そこまで制度設計をした、その基準で、今の薩摩川内の原子炉において防御措置をいろいろ講じましたから、いわば緊急発電であれ、冷やすための水であれ、それをやると、薩摩川内で発生する放射性物質は5.6テラベクレルですよね。そして、サイトから5.5キロの所は、人が受ける放射線はもう5マイクロシーベルトしか発生しない。したがって今の基準でいけば、私の知見では、ほとんど事故も起こらないし、もしここで人が避難するような事故でも起こると、根底がひっくり返るので大変なことになるのではないかと思いますね。

 ただ、そういう状況ではありますが、ほとんど実際の可能性はないと思いますが、そこでどこまで想定して実際的な防災訓練をやるかという問題が出てきますが、一応、最大の防災訓練をしたいと思います。ただ、これもまた皆さん方ご案内のように、一気に直ちに今回の制度設計上は、直ちに原子炉が破裂して一気に放射性物質が飛ぶということはないのです。先ほど言いましたようにありとあらゆる防御措置を入れましたので、少なくとも、まず最初は緊急の措置群が動き、それから後、電源が入ってくると冷却装置が動くのでほとんど、そこで放射性物質も何も発生しなくなりますが、UPZ(緊急時防護措置を準備する区域)の地域をどう見るかという問題がありまして、一応、何か事故が起きた時に、まずPAZ8予防的防護措置を準備する区域)は直ちに避難していただく要援護者も含めてですね。それからUPZについては,まず自宅にいて、プルーム(気体状の放射性物質)がどういう形でどう動くかを見ながら、どこにどういう形で放射性物質が飛ぶかを見ながら、その方向を見ながら実際の避難計画を作るというか避難していただくということでもありますので、これは規制委員会がそういう形で認知をし、皆さん方がそれが一番ベストだということでもありますので、私はそれが一番だと思いますが。

―― 私の知見では、ほとんど事故も起こらない
―― ほとんど実際の可能性はない
―― 直ちに原子炉が破裂して一気に放射性物質が飛ぶということはない

 よほど自信があるのか、知事は“原発の事故は起こらない”という前提に立っている。いずれも希望的観測に過ぎないのだが、この姿勢で避難計画を策定したのは明らかで、防災訓練も「一応」という程度に落ち着いてしまう。従って、原発事故が起きれば「どこにどういう形で放射性物質が飛ぶかを見ながら、その方向を見ながら実際の避難計画を作るというか避難していただく」――つまり、降り注ぐ放射性物質を浴びながら、のんびり避難計画を練るというふざけた形になる。「皆さん方がそれが一番ベストだという」と語っているが、知事が言う「皆さん」とは原子力ムラのことだろう。こうした姿勢の知事と、危機感を抱く記者とのやり取りが、かみ合うはずがない。

【記者】
 例えば5キロ圏内の人はすぐ逃げなければいけない、30キロ圏内の人は自宅待機じゃないですか。ですから時間が、要するに訓練自体の時間が非常に長くなるから、訓練としては成り立たないという。

【伊藤知事】
 ではなくて、実際はそうなのですが、訓練となったら、やっぱり一気に動かすのでしょうねということなのです。ですから、PAZはまず最初なので何も発生しないけれどもPAZの人は逃げていただく。ですからその時に、バスの運転手さんの防護服とかなんとかは、私の頭の中ではその事態は発生しないと思うのですが、ともかくその5キロの方に避難していただく。これはもうちゃんとした場所も決まっています。

・・・(中略)・・・

 そういう意味で、今回の実際は、たぶん事故が起こっても皆さん方が何を想定されるか知りませんが、時間があるのです。時間があるので、交通がそんなに輻輳したりなんだったり、日本のいろんな所の避難の状況を見た時に、アメリカでスリーマイルの時には、赤ちゃんがいる人は早く逃げてくださいと言った瞬間にフリーウェイがパンクしたのですが、日本ではそんなことは起こりませんね。起こらないと思いますよ。しかも皆さん方に時間軸さえきちんと理解していただければ。実は不十分だ不十分だと皆さん方はおっしゃいますが、ほぼだいたい、今言ったような話をお聞きになれば、ほぼだいたい避難計画については、もし何か起こったとしても、その時間軸もありますので、だいたいパーフェクトに対応できていると私は思いますね。そこでこれはおかしいというのがあれば、その事象についてはまた対応しなければいけませんが。

