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イスラム国邦人殺害 ― 求められる議論、認識すべき安倍政権の危険性

2015年2月 2日 08:05

 イスラム教スンニ派の過激組織「イスラム国」が、日本人ジャーナリスト後藤健二さんを殺害した。邦人の犠牲者はこれで2人。蛮行に怒りを覚えるが、事件は終わったわけではない。最悪の事態を受けて、首相は警備強化を指示したが、それはさらなるテロが想定されるからに他ならない。狂信者集団は、国内外の日本人をテロの標的にすると明言しており、危険度は増したと見るべきなのだ。
 ここで肝要なのは、新たなテロを警戒するあまり、首相が進める海外での武力行使や憲法改正などに免罪符を与えないこと。まずは、今回の事件を検証するための情報開示と徹底的な議論、そして安倍政権の危険性を認識することが求められている。

明確にすべき責任の所在
 邦人2人の拘束から殺害に至る過程で、最悪の事態を招くきっかけを作ったのは他ならぬ安倍首相だ。中東諸国に対する25億ドル支援を表明した際の「ISIL(イスラム国)と戦う周辺各国に、総額で2億ドル程度、支援をお約束します」という不用意な発言が、イスラム国側に付け入るすきを与えてしまったのは事実だろう。しかも、国会審議で明らかとなっているように、政府は早くから邦人2名の拉致を承知しており、ヨルダンに対策本部まで設置していたという。結果的にみると、情報隠しが邦人救出を遅らせ、不幸を招いた格好だ。

 そうした中で発せられた2億ドル供与発言。間違ったメッセージであったことは疑う余地がない。把握していた邦人2人の拘束について、政府が昨年のうちに公表していれば、違った展開になっていた可能性もある。ならば首相は、二重三重に間違いを犯したことになり、事態悪化の責任について、厳しく追及されるべきであろう。まずは、一連の流れに関する情報の開示、そして国会を含めての広範な議論が必要だ。「特定秘密」などと言っている場合ではあるまい。これは、過激派を断罪する議論とは別のものであり、感情的な暴走を抑えるうえでも重要なことだ。

「人道支援」強調するが…
 イスラム国による人質2名の殺害予告後、政府は「人道支援」を強調したが、違和感を抱いた国民は少なくなかったのではないか。少なくとも筆者には、綻びを繕うための言い訳にしか聞こえなかった。難民救済や発展途上国への支援、なにより戦禍に巻き込まれた子どもたちの命を救うことの意義は大きく、国際社会の一員として、資金援助は日本にできる最大の貢献策だ。しかし、人道支援を名目にした資金供与であっても、テロ組織は敵対国に力を貸したとしか見ない。対外支援は、周到な準備と状況を見定めて実施すべきなのに、安倍首相にはそうした配慮が欠けていた。その証拠に、昨年9月には、イスラム国対策でイラク向けに2,270万ドル(約22億円)の緊急無償資金の提供を実施しているが、イスラム国側が目立った行動に出た形跡はない。パフォーマンスが過ぎれば邦人の命を危険に晒すことを、今回の事案は物語っている。

 そもそも、イスラム国をはじめとする狂信的なテロ集団は、「人道」という言葉とは無縁。イスラム教を掲げていはいるが、彼らははただの人殺し集団なのである。国際的なルールや常識は、一切通用しない。“テロは許さない”という意気込みだけでは対応できない相手なのだ。イスラム国の蛮行をどれだけ非難しても、彼らは痛痒を感じない。唯一、徹底した地上戦で相手を殲滅するしかないが、それが難しいことは、アルカイダやタリバンの暗躍が続いていることでも分かる。国土を持たないテロ組織の殲滅には、国際的な包囲網の構築と長い時間が必要なのである。日本にもその覚悟が必要になったということだ。

集団的自衛権―振りかざす愚行
 議論の必要性とは別に、今回の事件が問いかけているものがある。
・仮に自衛隊が海外に出て行けていたとして、2人の邦人救出が可能だったのか?
・集団的自衛権の行使が、本当に抑止力になるのか?―という2点だ。

 残念ながら、いずれの問いに対しても、答えは「NO」であることが明らかとなっている。
 自衛隊が軍隊になろうと、海外派兵に道が開かれようと、今回のような事態で人質を救出することは不可能だったろう。世界の警察を自認してきたアメリカや同盟国イギリスでさえ、強大な軍事力を持ちながら、人質にとられた自国民の救出には成功していない。複数のアメリカ人ジャーナリストやイギリスの人道支援活動家が相次いで殺害されており、アメリカは軍事的なオファーによる人質奪還にも失敗しているのだ。今回の事件と自衛隊の海外展開とを直結させてはならない。

 2問目に対する答えはより明確だ。過激派組織が常時相手にしているのは、各国の軍隊。そうした連中にとって、武備が抑止力になるはずがない。相手がイスラム国のような国際社会の埒外に位置する集団である場合、集団的自衛権が何の役にも立たないばかりか、より危機を招くことに気付くべきだろう。集団的自衛権の行使によって抑止力が増すという安倍首相の主張は、机上の空論なのである。

アメリカべったりに疑問
 武力に頼らぬ外交の手法にも、一層の工夫が求められよう。イスラム国はフランス、イタリア、スペイン、ドイツなどの人質を解放しており、昨年9月には人質となっていたトルコの総領事以下46人の帰国が実現している。裏でどのようなやり取りがあったのかは不明だが、米英や日本のケースとの違いが際立っている。何がそうさせたのか――可能な限り情報を集めて、選択肢を増やすことも大切だ。人質解放に至ったケースが、武力に訴えたものではなかったことだけは確かなのだ。

 イラク戦争以来、日本はアメリカの方針に無条件で追随してきた。集団的自衛権の行使容認は、邦人の安全確保をうたいながら、そのじつアメリカの軍事行動を補完するための策だ。これを振りかざすことが、逆に日本の危機を招くということに、多くの国民が気付いている。アメリカとの関係見直しも含めて、安全保障を巡る国民的な議論が求められていると言えよう。

 安倍首相は、今回の邦人殺害事件を奇禍として、集団的自衛権の行使を可能にする法案整備や武力行使の範囲拡大を狙うはずだ。国民がこれを容認した瞬間、この国が70年間かけて築き上げてきた「平和」が崩れ去ることを覚悟しなければならない。


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