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問われる公教育の在り方
鹿児島・公立エリート養成校「楠隼中学・高校」の現状(下)

2014年12月22日 09:15

楠隼(なんしゅん)中学・高校 来年4月、鹿児島県肝属郡肝付町に開校する中・高一貫校『楠隼(なんしゅん)中学・高校』。鹿児島県教委が「全国初の公立全寮制男子校」として売り込みに躍起となっている同校だが、県外募集の在り方を巡っては、全国の私学関係団体から、抗議や批判が相次いだ。
 男女共同参画の時代に、男子限定。しかも、目指すのはエリート養成校――。公立で行う教育としては疑問が多く、県内でも同校の先行きを懸念する声は少なくない。

宇宙学、自顕流―てんこ盛りの教育内容
 楠隼の開校にあたって、鹿児島県教委が売りにしてきたのは「宇宙」だ。学校所在地から車で1時時間ほどのところにあるのが、2003年に小惑星探査機「はやぶさ」を打ち上げた内之浦宇宙空間観測所。楠隼では、総合的な学習の中に「宇宙航空研究開発機構(JAXA)」の職員による講義などを組み入れる予定で、中1から高1までの期間「宇宙学」を受講する。ただし、講座は年6回程度とされ、あとは生徒任せ。これだけのために、数多くが同校を志望するとは思えない。そのため、教育内容は多種多様となる。

 同校のホームページで紹介されているのは、「宇宙学」にはじまって英語・中国語などの習得を目的とするイングリッシュキャンプにチャイニーズキャンプ、トップリーダー教室、内外との様々な交流、ICT(Information and Communication Technology)教育、さらには旧薩摩藩時代からつづく剣の流派・薬丸自顕流の体験など、まさにてんこ盛り。なかには首をかしげたくなるような内容のものもあり、積み込み過ぎの印象はぬぐえない。しかし、これだけなら、わざわざ交通不便な土地で、寮生活までさせる必然性はない。全国から生徒を集めるための切り札とは――そう、楠隼の最大の「売り」は、超エリートの養成。鹿児島県内にある有名進学校「ラ・サール」の公立版なのだ。下は、県教委が公表している楠隼生徒の1日のスケジュールである。

一日の生活の流れ

 県教委は、「決してエリート養成校ではない」と説明するが、このスケジュールを見る限り、早朝から夜まで、ほとんど勉強漬け。近隣に遊ぶ場所などないため無用な心配ではあるが、平日、生徒が自由に外出できる感じではない。実際、楠隼のパンフやホームページには「トップリーダー」「リーダー」という言葉が何度も出てくる。同校が目指しているのは宇宙の専門家養成ではなく、エリートの育成なのだ。

方向性決めたのは知事
 楠隼の開校にあたっては、県立高山高校の校舎を再利用することを前稿で述べた。高山高校は男女共学で、定員割れの状態が続いてきた。廃校や他校との統合も検討されたはずだが、新たに整備されるのは「エリート養成校」。しかも、男女共同参画社会に反して男子にしか入学を認めていない。整備費は約50億円。公立で、全室個室、空調完備の寮まで造って過疎地にエリート養成校を造る必要があるのか。県民の税金で他県の生徒を育てることに、県民の理解が得られるとも思えない。一体どのような議論を経て楠隼のコンセプトが決まったのか――県教委に取材した。

 県教委によれば、「大隅地域の公立高校の在り方検討委員会」において、肝付地区検討会から出された提案をもとに検討が行われ、平成24年3月に「肝付地区については、中高6か年の計画的・継続的な教育が行える併設型中高一貫教育校を導入し、中学校段階から県内外の生徒を集めて魅力ある高校づくりに取り組むべきである」との「とりまとめ」がなされたという。この「とりまとめ」を踏まえ、地元町や学校関係者とも十分協議を重ねた末に、開校時期や学校のコンセプト、校名、教育内容や施設について、県教委としての方針を固めてきたとしている。しかし、協議の内容を確認するための議事録や話し合いの記録は「残っていない」(県教委)といい、その過程は不透明。男子オンリーのエリート養成校という発想を、誰が持ち出したのかさえ判然としない。

 じつは、この点について、鹿児島の教育関係者の間で囁かれている話がある。楠隼のコンセプトを決めたのは、伊藤祐一郎知事だというのである。その伊藤知事、昨年10月9日の会見で楠隼のことを聞かれ、次のように述べていた。

 高山高校を、生徒が少なくなってどうしても維持できないと。最初あそこは県の施設は高山高校しかないし、どうしても高校を残してほしいということでした。では、残すとなるとどういう形にすればいいのかということなのです。ですから私の中の頭の整理はそうなると子どもたちを外から持ってくる以外にないのですね、県内ないし県外。ですから県外も含めてということですので、その割合がどの程度になるかは実際に募集してみなければわからないと思いますね。その次は、では中学生からということにしたいと思いますが、そうなった時に、男の子と女の子、共学を主張される方もいらっしゃるのですが、やはり中学生の女子が親元を離れるというイメージがなかなかわかないものですから、そうなると中学校を男子だけ入れるとなると高校も当然男子だけということにならざるを得ないのかなというのが、今の基本的な整備のうちの1つですね。もう1つは、今後の公教育の中においても、6年制の学校でどういう形でもう1回教育の新しい局面を開く形になると思いますが、全人格的な教育をしたいと思いますので、そういうのを作れるかというのが今後の我々の課題でもありますから、それはひとつの、高山というところで廃止せざるを得ない高校を利用しながら、どういう形で全人格的な、世の中から広く認めてもらえるような中学・高校の一貫教育をするかというのが今後の課題ですね。(後略)