 例えばマグマの話もそうなのですが、桜島の大正噴火くらいでも何ということないですよね。九州電力は1万数千年前の桜島の噴火をシミュレートして、川内原子力発電所にはだいたい15センチ灰が積もるが、それでも安全と、桜島で問題が起こらないとすると姶良カルデラとかそういうことですが、姶良カルデラが昔みたいに、何万年前のああいう状況になれば鹿児島は全滅ですから、そうすると南九州が全滅なのです。原発どころの話ではないので、そこのところの議論がもう少し成熟しなければいけないと思いますね。

―― バスの運転手さんの防護服とかなんとかは、私の頭の中ではその事態は発生しない
―― (スリーマイルでは)フリーウェイがパンクしたのですが、日本ではそんなことは起こりません

 ここでも希望的観測のはずが、断定になっている。知事の頭の中になくても、事故が起きれば防護服は必要。フクシマ以後、これは“想定外”のことでは決してない。また、日本の道路がパンク(渋滞)しないなどと、どういう根拠で断定できるのかも示されていない。「原発事故は起こり得ない」、そう思い込んでいるからこその発言なのだ。当然、過酷事故対策も、知事にとっては大した話ではなくなる。

【記者】
 原発の避難の関係で、避難する側と避難を受け入れる側の連携のことでお尋ねさせてください。PAZの5キロ圏内が基本的に避難をする想定で避難計画はできていますが、避難を受け入れる自治体の方からは、「実際どのような対応をすればいいのか」というような、「そこらが具体的にはっきりわからない」という声が上がっています。知事は、避難所周辺の交通整理に始まり、例えば避難を受け入れて、長期化した場合に、受入市が実際にどういう対応を取ればいいのかということについて、改めて今後避難の受入自治体を集めて、何らかの対応を取っていかれるというお考えはないでしょうか。

【伊藤知事】
 たぶんそういう機会も必要かなと思いますので、そういう作業もやらなければいけないかなとは思います。ただ、1対1で聞くと案外難しいとおっしゃるかもしれませんが、普通の避難なのです。口永良部島で公民館に避難しました。あれと何ら変わるところはないので、結局ああいう形になるわけでしょう。避難するとどこか公民館等に行って、そこでどういう対応というのは、普通の避難民を受け入れるのと同じ対応ですよね。ただその時の経費等々はまた別の体系でみるというだけで。ですから何を難しい難しいとおっしゃっているのか、私にはよくわからないのですが。ただ、全体が見えていないので、どういう手順になるかという意味では心配があるかもしれません。ですからそういう意味では、受け入れられる自治体の職員の方々にも、もし何かあった時にはこういう手順でやりましょうねという話は、それはしなければいけないかなとは思いますよ。思いますが、そんなに難しい要件がそこにあるとは、私は思いません。普通に避難を受けるのと全く一緒ですよね。今回台風が来ました。避難準備情報を出して避難されました。それと同じですよね。どれくらい長くなるかというのは、また次の問題で、口永良部島など、それとはまた別の問題ですよね。東北みたいなことになったらもう最後ですが。例えば仮設住宅、そういうのを含めて、一つ一つ手順を踏んでいくと、そんなに難しいテーマはないと思いますよ。

 ここまで来ると不見識というより無知。原発の過酷事故と、口永良部島の噴火を同列で論じ、万が一の場合の避難を「公民館に避難するのと同じ」なのだという。“原発の事故は起こらない”という前提に立てば、かくも能天気になれるのである。次のくだりもその一例だ。

【記者】
 バス会社との協定についてですが、運転手まで話が下りてきていないという声も聞かれますが、今後、運転手の教育や線量計の購入、そのあたりの具体化について何かお考えはありますか。

【伊藤知事】
 バス会社の方、今いろんな協定上、どの程度の放射能を浴びるという基準等々もありまして、作っていますので、そんなにクリティカルな状況でバスの運転手さん方に作業をお願いするということは、私はまず起こらないと思っているのです。


 クリティカルとは「危機的」の意。わざわざ使わなくてもいいところで横文字を入れるのが、伊藤知事の特徴。鼻持ちならないとは、こういう人のことをいう。“要介護者をバスで運ぶ状況にはならない” ―― ここでも原発の過酷事故は起こらないという前提に立っているのだ。知事は、完全に「安全神話」に酔っている。それも知事自身が創り上げた「安全神話」にだ。

