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歪む教育 ― 学校長「まずは、子どもたちにタブレット」 
武雄市タブレット端末教育事業 疑惑の機種選定(5)

2015年5月25日 08:30

議事録 佐賀県武雄市で樋渡啓祐前市長が市内の全小中学校で推進したタブレット型端末を使った教育事業。改革市政の目玉として注目された取り組みだったが、実態はデジタル教科書・教材の普及を目論む業界団体「デジタル教科書教材協議会(DiTT)」(会長:小宮山 宏 三菱総研理事長)と樋渡氏が組んだパフォーマンス。公金を使った事業は、主役であるはずの子どもを置き去りに、DiTTが掲げた「全国の児童・生徒に一人1台のPC」を実現するための布石になっていた。
 教育を歪めたのは、DiTTのメンバー4人が入った同市の諮問機関「武雄市ICT教育推進協議会」(座長:松原聡東洋大教授)。そこでの「機種選定過程」に絞って、検証を続ける。(写真は、武雄市ICT教育推進協議会の議事録)

中学校長―「システム構築より一人1台」の暴論
 平成25年4月、樋渡市長(当時)は、自らが設置した「武雄市ICT教育推進協議会」(座長:松原聡東洋大教授)に対し、次の3点について諮問を行った。

・武雄市立小中学校の児童生徒に整備するタブレットPCの機種
・整備する対象の学年
・タブレットPCに整備するコンテンツ

 諮問を受け、同月中に東京、武雄の2会場で開かれた第1回協議会の結果、導入機種は「iPadmini」に――。ところが、5月になって出された「答申」ではiPadのことには一切触れず、整備対象を全学年とすることで、DiTTが目指す「児童・生徒にタブレットPC一人1台」の実現を強調する形となっていた。

 ここに至る協議会での議論については、開示された「議事録」を抜粋する形で報じてきた通り。「一人1台」にかけるDiTTのメンバー4人を中心とする東京会場での議論は、教育とは無縁。業界団体の意向を代弁する学者たちの、作戦会議の場となっていた。

 一方、武雄市の学校関係者を集めた武雄会場での議論も五十歩百歩。東京での会議結果を追認したばかりか、ある中学の校長からは、次のような仰天発言まで飛び出していた。

市教委職員:次に整備する対象の学年についてですが、小学校1年生からから中学校3年生全員にということなんですが、いかがでしょうか。

中学校長:予算があると思いますが、システムに金をかけるよりは、タブレットに金をかけて、システムは追々でもまずは、子どもたちにものを持たせるという方がいろんな理解が得られるのかなと思います。システムは大事なんですが、構築のために、タブレットの数を減らすというのは逆なのかなと思う。まずは、子どもたちにタブレットを配布し、できる分でシステム構築をするという発想で、是非子どもたち全員にタブレッド端末配布を実現して欲しいなと思います


 システムが未構築ならタブレット端末はただの画面。役に立つはずがない。しかしこの発言者(中学校長)は、子どもたち全員にタブレッド端末を配布することに意味があるという考え方。DiTTの委員たちとまったく同じ方向性で、事業を捉えていた。まるで、子どもにおもちゃを与える時の大人の感覚。“気は確かですか”と問いたくなる。

反故にされた協議会の議論
 目的はどうであれ、会議の結果を踏まえた答申である以上、機種は「iPadmini」と明記するのが当然。しかし、座長である松原教授がまとめたとされる答申は、機種について次のようなぼやけた表現にとどまっている。

1 タブレットPCの機種
 タブレットPCは、大きさでは7インチ、10インチ、OSでは、アンドロイド、ios、ウィンドウズに大別される。大きさについては、小学校低学年への配布、現行のタブレットPC、電子書籍デバイスの販売状況(人気)などを勘案して、7インチのサイズが望ましい。具体的な機種は、OS、価格などを勘案して、導入時までに決定すべきである。なお、障がいのある児童生徒に配慮し、操作しやすい10インチサイズのデバイスを一定数導入する必要がある。また、デジタル教科書デバイスの導入に際しては、デジタル教科書デバイスの配布を優先し、関連設備は順次、整備を行っていくことが考えられる。

 協議会での議論は、いつの間にか反故にされた形。裏で、「iPad」を断念せざるを得ない出来事が起きていたとみられるが、ここまでも、その後も、残された記録からiPadを断念した理由を知ることはできない。少なくとも答申案をまとめた協議会座長の松原東洋大教授と樋渡市長は、「iPad」を除外することを共通認識にしていた可能性が高いが、表面上はそのそぶりさえ見せていない。これは、答申後に行われた記者会見における樋渡氏と記者とのやり取りからも明らかだ。

記者:今回、要請を受けまして全ての小学校にiPad を配るということになりましたけど、改めてその経緯について簡単にどのような思いがあったかを教えて頂いてもよろしいですか。

樋渡市長:はい、あのすでに3年前に武内小学校と山内東小学校にiPad を導入しでものすごくやっぱ効果が上がっているんですよね。一番上がったのは成績が伸びている、それと次に子どもたちがiPad 楽しいっていうのが8割、9割の子が、9割5分か、もうぜひやりたいっていう風に言っているので。これ2校だけだともう不平等だと思ったんですよ。で、しかも学年を区切るのも改めて不平等だと思ったんでね、だから全小学校中学校そして、あれですよね、全、みんなに配りたいなと、4,000台、ていうのは思いましたけどね。

 答申では機種について断定しておらず、『OSでは、アンドロイド、ios、ウィンドウズ』と明記。端末をどの機種にするか未定であることを示している。しかし、質問した記者が間抜けだったのか、あるいは仕込み質問だったのか、『全ての小学校にiPad を配る』ことについて、市長の思いを尋ねている。だが、公表された答申のどこにもipadを配布するなどとは書かれておらず、整備対象も「小中学校全学年の全児童生徒(約4,000名)全員」(同答申より)。質問の前提自体が間違いであるにもかかわらず、樋渡氏は、記者の発言について訂正も否定もしておらず、あたかも機種がiPadだと認めた格好。意図的にiPadへの言及を避け、ごまかしたともとれる。

 当初iPadを想定した機種選定に齟齬が生じた結果、この後の協議会の運営は、かなり不自然な形となっていく。自治体の事業をめぐる「諮問―答申」は1回で終わるのが一般的。しかし、「一人1台」に固執したことでiPadを選べなくなった樋渡市政とDiTT所属の委員たちは、「二次諮問」という形で、体裁だけを整える方針に転換する。

つづく


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