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沖縄について考えてみませんか?

2015年4月13日 09:20

キャンプ・シュワブ 争点が絞られた選挙を4回やって、民意が明確に示されたとする。仮に「本土」でそうした事態が起きた場合、時の政権は民意を尊重する動きを余儀なくされるはずだ。憲法に議会制民主主義や主権在民を掲げる国家なら、当たり前のこと。多くの国民は、そう思っているだろう。だが沖縄は、政府から民主主義を否定され、県民の声を黙殺されているのが現状だ。
 米軍普天間飛行場(宜野湾市)の名護市辺野古への移設をめぐって、沖縄の民意を踏みにじる安倍政権に、県民の反発が強まっている。なぜこの国は沖縄だけに犠牲を強いるのか――。(写真はキャンプ・シュワブのゲート)

「粛々」
 今月5日、沖縄を訪問した菅義偉官房長官が、翁長雄志沖縄県知事との会談で「日米同盟の抑止力の維持、普天間飛行場の危険除去を考えた時に、辺野古移設は唯一の解決策と考えている。政府としては、住民の生活や環境に配慮し、工事を粛々と進めている」と発言。改めて基地移設の方針を変える意思がないことを示した。

 これに対し、翁長知事は『粛々』という言葉が「上から目線」であるとして激しく反発。沖縄全体に知事への共感が広がったことで、菅氏は『粛々』の封印に追い込まれる。

 騒ぎが収まらぬなか、今度は安倍晋三首相が、8日の参院予算員会で辺野古移設について「既にある法令にのっとって粛々と進めている」と答弁。再び世論の反発を招いたことで、翌日には「政府として『粛々』という言葉を使っていましたので、やめてもらいたいということであれば、これはあえて私も使う必要はない」として、粛々の「自粛」を宣言した。両人とも、沖縄への謝罪はなし。統一地方選挙の真っ最中であったことから、自民党候補への反発を抑える意味が大きかったと見るべきだろう。

 そもそも、『粛々』とは“ひっそり”とか“おごそか”である様を表す語。しかし、政治家や役人が使う場合は、「何があろうと、やり通す」という別の意味を持っている。安倍政権は、かねてから「粛々」を常用してきており、沖縄の民意がどうであろうと、基地移設を進めるという意思を鮮明にしてきた。問答無用の、まさに上から目線。4回もの選挙で民意を示してきた沖縄県民が、反発するのは当然である。

沖縄の民意
 昨年1月、辺野古移設の是非が問われた名護市長選で、移設反対を訴えた現職が勝利。次いで7月の名護市議選(定数27)でも、移設反対派が14議席を獲得して過半数を維持する結果となった。注目された11月の沖縄県知事選挙では、移設反対の翁長氏が10万もの票差をつけて圧勝。続いて行われた暮れの総選挙においても、県内四つの小選挙区を押さえていた自民党の公認候補が、翁長陣営=「オール沖縄」の候補者に完敗している。沖縄の民意が「辺野古移設反対」であることは明らか。しかし、安倍政権は一連の選挙結果を黙殺し、移設に向けた準備作業を進めてきた。

辺野古移設反対

 政権が移設を進める根拠として挙げているのは「普天間の危険性除去」。だが、この主張こそが、沖縄が抱える問題を矮小化し、国民を欺くための道具になっている。下は普天間飛行場の全景だ。市街地のど真ん中に米軍基地が存在し、上空を軍用機が飛び回るというのは、確かに危険である。実際、2004年8月には、普天間基地の隣にある沖縄国際大学に、同基地所属ののヘリコプターが墜落する事故も起きている。一日も早く、飛行場を撤去してもらいたいというのは、宜野湾市民全体の願いだろう。しかし、沖縄全体の願いは、普天間はもちろん、すべての基地を沖縄からなくすこと。普天間返還だけで、事が終わるというわけではない。「普天間」が「辺野古」に変わっても、米軍基地の面積が減るわけではないのだ。

普天間基地

 普天間飛行場のある場所は、沖縄戦さなかの1945年に、米軍が民間地を強制的に接収した土地だ。沖縄が頼んで整備された基地ではない。沖縄の米軍基地は、どこも同じような経緯で取り上げられたというのが実態だろう。戦時中、本土の捨て石にされたうえ、戦後は国土の0.6%にしか過ぎない沖縄に、75%の米軍基地が集中する状況が続いてきた。普天間の写真が語るように、日常生活の中で、沖縄県人は絶えず「戦争」と向き合うことを強いられてきたのである。“普天間基地を移設してやる”と言わんばかりの日本政府の態度が、沖縄県民に受け入れられるはずがない。基地がなくなるのは当たり前。移設先が県内という政府の方針に、「ありがとうございます」と喜ぶはずがない。理不尽の代償は膨大な沖縄振興費だったが、ここに来て、その手法も通用しなくなっている。

 沖縄県民の怒りに火をつけたのは、安倍首相と仲井眞弘多前知事だ。一昨年12月、仲井真氏が辺野古埋め立てを承認した際に、引きかえにしたのが毎年度3,000億円の沖縄振興予算。カネで沖縄の心を売り買いした形の仲井真氏と安倍政権に、県民の反発が高まったのは周知の通りだ。オール沖縄が各種選挙で勝利をおさめているのは、安倍政権に対する沖縄県民の怒りの表れ。キャンプ・シュワブのゲート前や辺野古沖では、辺野古移設反対を訴える人々が抗議行動を続けている(下の写真)。

辺野古

本土の私たちにできること
 首相や官房長官が事あるごとに発するのが「法令にのっとって」。拠りどころとしているのは、大正10年に施行された「公有水面埋立法」とその関連法だが、この主張は間違いだろう。そもそも、憲法こそがこの国の最高法規であって、国内の法令が憲法を優越することはない。日本国憲法の前文には、主権が国民にあることや議会制民主主義も謳ってある。まず最優先されるべきは、沖縄の「民意」なのだ。

 前述したように、沖縄では、辺野古移設の是非が問われた四つの選挙で「移設反対」の候補が勝利している。地元首長や議会、知事、さらには国会議員までが移設反対派で占められており、憲法の趣旨からすれば、移設は絶対に認められないはず。安倍政権がやっていることは、国として死守すべき原理・原則の放棄であり、民主主義の否定なのである。

 もう一点、憲法上の問題として捉えるなら、米軍基地に県土の大半を占有されている沖縄に、基本的人権や健康で文化的な生活があるのか、という疑問もある。

 沖縄の犠牲の上に「本土」の繁栄があるのは事実だ。戦後70年、私たち本土の人間は、いまこそ沖縄に手を差し伸べるべきではないか。なにも難しい話ではない。政権に対し、「沖縄の民意を尊重しろ」と声を上げればいい。“それでは、あなたの住む街に基地を造ってももいいのか”と切り返してくるだろうが、「日本に米軍基地はいらない」と言えば済む。米軍を助けることのできるほどの軍隊を持とうという安倍さんのこと、できない相談ではあるまい。



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