「テロ等によるものを除く」
実用発電用原子炉に係る新規制基準について 見てきたように、知事は原発の過酷事故と真剣に向き合う気がまるでない。この強気を支えているのが、発言の冒頭にあった「百万年原子炉が運転して、初めて1回事故が起こる」という考えだ。知事は、原発が稼働して百万年後にしか事故が起こらないとでも思っているのだろうか?「私の知見」などと偉そうに言っているが、「百万年原子炉が運転して、1回の事故」は、知事の知見ではない。知事自身が話しているように、これは原子力規制委員会が公表したもの。しかし、「百万年原子炉が運転して、1回の事故」を保証したのではなく、あくまでも「目標」。そこは明確にしておく必要がある。右は、規制委が公表した資料の表紙、そして下がこの資料の最後のページだ。

安全目標について

 安全目標の②には、<放射性物質による環境への汚染の視点も取り込むこととし、事故時のCs137の放出量が、100TBqを超えるような事故の発生頻度は、100万年に1回程度を超えないように抑制されるべきである。>とある。Cs137とはセシウム137、100TBqは100テラベクレルで、知事が会見の中で話した基準値はこの引用である。だが、②の下には、赤いアンダーラインで示したように、「テロ等によるものを除く」。安全目標は定めたが、「テロ等」の非常事態はこの限りではないと断っているのである。「等」と言うからには他にも安全目標が崩れる要因があるのだろうが、さしあたって視野に入るのは「テロ」。つまり、テロが起きれば原発の安全は保証できないということだ。

川内原発の実情
 下の写真、左は川内原発の海側。原発の温排水を放出する「放水口」そばの砂浜から撮影した一枚だ。中央上に原子炉建屋が見える。つい最近まで、撮影場所に行くことは容易で、原発の敷地内に入り込もうと思えば、できないことはなかった。現在は立ち入りを禁じる看板が立っているが、設置された監視カメラで侵入者を発見しても、相手が武装している場合は手も足も出ないだろう。原発には、自衛隊が常駐しているわけではないからだ。つまりテロ対策など皆無といった状況なのである。

川内原発海側 1 川内原発海側 2

 砂浜をさらに原発に向かって歩くと、フェンス越しにあるのが右の写真の「放水口」。このとおり、潮が引けば剥き出しとなる。原発の敷地内に入らなくても、放水口や取水口には、どの原発でも容易に取りつくことができるのである。放水口や取水口が破壊されたらどうなるか――福島第一のケースが雄弁に物語っているように、原子炉を冷やす冷却水の温度が下がらず、原発そのものが重大な危機を迎えることになる。

県民からも厳しい批判
 伊藤知事は、「百万年原子炉が運転して1回の事故」という前提を、「テロ等」の脅威が崩してしまうことを自覚していない。知らなかったというわけではあるまい。重要な部分を省いて、都合よく使っているだけなのだ。仮に、この停止条件を知らなかったとすれば、この独裁知事はあまりに無責任。この知事の下で策定された避難計画が、信用できるはずがない。15日には、川内2号機が再稼働する見通しだというが……。

 知事の会見記録を読んだある鹿児島県民は、次のように話している。
 ―― 会見の記録を読んで、知事は原発事故がまず起きないと断言し、仮に起きたとしても大したことにならないと極めて都合よく見ていることがわかります。「福島のようなことが起きたら最後ですが」と他人事のように言い、避難訓練の必要性すらないかのような話しぶりです。今般の桜島や口永良部の噴火ぐらいのレベルしか想定していないがゆえに、一自治体の公民館への避難ぐらいで済むという話になるのです。

 わけのわからない、合ってるかどうかもわからない数式を並べ立て、聞く者を煙に巻く――。知事が、過酷事故の場合の避難など何も考えていないことがよくわかりました。これから作業を進めるとはどういうことでしょう。“一億総活躍”と同じ類でしょうか。“安全神話”というよりも、知事の無知がなせる愚行なのかもしれません。こんな無責任な人間が、原発の再稼働に同意する権限を握っているとは……。県民を危険の渦に突き落とすとは、伊藤さんは悪代官を通り越して、まさに悪魔です。(鹿児島市在住の公務員)



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