タブレット端末を使った教育事業をめぐり、「OSはios7以上、Android4,2以上、Windows8/RT」と定めただけで機種の絞り込みを避け、武雄市に下駄を預ける形で幕を閉じた同市の諮問機関「武雄市ICT教育推進協議会」(座長:松原聡東洋大教授)。12人の委員のうち4人が、デジタル教科書・教材の普及を目指す業界団体「デジタル教科書教材協議会(DiTT)」(会長:小宮山 宏 三菱総研理事長)のメンバーだったため、端末選びは混迷。主役である子どもを置き去りに、「一人1台のパソコン」が目的化していた。
不適切な機種選定過程が、公費を使った教育事業を大きく歪めたのは事実。端末がiPadからアンドロイドOSの恵安社製に替わった裏に、別の会社が介在していたことが新たに判明。端末の取引価格が不当に上げられた可能性が出てきた。
iPadから恵安製タブレットに急展開
もう一度、ここまでの動きを整理しておく。恵安製タブレット端末が急浮上したのは、平成25年8月に東京で開かれた第2回協議会でのこと。『OSは、アンドロイド、ios、ウィンドウズ』という一次答申の内容に従って提示された該当機種について、業者を呼んでの聞き取りを実施した時だった。ここで初めてOS開発企業でもない「パナソニックソリュージョンテクノロジー」が、恵安製タブレット端末についてのデモを実施。会議の終盤、「使いやすさではiPadmini、価格ではAndroid」との見方を示した座長の松原教授は、さらに踏み込んで「デバイスの資料に恵安を加える」と宣言していた。
次いで第3回協議会。武雄会場で開催された会議には、DiTT組の4人は不参加。そこに登場したのは、第2回東京会議に呼ばれていたパナソニックの担当者だった。「使いやすさではiPadmini、価格ではAndroid」として二つの機種に絞り込んでおきながら、iPadを扱うAppleサイドからの説明はなし。パナソニックの担当者が持ち込んだ端末は、もちろん「恵安社製」。誰かが意図的に恵安製タブレットを売り込んだ――そう見られてもおかしくない舞台設定だった。
そして、具体的な機種の選択を諮問されたはずの協議会は、結論を出さずに終了。会議で「使いやすさではiPadmini、価格ではAndroid」と決め込んでおきながら、最終答申には消えたはずのWindowsまで復活させていた。“機種は問わず”の結論。背景にあるDiTTという団体のお家の事情については、第1回協議会(東京会議)でのDiTT理事による次の発言が、実情を物語っている。
―― これからはDiTTというか、DiTTとその他の・・・・DiTTと会員の関係で、あまり○×みたいなのつけられないというので……DiTTには様々な企業が会員として参加しているが、そうでない企業もある。組織内でも外でも競合があり、DiTTの理事である自分としては「○×が付けにくい」と言っているのである。ある意味、正直な発言とも言えそうだが、人選に問題があったことを裏付ける発言だった。
疑惑のプロポーザル審査
最終答申から3ヶ月後の25年12月。武雄市は、機種選定を密室審査に切り替え、「武雄市小中学校タブレット端末導入選定委員会」なる組織を設置し、プロポーザル方式による業者選定を行う。この形なら役所や協議会が機種を決め込む必要がなく、どういった端末を出すかはプロポーザルに参加した業者次第。協議会の議論をリードしたDiTT関係者も、恨みを買うことはなくなる。だが、この業者選定も「疑惑」まみれと言うしかない。
公募が一般的なプロポーザルには珍しく、あらかじめ3社を指名しての審査。指名されたのはiPadで実績のあったソフトバンクグループの「エデュアス」、同じくiPad教育事業で業務を受注していた「学映システム」、そしてもう一社が教育事業での実績に乏しかった「NTTデータカスタマーサービス」だった。
結局、学映システムは参加を辞退。エデュアスとNTTデータカスタマーサービスの一騎打ちとなった争いは、大差で勝敗が決まっていた。隠蔽が相次いだタブレット端末事業に関する情報公開で、武雄市が隠していた文書のひとつが審査会の採点表。下がその現物の写真だ。
武雄市においてはiPadで実績十分のエデュアス。当然iPadを出してくるものと思われていたようで、「アンドロイドにはびっくりした」という感想も――。しかし、各委員からは高評価ばかり。圧倒的な強さで受注を決めていた。なじみがなかったのか、NTTグループにとっては散々の結果。同グループの対応に、「意欲が感じられない」という感想を持った委員もおり、本気で受注する気があったのか疑わしい状況だ。“お付き合い参加”ではなかったのか――そうした疑念さえ浮かんでくる選定だったのである。
なにはともあれ、選ばれたのは「エデュアス」。そして、iPadが得意なはずの同社が提案した機種こそ「恵安」の端末だった。驚きの展開だが、契約自体には問題がない。しかし、武雄市と同社の間にもう一つの会社が介在していたことが、明らかになってきた。
取引過程に別の1社が介在
市教委の職員に、開示された文書について確認を求めていた時のことである。端末が故障や不具合を起こした場合、どのような対応をしてきたのかと聞いた記者に対し、ある職員がこう口走った。
「それは、パナソニックさんも入っているので……」
端末を納入したのはエデュアス。製造は恵安で、この時点ではパナソニックなど、どこにも出てきていない。聞きとがめた記者が、さらに話を聞こうとした途端、上司である課長が慌てて会話をさえぎった。(何かを隠している)――そう確信した記者が開示文書を精査するなか、見つけたのが下。恵安製タブレット端末のパンフレットである。中学校向けのタブレット端末を選定する折、エデュアスが市に提出した資料の中にあったものだ。
「お問い合わせ先」には、エデュアスではなく「パナソニックソリュージョンテクノロジー」。協議会で2度にわたって恵安製タブレット端末の説明に招かれた企業だ。実機を直接武雄市に販売したのはエデュアスだが、製造元の恵安との間に、パナソニックソリュージョンテクノロジーが入っていた可能性が高い。事実なら、協議会の途中から「出来レース」が行われていたことになる。取材を続けたところ、パナソニックの介在を認める複数の証言を得ることができた。協議会、プロポーザル審査、ともに仕組まれた機種選定だったと言うべきだろう。
中間にもう1社存在した場合、機材価格に余分な金額が上乗せされるのは常識。タブレット端末の導入価格に疑問が生じるだけでなく、事業そのものの正当性が問われる事態となった。
情報公開で隠ぺいを繰り返してきた武雄市が恐れていたのは、樋渡改革市政の裏で動いた不当な利益――そう考えると合点がいくのだが……。