 楠隼の計画が、伊藤知事主導で進んだことを認めた形の答えだが、今年4月の定例会見では、記者と次のようなやり取りを行い、方向性決定にあたって、自らの考えが反映したことを認めている。

【記者】
来年4月に開校する楠隼中学校・高校についてですが、元々2012年3月に大隅のあり方検討委員会が提言書を出しまして、その後約1年間コンセプトを練る期間があったと思います。その中で知事の意向というか意見を聞く場もあったのではないかと思いますが、その中で知事は、この学校のコンセプトに関してどういった提案をされたり意見を述べられたのでしょうか。

【伊藤知事】
今の楠隼の姿そのものです。今の楠隼の構造・校則、これから志して子どもたちを教育しようとしていること、これは私の考え方と全く一致しています。

【記者】
例えば、全寮制にする、男子校にする、そのへんも知事が提案されたのでしょうか。

【伊藤知事】
提案というわけではないけれども、私の考えとは一致していますね。

【記者】
それは元々誰かが述べないと出てこないのですが、知事が提案したというわけではないのですか。

【伊藤知事】
いや私が提案してその後うんぬんという認識はありませんが、ただ皆さん方と相談しながらの過程で、そういう形でまとまっていったということです。

【記者】
例えば、全寮制にしてしまうと、県外から来る生徒はいいと思うのですが、地元の子どもが、高い寮費を出して通うというのはなかなか難しいという側面もあると思います。例えば、普通科を希望したら、隣の鹿屋市まで行かなくてはならないという事情もあるので、例えば通学枠を設ける、地元の入学枠を設ける、そういった考えはないでしょうか。

【伊藤知事】
ひとつのコンセプトとしては、「全寮制の中でみんなで共同生活をやりながら、お互い切磋琢磨」ということを重点に置きましたので、そういう指摘は当然あり得るでしょうね。しかし我々はそう判断しなかったということですね。子どもたちの教育において、我々としては全寮制の下に子どもたち全体をまとめて、切磋琢磨しながらお互いの人格を磨く、そういう選択をしたということです。24時間一緒に時間を共にすることによって、子どもたちが成長する過程を見守りたい。だから地元の方々もぜひ全寮制という形で参加してほしいということですね。

【記者】
今の教育のコンセプトは良いものもあるかもしれません。ただ、やはり寮費の問題や経済的な負担があると思います。寮費以外にも、例えばICT教育をするのであればタブレットを買わなくてはいけなくなりますし、そのへんの負担感もあると思いますが、どうでしょうか。

【伊藤知事】
いや、私はそんな認識はありません。皆さん方が議論して全寮制、しかも寮費もだいたい決まってきているかと思いますが、タブレットの話は、もう別の話ですよね。ただそういう意味で、今のスキームで十分に運営できると思いますね。

 
 記者とのやり取りに出てくる「寮費」だが、これが月約5万円。PTA会費や生徒会費などの諸費用、副教材費を合わせると最低限月約6万円から7万円の支出が生徒側に求められるのだという。さらに、ICT教育で使用するタブレット端末の購入費用や、海外大学企業連携研修費などを加えると、かなりの金額だ。エリート育成には、やはりカネがかかるということだろうが、普通の家庭で、子どもの中学時代から月7万円もの出費を背負うのはかなり厳しく、そうした意味で楠隼は、所得の高い家庭にしか門戸を開いていないことになる。これでは公教育とは言えまい。県が税金を使ってやることではないのだ。

知事の無責任 ― 現場教員から批判の嵐
 楠隼が全国的な注目を集めたのは、その教育内容にではなく、他県で実施する同校の入試日程だった。鹿児島県教委が、楠隼の入試日を他県の私立校より早く設定したため、生徒獲得に懸命な私学側から猛烈な反発を受けたのである。中高の入試日は都道府県単位で調整して決められており、外の学校が入試を行う場合は、当該地自体の学校が入試を終えた後にするのが普通。鹿児島県側は、これを無視して一足早い日程を組んだのである。そのため、日本私立中学高等学校連合会をはじめ東京や福岡など各都道府県の私学関係団体が、伊藤知事と県教委に抗議文書を送りつけている。

 伊藤知事の姑息なところは、昨年の会見で楠隼に関わったことを認めておきながら、私学関係団体からの抗議を受けたあとの今年8月の会見で、県教委に下駄を預けて逃げたことだ。記者から、楠隼の生徒を全国で募集する意味合いを聞かれた知事のコメントはこうだった。

