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まるで北朝鮮 警察使って「官邸撮るな」 ― 暴走する安倍政権の正体

2015年7月 8日 08:35

首相官邸前 自由主義を標榜する政党の政権が、国の象徴ともいえる風景を「撮るな」――永田町の首相官邸前で、警備の警察官から写真撮影を止められた瞬間、“いよいよこの国も北朝鮮並みの秘密主義国家になったのか“と心が重くなった。
 国民の自由を、警察の威圧力で制限させるという安倍政権の歪んだ姿勢。これこそ、「美しい国」を目指す安倍政権の正体だ。
 特定秘密保護法の制定、解釈改憲による集団的自衛権の行使容認、来週にも強行採決が予定される安保関連法案……現出した「新たなる戦前」が、早くも国民生活に影を落とし始めている。

警備の警官――「官邸撮るな」
 先月末、別件取材のついでに立ち寄った永田町で、思わぬ事態に遭遇した。安保関連法案の国会審議が進むなか、首相官邸の画像でも残しておこうと、国会議事堂側から何気なくカメラを構えたとたん、後ろから「官邸を写しているのなら、やめてもらえますか」の声。振り向くと、周辺警備の警察官が睨みつけてきた。

 我が国の首相が執務する総理官邸を「撮るな」など、これまで一度も言われたことがない。30年に及ぶ永田町との付き合いだが、初めての経験である。そもそも、何の権限があって写真を撮るなと言えるのか?警察官は上からの指示に従っているのだろうが、こちらも仕事。“話は承った”として、撮影を続けた。下は、その時の1枚である。

DSC03259.jpg

 カメラを構えている間中、警察官は傍を離れようとしない。それどころか、「ほとんどの人が納得してくれるんですが」と食い下がってくる。どうやら、撮影を制限するという愚行が、常態化しているようだ。

撮影制限――指示は「官邸」
 一体、誰の指示によるものなのか確認した。職務に忠実な警察官曰く「官邸からの指示です」。つまり、安倍政権の指示。戦争好きの極右政権は、警察を使って、国民が風景写真を撮る自由さえ制限しているのである。

 いかに政権の命令があるとはいえ、風景を撮影して、捕まったという話は聞いたことがない。そもそも、官邸前で写真撮影を止めるための法的な根拠などあるはずがない。もう少し、実態を確認してみたくなった。

 今度は、道の反対側にある国会記者会館側に移動。カメラを官邸ではなく「議員会館」に向けて構えてみた。すると別の警察官が「議員会館は撮らせてもいいのか」と無線で尋ねている。官邸だけでなく、議員会館まで撮るなというのか!――面倒なので、こちらから“もう聞きました。官邸撮るなというんでしょ。まさか議員会館まで?理由は?”と矢継ぎ早に質問してみた。「理由は分からないんですが、官邸からそう言われているので」。正直な警察官だった。

 翌日、官邸を国会議事堂側から見る場所に立って再びカメラを構えた。昨日とは違う警察官だが、撮影にストップをかけてくるのは同じ。やはり「官邸を撮るな」と言う。理由を聞いても、これまた正確な答えは返ってこない。ただし「官邸からの指示」であることだけは、すんなり認めてくれた。

逃げる官邸――警察に責任転嫁
 警視庁は、組織的に官邸の撮影制限に動いている。絶対に容認できない。指示を出したという官邸に電話を入れ、「取材」と断った上で、なぜ警察を使って官邸の写真撮影をやめさせるようなマネをしているのか問いただした。

 待つこと10分。返ってきたのは「こちらとしては、警備をお願いしているだけです」という間の抜けた答え。『責任は警視庁』にある、と言いたいらしい。何度訊いても答えは同じ。写真撮影をやめさせるという指示については、肯定も否定もしない。「こちらとしては、警備をお願いしているだけです」の一点張りである。姑息と分かっていても同じ答弁を繰り返すというのは、低俗な政治家や役人が、尻尾をつかまれたくない時に用いる常套手段である。首相官邸のレベルが、堕ちるところまで堕ちたということだ。

滑稽と言うしかないが……
 それにしても、滑稽な話と言うしかない。官邸の写真を撮ろうとすれば、官邸前の道路を走る車の中からはもちろん、議員会館からでも可能。下の写真は、そうしたワンショットである。

DSCN0047-2.jpg

 グーグルが運営する「グーグルアース」なら上空からの官邸が丸見え。ストリートビューには、警察官が制限している官邸正面からの画像がバッチリ写っている。官邸は、報道で繰り返し流されてきた永田町の一風景でもある。一度も公開されていない場所や軍事施設ならまだしも、誰もが知っている官邸を「撮るな」というのは、警備の一環だとしても明らかに行き過ぎ。撮影制限を頼んだはずの官邸が、「うちは知らない」という姿勢に終始するのも問題だろう。

安倍政権の危険性
 現場に責任を押し付ける官邸の姿勢は、海外で突発的な武力攻撃を受けた場合の対応を「現地の自衛隊指揮官が判断する」とした無責任な安倍首相の国会答弁と通底する。安倍にとって、警察や自衛隊は使い捨てが当然の“駒”。彼には、先の大戦で敗戦を招いた愚劣な大本営参謀と同じ思考回路しか備わっていない。

 一方、力で自由を制限する手法は、首相に近い自民党若手の勉強会「文化芸術懇話会」で政府に批判的な報道を封殺しろと騒いだ、右翼作家や安倍チルドレンの主張とも重なる。この国の権力が、大きく歪みはじめている証左と見るべきだろう。

 歪んだ権力が国を支配した結果が、70年前の日本。そこに至る過程で、治安維持法や国家総動員法という希代の悪法が、、国民から自由を奪い去ったことは周知の通りだ。特定秘密保護法、安全保障法制――いずれも戦前の悪法を再現するもの。アベノミクスとやらに振り回されているうちに、この国の自由や平和が崩れ去ろうとしている。

 自由主義社会のどこに、国の代表が執務を行う場所の撮影を制限している国があるのか?思いつく限りでは、北朝鮮という“ならず者国家”しかない。ただ、日本にも、同じように権力が国民の自由を制限した時代があったことを忘れてはなるまい。特高警察が国民を監視して、あらゆる自由を奪い去ったのは、わずか70年ほど前のことである。



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