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「わが軍」発言の真意

2015年3月30日 09:30

安倍首相 今月20日の参院予算委員会で、安倍晋三首相が自衛隊を「わが軍」と呼び、物議を醸す状況となった。憲法上、自衛隊は戦争遂行を目的とした「軍」ではないからだ。
 一斉に起こった野党各党の批判に対し、首相は27日の参院予算委で、発言について「共同訓練の相手である他国軍との対比をイメージし、自衛隊を『わが軍』と述べた。それ以上でもそれ以下でもない」と強弁。政権の要である菅義偉官房長官も「問題ない。自衛隊も軍隊の一つだ」と首相を擁護し、訂正も謝罪も行わない構えだ。
 「戦争ができる国」が現実味を帯びるなか、自衛隊を「軍」と呼んだ首相。その真意は……。

「軍」を否定した憲法9条
 日本国憲法は、第9条で次のように規定し、戦争放棄と戦力不保持を謳っている。 

1 日本国民は、正義と秩序を基調とする国際平和を誠実に希求し、国権の発動たる戦争と、武力による威嚇又は武力の行使は、国際紛争を解決する手段としては、永久にこれを放棄する。
2 前項の目的を達するため、陸海空軍その他の戦力は、これを保持しない。国の交戦権は、これを認めない。

 9条2項をみれば、「陸海空軍」つまり『軍』を保持できないということは、子どもでも理解できる。戦争を放棄し、平和を希求するためには、軍を持ってはならないというのが9条。この条文があったからこそ、日本は国際社会の中で一定の評価を受けてきた。裏返せば、「戦争ができる国家」を目指す安倍政権にとって、もっとも邪魔な存在が9条。とりわけ、絶対に容認できないのがその「2項」なのである。集団的自衛権の行使容認に向けて議論が進んでいた頃、自民党の高村正彦副総裁は「9条の2項は、削除する必要がある」と明言している。

安倍自民が削除したい「9条2項」
 自民党は2012年4月、「日本国憲法改正草案」を公表した。条文としては簡潔、明瞭な現憲法の9条が、自民党案では次のようにダラダラとしたものになっている。

第二章 安全保障
第9条(平和主義)
1 日本国民は、正義と秩序を基調とする国際平和を誠実に希求し、国権の発動としての戦争を放棄し、武力による威嚇及び武力の行使は、国際紛争を解決する手段としては用いない。
2 前項の規定は、自衛権の発動を妨げるものではない。

第9条の2(国防軍
1 我が国の平和と独立並びに国及び国民の安全を確保するため、内閣総理大臣を最高指揮官とする国防軍を保持する
2 国防軍は、前項の規定による任務を遂行する際は、法律の定めるところにより、国会の承認その他の統制に服する。
3 国防軍は、第1項に規定する任務を遂行するための活動のほか、法律の定めるところにより、国際社会の平和と安全を確保するために国際的に協調して行われる活動及び公の秩序を維持し、又は国民の生命若しくは自由を守るための活動を行うことができる。
4 前2項に定めるもののほか、国防軍の組織、統制及び機密の保持に関する事項は、法律で定める。
5 国防軍に属する軍人その他の公務員がその職務の実施に伴う罪又は国防軍の機密に関する罪を犯した場合の裁判を行うため、法律の定めるところにより、国防軍に審判所を置く。この場合においては、被告人が裁判所へ上訴する権利は、保障されなければならない。

第9条の3(領土等の保全等)
 国は、主権と独立を守るため、国民と協力して、領土、領海及び領空を保全し、その資源を確保しなければならない。

 自民党案の1項では、現行憲法同様に戦争放棄の方針を堅持しているかにみえる。しかし、戦力としての軍の保持を禁じた現憲法の2項は削除されており、新たに無駄な「自衛権の発動を妨げるものではない」を追加。そのうえで9条の2に国防軍の保持を明記している。わざわざ「国防軍」としたことは、自衛隊が軍ではないことを同党が自覚している証拠だ。自民党案2項以降を加えたことによって1項との整合性がなくなっており、現行憲法の平和主義は跡形もない。

 集団的自衛権の行使容認に踏み切り、これを盾に世界中のどこででも武力行使が可能となるようにしたのは安倍首相。自民党の憲法改正案を実現するため、解釈改憲で下地作りをしていることが分かる。だが、憲法改正(改悪と言うべきだが)が実現していない現在、公式の場で「わが軍」と呼ぶのは、明らかに憲法の規定に背くもの。野党や識者から批判が出るのは当然だろう。

姑息な政治手法
 こうした批判に対し首相は、27日の参院予算委で、「共同訓練の相手である他国軍との対比をイメージし、自衛隊を『わが軍』と述べた。それ以上でもそれ以下でもない」と強弁。自衛隊が発足した1954年に当時の防衛庁長官が「自衛隊は外国からの侵略に対処する任務を有し、こういうものを軍隊と言うならば自衛隊も軍隊と言える」と答弁したことや、民主党政権時の防衛相が「わが国が直接外国から攻められるならば、しっかりと戦うという姿勢であり、そういう面では軍隊との位置づけでもいい」と述べたことにを引合いに出し、“自衛隊発足時から、国際法的には軍隊と認識されている”との認識を示した。前後レジームの脱却を唱え、歴代政権の全てを否定してきた安倍首相が、この局面では逆。自分にとって都合のいいところは、目の敵にしている民主党議員の発言でも平気で利用する。

 同じようなケースは、これまでにもあった。安倍政権が集団的自衛権の行使容認にあたって解釈改憲の根拠に利用したのが「1972年の政府見解」。当時の田中角栄政権がまとめた政府見解は、集団的自衛権の行使を明確に否定した内容だ。しかし、安倍首相は、同見解に記されていた『自国の平和と安全を維持しその存立を全うするために必要な自衛の措置をとることを禁じているとはとうてい解されない』との一部分だけを利用したのである。姑息な政治手法は、安倍の専売特許といえそうだ。

 そもそも、安倍首相は「軍」と「軍隊」とが違いが分かっていないのではないか。自衛隊はたしかに外形上の「軍隊」ではあろうが、「軍」と呼ぶことは相応しくない。憲法9条との整合性がなくなるからだ。事実、これまでの日本政府は、憲法9条を順守する立場から自衛隊を「通常の軍隊ではない」としてきた。自衛隊が軍隊として位置付けられてきたのは、あくまでも国外でのことであって、国内では専守防衛を原則とする「自衛隊」なのである。語句の解釈からしても、自衛隊が憲法上「軍」であるはずがない。首相の「共同訓練の相手である他国軍との対比をイメージし、自衛隊を『わが軍』と述べた。それ以上でもそれ以下でもない」は、どう割り引いても失言。訂正しなければ、憲法違反と言われてもおかしくはあるまい。

自衛隊を私兵とみなす安倍
 本当のところ、首相の「わが軍」は「私の軍」ではなかったのか――すなわち、自衛隊を自分が戦争を行うための道具だと見ているのではないだろうか。先月のこと、参院予算委で、首相は次のように述べている。「集団的自衛権の行使においても、彼ら(自衛隊員)は命を懸けて日本のために戦う」――首相は、他国の軍隊を守るため、自衛隊員は死ねと言っているのである。まるで安倍の私兵に対する物言い。「わが軍」とは、そうした安倍の心の内が表れた一語だったとも考えられる。

 「戦争のできる国」に向かって暴走する安倍政権。支持率が50%もあるというのが、不思議でならない。戦後70年の歴史は何だったのか……。



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