 楠隼については教育委員会のテーマでもありまして、教育委員会に全面を預けてますので、教育委員会で質問してください。

 身勝手な施策を打ち出しておいて、問題が起きると他人任せ――この無責任さには、呆れてものが言えない。当然、県内の教育現場からは厳しい指摘があがる。鹿児島県内の中・高の先生たちに話を聞いた。

他校との格差は問題 ― 50代高校教員の話
 鹿児島県の県立高校は過半数が定員割れを起こしています。鹿児島市外の多くがそうです。いわゆる少子化、中学生人口の減少もありますが、鹿児島県の行き過ぎた私立学校への配慮にも一因があると見ています。公立は募集定員を減じておきながら、私立の募集については極めて寛容なのです。その点については何の議論もありません。そこへ「楠隼」。驚きました。

20141222_h01-03.jpg 7月の中学3年生への進路希望調査では、楠隼高校への入学希望は県内で12人しかいませんでした。学校の寮建設費は40億と聞いています。これだけのお金があれば、今ある県立学校の施設を修理・改善することも、求められる教員の採用を少し増やすこともできるはずです。また、以前から要望の多い県立短期大学の4年制大学への移行も可能でしょう。県立高校の1クラスは40人。30人学級は楠隼のみです。1学年2クラスの規模は廃止対象と言われているのですが、これも楠隼は特別扱いです。教員の数を減らすことばかりを県は言ってきますが、楠隼のみに湯水のように公金が流れています。考えてみれば、県立学校で他県の生徒の教育費を支出すること自体がおかしな話です。県立高校の教員が、地元ではなく他県の子弟のために働くというのも異常。私にはできませんね。先日、県教委の広報紙「かごしまの教育」が届きました。楠隼のPRでした。これを生徒に配れというわけです(右がその「かごしまの教育」)。読んだ高校生がどう思うか、何も考えていない。格差というより「差別」ではないでしょうか。

県民無視した知事の思いつき ― 40代中学教員の話
 楠隼が県民に求められた学校であるとは思えない。そもそも、男女共同参画の時代に、どうして男子のみの全寮制などという発想が生まれたのか。おおかた、伊藤知事が自身の出身校である「ラ・サール中学高校の公立版」を思いついたというのが真相だろう。地域住民や一般県民が楠隼を求めていないことは、昨年の県知事リコールの際の開校反対や、「これまで同様、地元の子どもが男女とも通学できるようにしてほしい」などの要望書の提出などから、はっきりしている。県知事の思いつきをただ具現化しただけ。知事の指示により、後は県教委が色付けをしただけなのだろう。県民の声に耳を傾ける様子は微塵も見られない。楠隼は、当たり前の“公立学校”とは言えない。

支離滅裂な教育内容 ― 40代高校教員の話
 楠隼の教育内容には疑問がある。とにかく、学校を成立させることが決まっているだけで、後は何でもかんでも思いつくままに盛り込んだだけ。その教育内容の異常性には本当に驚く。どこに向かって行こうとしているのか、これだけ多岐に渡る教育活動がそもそも滞りなくできるものなのか、教員の誰もが首をかしげている。英語学習のほか、中国語の学習も行い、チャイニーズキャンプでは海外大学企業での研修と称し、北京や上海を訪れる。農業・漁業体験や諸島探訪まで行い、難関大学突破に向けた中高7時限授業に加え、寮での学習指導員による指導。さらに、近くにロケット基地があるというだけで、人寄せの目玉にされたJAXA提携の「宇宙学」。支離滅裂と言うしかない。これだけの活動をした上に、難関大学への道を拓くことがそもそも可能なのだろうか。生徒の自由な活動を極力制限し、24時間、中高の6年間を管理し続ける。生徒も教員も心身に異常を起こすのではないか。教育とは人の心から始まるものであり、工場の生産体制のようにはいかない。

“歪んだ学び舎”にだけは勤めたくない ― 30代高校教員の話
 行きたくもないのに、楠隼にはめ込まれた教員の話をよく耳にします。将来の計画まで変わってしまい、夫婦不和の原因になったという話も聞きました。いよいよ来春開校ですが、県教委は相当な人員を揃えるはずです。現在名門進学校に籍を置く異動時期を迎えた先生方は、戦々恐々だと思いますよ。「楠隼だけは勘弁してほしい」――これが一般教員の本音ですから。“教育の理想に燃えて、自由な学び舎で、生徒の自己実現の一助となりたい”――そのことが叶わぬ職場に魅力を感じるはずがないでしょう。生徒や保護者、そして教員に被害者が極力出ないことを望みます。

取材を終えて
 戦後、学制改革で男女共学の学校ばかりとなった鹿児島の教育界が、こぞって誘致したのが私学の「ラ・サール」だったという。言わずと知れた男子の有名進学校である。県教委は否定するが、教育内容を見る限り、楠隼はまさに“公立版ラ・サール”。税金でエリートを育成する形だ。開校までの過程を検証してみたが、なぜ全寮制の男子校になったのか、議論の記録は残されておらず、不透明感は払拭できない。コンセプトを決定したのが伊藤知事だった可能性が高く、それが教育の歪みにつながったと見ることもできる。議論を欠いた結果を背負うのが、楠隼に入学する生徒であってはならないが……。



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