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僭越ながら:論

ドイツと日本 戦後70年目の違い
― 原発と歴史認識 ―

2015年3月16日 09:15

 東日本大震災と、それに伴う福島第一原発の事故発生から4年が経過した。HUNTERの立ち上げは、2011年3月10日。震災の前日にスタートした記事配信は1,000回を超えた。この間、民主党政権から自・公政権へと移り、国の姿はすっかり変わってしまっている。遅々として進まぬ震災復興を横目に、日本は「戦争ができる国」へと変貌しつつある。
 特定秘密保護法の制定、武器輸出三原則の放棄、集団的自衛権の行使容認――いずれも現行憲法を軽視する安倍首相の仕業だが、総選挙で自・公を勝たせたことで、結果として日本は平和国家たることを放棄してしまった形だ。
 そうしたなか、ドイツのメルケル首相が来日し、首相など政界関係者と会談したことが報じられた。日本とドイツは、かつてイタリアを含めた「日独伊三国同盟」を結び、米・英を中心とする連合国側と第二次世界大戦を戦った関係。浅からぬ縁がある。
 戦後70年、同じ敗戦国でありながら、両国に対する国際社会の見方はあまりに違い過ぎていないか――。

脱原発のドイツ 原発推進の日本
 ドイツはメルケル政権下、2011年3月時点で17基あった原発を、2022年末までにすべて廃止することを決めている。長い期間、国をあげての議論があったことは確かだが、「脱原発」を国家の方針として定めるきっかけとなったのは、福島第一原発の事故である。

 一方、日本はといえば、民主党政権下で2030年代までの「脱原発」を決めながら、安倍晋三の再登場とともに方針転換。原発を「重要なベースロード電源」と位置付け原発推進を宣言し、時計の針を元に戻してしまった。停止中の原発について再稼働を急がせているだけでなく、積極的に原発を輸出するという恥知らずぶりだ。

 原発について、ドイツと日本を同列に論じることはできないという主張もある。しかし、これは強弁だ。脱原発に踏み切るかどうかの判断は、政治が行うもの。要は宰相の「覚悟」と「人間性」の問題なのである。ドイツはメルケルという女性首相が決断を下し、日本では安倍が原発擁護に走った。何がその違いを生んだのかというと、二つの要因が挙げられる。

 まずは原発マフィアと政治との距離。自民党政権は、財界の主流派を占める電力会社や原発メーカーとべったりの関係。野党・民主党の中にも、原発推進の方針を変えようとしない電力労組の手先がいる。原子力ムラの裾野は政・官・産・学に広がっているうえ、読売、産経、日経など一部の大手メディアに至っては、原発推進の旗振り役。脱原発についての広範な議論を阻害する要因がそろっているのだ。かたやドイツにはそこまで腐敗した構図が存在しない。さらに、安倍首相が原子力の素人であるのに対し、メルケル首相は物理学者。宰相二人の、原発との距離感が違いすぎることも見落とせない。

 だが最も大きな違いは、過去に学ぶ姿勢のある、なし。スリーマイル、チェルノブイリ、フクシマという原発事故を直視すれば、「原発は安全」などという世迷言が口から出ることはないはず。しかし、安倍首相や自民、公明の政治家たちは、「世界一厳しい安全基準」に合格したのだから大丈夫などと、新たな安全神話を創り出すことに躍起となっている。

 「安全」を保証できる技術がないことは、既に証明済みだ。福島第一の事故処理をめぐっては、汚染水をたれ流していたことが度々報じられている。東京電力は先月、福島第1原発2号機の原子炉建屋の屋上にたまっていた高濃度汚染水が、外洋に流出していたことを公表した。流出の事実を10カ月間も隠していたことが分かっており、相変わらずの隠ぺい体質を露呈した格好。電力会社を中心とする原子力ムラを信用しろというのは、泥棒に家の鍵を預けろと言っているに等しい。

 東京オリンピック招致の最終プレゼンテーションで、安倍は福島第一原発の影響について次のように明言している。「私が安全を保証します。状況はコントロールされています」。直後の各国メディアとの質疑では、汚染水漏れについて聞かれ、こうも言った。「結論から申し上げればまったく問題ない。新聞のヘッドラインでなく、事実を見て下さい。汚染水の影響は福島第一原発の港湾内の0.3平方キロメートルの範囲内に完全にブロックされています」、「福島の青空の下、サッカーボールを蹴っている子供たちがいる。彼らの未来に責任を持っている」――安倍の発言は、なんの根拠もない口からのでまかせだったということ。国際舞台で平然と嘘をついた政治家を、世界が認めるはずがない。ドイツがフクシマの事故を受けて、脱原発に舵を切ったのとは大違いなのだ。

歴史を認めるメルケル 否定する安倍
 原発に対する姿勢もさることながら、日本とドイツでまったく異なるのは、歴史と向き合う宰相二人の姿勢。来日したメルケル首相は、「第ニ次大戦後の独仏の和解は、隣国フランスの寛容な振る舞いがなかったら可能ではなかった。ドイツもありのままを見ようという用意があった」と語ったという。

 大戦後、東西分断を経て統一国家となったドイツは、ホロコースト(ユダヤ人虐殺)やナチズムと真摯に向き合い、驚異的な経済復興を遂げた。この過程は、平和憲法を順守する姿勢を保ち、世界有数の経済大国となった日本の歩みとも重なる。しかし、戦後70年を迎えたいま、安倍は「戦後レジームからの脱却」「美しい国」などと言うキャッチコピーを振りかざし、「戦争ができる国」に向かって暴走を続けている。ことあるごとに日本の戦争責任を否定する姿勢を示しており、中・韓との亀裂を拡げることに専念しているかのようだ。しかし、ドイツ国家は先の大戦で犯した自国の罪について、否定するような愚かなマネはしていない。

 一部の政治家や右派の論客は、中・韓政府が日本に対して強硬な態度を見せるたび、「自国のナショナリズムを煽ることで支持率の浮揚に利用している」などと批判してきた。しかし、安倍首相がやっていることは、それとまったく同じ。“日本の安全が脅かされている”として危機を演出し、あらゆる批判を矮小化しているに過ぎない。まさにマッチポンプ。こうしたみえみえの詐欺的手法を、国際社会が評価するとは思えない。

 安倍首相の原発対応と歴史認識で通底しているのは、過去に学ぼうとせず、他者に自説を押し付ける幼稚さ。メルケル首相の来日は、理念で他国の尊敬を受けることのできない安倍政権の実相を浮き彫りにしたと言えよう。理念なき政府がやる事はひとつ。カネで歓心を買うことだ。これまでに行われた首相の外遊は計31回。60か国以上を訪れ、総計6兆4,477億円にのぼる支援を表明した形となっている。14日には、仙台で開催された国際防災会議で、40億ドル(約4,900億円)を途上国に拠出すると表明。防災先進国としての日本の知見と技術を提供するのだという。原発の始末は終わっていないはずだが……。



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