異例の「年またぎ」となった11日投開票の佐賀県知事選挙で、無所属新人の山口祥義(49)氏が初当選を果たした。同氏を支援したのは農協の政治組織「佐賀県農政協議会」(県農政協)や県内自治体の首長、民主党、連合佐賀、そして自民党所属の地方議員たち。一方、緒戦で優勢が伝えられた前武雄市長・樋渡啓祐(45)氏は、安倍政権の強力なバックアップを受けながら約4万票差で惨敗。政権に痛烈な一撃を与える結果となった。
原発再稼働や新型輸送機オスプレイの佐賀空港配備といった重要改題をそっちのけに繰り広げられた「政権VS農協」の選挙、一見すると沖縄における「中央対地方」の戦いのようだが、大きな違いがあった。
政権側擁立候補あえなく落選
佐賀県知事選挙の投票結果は次の通りだ。
・山口祥義氏(49) 182,795票
・樋渡啓祐氏(45) 143,720票
・島谷幸宏氏(59) 32,844票
・飯盛良隆氏(44) 6,951票
(投票率54.61%)
山口氏が立候補を表明したのは告示の9日前。樋渡氏の強権姿勢に反発した県内地自体体の首長や自民党県連の一部、農協改革やTPP参加に反対する農協に加え、民主党、連合佐賀からも支援を受けての選挙戦だった。知名度ゼロからの挑戦で出遅れが懸念されたが、年明けとともに先行していた樋渡氏を急追。劣勢をはね返して初当選を果たした。
自公推薦の形で樋渡氏を擁立した政権側は、菅義偉官房長官や谷垣禎一幹事長のほか閣僚やタレント議員を佐賀に大量投入。さらには、安倍首相の肉声による樋渡氏への投票依頼電話を5万件に架けるなど総力戦を展開したが、昨年の滋賀、沖縄両県知事選に続いて惨敗。佐賀県の民意を、読み誤った格好だ。ただし、佐賀知事選の背景に、特殊事情があったことを忘れてはなるまい。
ぼやけた争点
滋賀や沖縄の知事選には、それぞれ明確な「争点」が存在した。前者では原発、後者では普天間の辺野古移設を最大の争点に、政権と地元の民意がぶつかり合った。それでは、佐賀県知事選挙の争点は何だったのだろう。
選挙戦が始まって以来、「政権VS農協」の報道は過熱したが、最大の争点であるはずの原発・オスプレイについての論戦は低調。ぼやけた選挙になってしまった。前回知事選から5ポイントも減らした投票率は、つまらない争いとなったことへの有権者の意思表示と見ることもできよう。巧妙な争点隠しが、政権と大手メディアによって行われたということだ。では、政権を追い詰めるほどのエネルギーはどこから生まれてきたのか?
注目されたのは樋渡氏への評価
争点がぼやけた佐賀県知事選で問われたのは、前武雄市長の樋渡氏を是とするか否かの一点だった。佐賀市長をはじめとする県内自治体の首長たちは、強引な手法で施策を展開してきた樋渡氏の姿勢・人格への反発。農協にあったのは武雄市で組織越しに農産物の販売をはじめた樋渡氏への嫌悪感だろう。もちろん、樋渡氏のそういった姿勢が、政権の進める農協改革とダブって見えたのは言うまでもない。民主党や連合が自公推薦候補を支援するはずもないが、こちらも樋渡氏の政治姿勢に批判的だったのは事実だ。樋渡氏への反発は、政権の予測をはるかに超えるものだった。
「改革の旗手」に疑問
そもそも、樋渡氏を「改革の旗手」と位置付けたのが間違いだ。レンタル大手「TSUTAYA(ツタヤ)」と組んだ武雄図書館再生、市内の全小学生に対するタブレット端末の無償配布、学習塾「花まる学習会」(さいたま市)との提携など、樋渡氏の行ってきた施策は確かに斬新。しかし、図書館以外の施策は緒についたばかりで本当の「成果」は不明だ。本来なら、新たな施策を一定期間実施したあとに、何がどう変わったかを精査し、しかるのちに評価をすべきだった。3年半の任期を残して武雄市長を辞めた樋渡氏には、独裁者の印象はあっても「改革の旗手」と呼ばれる資格があったのか疑わしい。
打ち出した施策がいかに優れていようとも、説明責任を果たすことができなければ公人としては失格だ。樋渡氏は、武雄市長として次々に新機軸を打ち出す一方、多くの敵を作ってきたといわれる。批判する相手を、説明を省いて完膚なきまでに叩きのめす姿勢は、政治家としては低レベル。自治体の首長は、改革者である以前に“政治家”でなければならないからだ。その政治家に求められるのは、多様な意見をすくいとり、反対者にも丁寧な説明を繰り返す努力。小さな自治体ならなおさらだ。それが民主主義の基本であり、「地方自治は民主主義の学校」と言われるゆえんでもある。しかし、樋渡氏の政治手法はまさに独裁。反対者は切り捨てるという同氏の考え方は、どう甘くみても政治家失格だった。佐賀県民は、樋渡氏の持つ危険な臭いを嗅ぎ取ったのかもしれない。
かくして肝心の争点は霞み、当選した山口氏はさっそく原発再稼働に前向きな姿勢を示している。オスプレイの佐賀空港配備についても、早晩賛成の意思表示を行うだろう。これで良かったとは思えないが……。